平安絵巻などに描かれる貴族の日常の一つとして、楽器を演奏するひとときが思い浮かびます。大河ドラマ「光る君へ」第1回では、円融天皇(坂東巳之助)が笙(しょう)を、藤原道隆(井浦新)と高階貴子(板谷由夏)が竜笛(りゅうてき)と筝(そう)を演奏。また第3回では、源倫子(黒木華)が筝(そう)を演奏するなど、優雅な一幕が描かれています。芸能考証を担当する友吉鶴心さんに、平安時代の文化や、主人公・まひろ(紫式部)を演じる吉高由里子さんをはじめ、俳優のみなさんに行っている指導法などについて伺いました。
――「光る君へ」は平安時代中期が舞台となりますが、この時代の印象をお聞かせください。
私は、日本が本当に大きな文化をつくったのは平安時代であると考えています。国風文化ともいわれますが、奈良時代から平安時代にかけて大きな変化があり、日本固有のさまざまな文化が花咲きました。例えば「色」。グラデーションのことを「匂うが如(ごと)く」と表現したりします。いい香りがする。美しいじゃないですか。香りといえば、「風薫る」という言葉もあります。薬玉(くすだま)や匂い袋などにステキな香木などを入れて、建物の柱などに掛けると、風と共に匂いがふわっと香ってくる。「風薫る」、ステキですよね。平安時代にはそのほかにも、日本人ならではの独特な感性がたくさん残されています。
――ドラマ内で演奏される音楽は古来より継承されたものでしょうか?
「光る君へ」では、制作統括の内田ゆきさんとチーフ演出の中島由貴さんから、「劇中に流れる音楽はすべてオリジナルにしたい」という非常に難しいお題をいただきました。中国や朝鮮半島、東南アジアなどから伝わってきた音楽が日本固有のものへと変化していくときに、春には春のキー、夏には夏のキー、秋には秋のキー、そして冬には冬のキーというのがあらかた定められたのですが、そこには千数百年前の人々のスピリッツが込められています。『万葉集』や『古今和歌集』をはじめとした歌集や、貴族が書いた日記、残された楽譜などの史料を丁寧にひもとくことによって、当時の人々のスピリッツを追求する。それらを大切にして、雅楽というスタイルの中に残された限られた音をたどり、オリジナルの音楽を作らせていただきました。
――俳優のみなさんに楽器の稽古をつける際に気を配っている点があればお聞かせください。
ドラマの中で笙や竜笛、筝などが演奏されて音楽が流れますが、基本的に俳優のみなさんが実際に演奏された音をそのまま使用しています。楽器のお稽古を始める前には必ず、私の話を1時間ほどお聞きいただくようにしているのですが、昔の風習にはどのような意味があるのか、この楽器の演奏に込めていた意味は何であるのか、などについてご説明をし、興味を持っていただければ、驚くほどあっという間に上達されるんですね。
――俳優のみなさんにお話しされている内容を教えてください。
まず東西南北を白板に書きます。北は玄武(げんぶ)、南は朱雀(すざく)、東は青龍(せいりゅう)、西は白虎(びゃっこ)。四神が東西南北の四方を守るという中国からの習いを日本も導入していますね。さらに、北は黒で冬です。東は青で春です。南は赤で夏です。西は白で秋です。そうすると、青春という言葉は東から生まれてきていることがわかります。楽器にも四神は関係していて、竜笛の音は竜の声だといわれています。笙は鳳笙(ほうしょう)とも呼ばれ、平和なときに天から現れる鳳凰(ほうおう)が翼を閉じている姿であるとされています。このようなことをお話ししています。つまり、平安時代を生きていくうえでのアイテム、システムをご理解いただき、覚えていただくのです。
四方がわかったところで、では、真ん中は何か? 太極という星があり、それを取り巻くように北斗七星が回っています。当時の人々は星を読みながら占いを見て、きょうは良い日か悪い日かを調べ、どんなことをしたらいいのかを決めていました。髪を洗うのでさえ暦(こよみ)を選んで行っているような時代です。貴族の日記には、御所へ上がる際、足を「右」「左」「右」「左」、つまり「陰(いん)」「陽(よう)」「陰(いん)」「陽(よう)」の順で運んでいこうとしたところ、それはその日の運勢にふさわしい足運びではなかったのでもう一度引き返してやり直し、ラッキーなほうの足から先に上がったなんてことも書かれています。
それから、なぜ天皇から見て左の位が上なのか、天皇から見て右が左より格が下がるのかについてもお話しします。天子南面す。尊い人は常に背中に北を背負って南を向いています。南を向くと、左が東になる。東からは日が昇る。だから日本では左のほうが優先されているんです。
このようなことをお話ししてから楽器のお稽古に臨んでいただくと、俳優のみなさんはすぐに上達されます。千数百年前にどのように楽器を演奏していたのかは、現代を生きる私たちにはわかりません。当時の楽器の吹き方、弾き方を悩むよりも、芸能が生まれたときの爆発したエネルギーを考えたほうが、キャッチするのが早いのです。千数百年をすぐに超えられます。