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エネルギー源としての核融合は本当に実現可能なのか?──『「夢のエネルギー」核融合の最終解答』

先日ミチオ・カクによる量子コンピュータの解説書『量子超越』を書評したが、僕が今未来に期待している中で、量子コンピュータと並ぶ技術が「核融合」だ。そしてちょうど、核融合についての良い解説書が出たので紹介しておきたい(原書は2021年だから情報がちと古いけど、21年以降の展開については監修者解説に詳しい)。

本書は、自身もかつては核融合の研究に従事していたアーサー・タレルが、そもそも核融合とは何なのか。なぜ核融合が「夢のエネルギー」と呼ばれているのか? 核融合と核分裂は何が異なるのか? どのような原理で動作して、現状の科学はどこまでその実現に近づいているのか? 核融合スタートアップがいま続々と増えているのはなぜなのか──? と基本的なところを抑えながら、様々な研究所・実験所を訪れその最前線をつづっていく一冊だ。読みやすく、個人的にもかなり勉強になった。

核融合ってなんなのか?

核融合とは何なのかと言えば、水素のような軽い原子核同士が融合することで、ヘリウムなどのより重い原子核に変わることを指している。これの何がエネルギー的に重要なのかといえば、その融合に際し原子核から莫大なエネルギーが放出されるからだ。具体的には、二つの水素同位体が融合すると、ヘリウム原子核一個と、中性子一個とわずかに放出される質量が存在する。その質量はほんのわずかだが、有名なE=mc2乗の式により放出時には莫大なエネルギーとなり、一回の反応で0.1メガ電子ボルトのエネルギー入力から17メガ電子ボルトものエネルギー出力が得られる。

これが、太陽が尽きぬことなく光を発し続けている現象の正体だ。太陽が地上に再現できたらそりゃ夢のエネルギーではあるが、本当にミニ太陽を地上に置くことは不可能だから、実用的な核融合炉を目指すスタービルダーはその名に反して、恒星そのものの再現ではなく、「恒星のエネルギー源である核融合を地上で制御する」ことを目標にしている。核融合を制御するとは具体的にどういうことなのか? といえば、核融合現象を引き起こすことではなく、「核融合を引き起こし、引き起こすのにかけたエネルギーを超えるエネルギーを放出させ、回収できる」状態のことを指す。

現在、核融合では入力と出力エネルギーが等しい状態を達成できたものは誰もいない。のちほどもう少し詳しく触れるが、1億度を超える高温とその維持など、とにかく難しい課題が多いのだ。しかし、現時点で核融合のエネルギー利得のプラスに向けた課題はかなり明確になっていて、あとは乗り越えていくだけともいえる。

なぜ核融合は夢のエネルギーと言われるのか?

そもそもなぜ核融合は夢のエネルギーと言われるのか? といえば、スタービルダーが主張する限りでは、これが他の電力源のもたらす問題の多くを解決するからだ。

たとえばエネルギー生産に伴う最大の問題と言える気候変動だが、核融合は(施設の建設時はともかく)化石燃料を燃やさないので二酸化炭素の排出量が他の発電手段と比べて著しく少ない。実用化されれば安定供給が可能で、太陽光などの再生可能エネルギーが持つ不安定性もない。さらに、既存の核分裂を利用した原子力発電所が持つ放射性廃棄物の量がはるかに少なく、しかも素材の三重水素の都合上放射能の減衰が速い。核分裂の連鎖反応を利用した場合、制御がうまくいかないと事故に繋がることがあるが、核融合は燃料が供給されないと核反応が止まるため比較的制御しやすい。

核融合は核分裂や化石燃料による発電と同じく燃料を使用する電力源だ。となれば燃料源が枯渇するリスクもあるのでは? と問いたくなるが、最も単純な核融合で必要な二つの反応物質は重水素と三重水素で、特に重水素はきわめてありふれており抽出方法もわかっている。そのため、これが枯渇するリスクも低い。気候変動、安全性・安定性、資源の枯渇リスクなど多くの観点が核融合を夢のエネルギーとしている。

 地球からの核融合燃料の供給は、実質的に無限だ。重水素-三重水素の核融合は、大陸が移動し種が誕生して絶滅するのに十分な長きにわたって持続するだろう。つまり地質年代レベルのタイムスケールだ。重水素だけを使う核融合によるエネルギーなら、天体物理学的なタイムスケールで持続すると考えられる。太陽が自らの水素燃料を使い尽くし、膨張して地球を飲み込むのに十分なほどの長きにわたる。核融合は、地球自体が居住不可能になるまで持続し得る電力源なのだ。(p.56)

何が課題なのか?

とはいえ、その実現は未だ成し遂げられていない。課題はいくつかあるが、まず核融合には数億度が必要になるがこれを維持するのが困難だ。しかも核融合反応を発生させるためには粒子を次々と発射し衝突させる必要がある。これにけっこうなエネルギーがかかる上にそう簡単に粒子がぶつかって融合してくれるわけでもない。

その理由のひとつは、二つの原子核に含まれる陽子のあいだで作用する電磁力による反発が、原子核を引き合わせる核力よりも早く作用するから──というと難しいが、ようはとてつもなく早いスピード(毎秒1千km以上が必要になるという)でぶつけないと融合しないということだ。そのようなスピードを得るために1億度以上の温度に加熱する必要があり、融合のためには高密度&密閉状態を長期間にわたり維持する必要もある。朝の人がすし詰めになった満員電車を想像してもらえればわかりやすいが、完全に密閉され、乗車率が高ければ高いほど衝突する可能性も高くなるからだ。

温度、密度、閉じ込めという三要素が、核融合を実現するにあたっては重要な要素だ。そして、超高温となったプラズマ(固体、気体、液体に次ぐ物質の第四の状態)を「閉じ込める」ために利用できる現実的な手段はそう多くない。具体的には、重力、磁場、慣性のいずれかだ。たとえば恒星のように「重力」が強ければ、勝手に密度は上がり核融合反応も高速で起きるように促進される。これはわかりやすいが、地上で同じことをやるのはサイズ的に不可能だ──となると、磁場か慣性になる。

本書で最初に紹介されていて、とりわけ有望とされているのが、磁場を使って閉じ込める方式の核融合だ。プラズマは荷電粒子で構成され、荷電粒子は磁力線にぶつかると捕捉され、線のまわりでループを描きながら進むようになる。そのため、強力な磁場があればプラズマを閉じ込めることができる。なーんだ、それなら強力な磁場を発生させたら核融合システムが完成するやん! となりそうだが、そう簡単な話ではない。温度や密度の極端な状態を維持するのは難しく、荷電粒子の密度の高低や磁場の強弱によってたやすくプロセスが暴走して閉じ込めが失われてしまう。

「キンク不安定性」「ソーセージ不安定性」高エネルギーの衝突により粒子が磁場の網目から投げ出される「バナナ領域の輸送」など、何個も不安定に至る要因がある。このレベルになると装置の壁にプラズマ由来の粒子があたって壁が溶けることでその粒子が汚染物質になってしまうこともあり、環境が不安定になる理由がいくらでも存在する。これらを軽減、あるいはなくすために日夜膨大な計算が行われている。

2021年、英オックスフォードシャーのカルハム核融合エネルギーセンターにある核融合実験炉「欧州合同トーラス(JET)」にて、プラズマにおける1秒あたりのエネルギー入出力の比が、0.33の状態を5秒間維持できたことが報告されている。この比が1より大きくなり(これが起こったら出力エネルギーが入力エネルギーを越したことを意味する)、さらに持続時間がもっと長くすることができれば、核融合は飛躍するはずだ。

おわりに

南フランスに建設中の「ITER」は35カ国が協力して建設を進めている装置で、これが完成すれば先のJETの10倍以上の体積のプラズマを閉じ込めることが可能で、入力エネルギーの10倍のエネルギー出力の達成を目標としている(実験開始は2034年予定)。

そもそも核融合炉が今後2-30年程度で実用化に向かったとして──本当にそれは市場に浸透するのか? という根本的な疑問にも本書は向き合っている。というのも、核融合がたしかに夢のエネルギーなのはそうだが、現在は再生可能エネルギーの進歩も著しく、核融合にどれだけのコストがかかるのか未だ不鮮明なために(運用にどれほどの規制がかけられるのかという問題もある)、価格面で他のエネルギーに負ける可能性が高い。だが、それでもなお核融合を目指すべき理由が、本書では語られている。

記事ではざっくりとしか紹介できなかった(磁場閉じ込めに限っても何個も手法がある)し、核融合と核分裂って何が違うん? というレベルから説明してくれているので、興味がある人はぜひ読んでみてね。世界中で核融合のスタートアップが立ち上がっているが、詐欺臭いものもあるので、見分けるためにも基礎知識は重要だ。