大河ドラマ「光る君へ」

躍動せよ!平安の女たち男たち! 創造と想像の翼をはためかせた女性 紫式部

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をしへて! 高野晴代さん ~「私も好きよ」と返すのはダメ! 和歌のルール

平安時代の貴族たちに親しまれていた和歌。短い言葉の中に、美しい情景や相手を思う情愛などがギュッと込められている和歌は、紫式部が著した『源氏物語』にも多く登場します。大河ドラマ「光る君へ」で和歌考証を担当する高野晴代さんに、和歌のルールについて伺いました。

――和歌のルールについて教えてください。

みなさまがご存じのように和歌は、今は短歌と呼ばれています。短歌と呼ばれるようになったのは、明治時代を代表する文学者である俳人、歌人の正岡子規らが当時詠まれていた歌を「和歌ではない」と考えたためですが、和歌には伝統や独特のルールがあり、これがわかると和歌のおもしろさを理解できるようになると思います。
和歌というのは、平安時代において基本的に「贈答歌」でした。誰かが歌を贈り、それに返すという形です。会話のツールと言ってもよいでしょう。一方、短歌は、自分の内面の感情、いわば心を詠むものなのです。そこで贈答歌から短歌へという流れを追ってみると、贈答歌の形式から答歌を求めない形、例えば歌を贈りたい相手が亡くなった人であったり高貴な人であったりする場合は、歌を贈っても返歌を望めないので、一人で自分の気持ちを詠みますね。このようなときに詠まれる和歌を一人で詠む歌、すなわち「独詠歌」といいますが、この形が今の短歌に結びついたとも考えられます。

――和歌はどのようなときに詠まれたのでしょうか。

「贈答歌」は、当時の風習により、特に恋歌においては、主に男性から女性に歌が贈られます。歌を詠まなければ求婚さえできませんから、さまざまな噂(うわさ)を聞いて、男性は女性にどんどん歌を贈ります。では逆に、もし女性から男性に贈る場合はどうでしょう。女性のとても強い気持ちが表されることが多いのです。このように和歌を贈る順番はとても大事で、例えば紫式部が著した『源氏物語』においても女性から詠んでいる「恋の歌」の中で、「(男性からの返事を)待っていられない」「(恋しい思いを)強く言いたい」という気持ちが自ら先に読む形、女性の贈歌となっています。平安時代の歌は、詠まれた順番を考えてみるとおもしろくなりますね。
また「独詠歌」も、先ほどもお話ししましたが、実は贈答歌のようなところがあります。これはとても大事なポイントで、光源氏もそうですが、相手が亡くなっていても歌を贈って呼びかけます。もう応えてはくれないけれども、それでも自分の思いを伝えたいという強い気持ちです。相手を想定する贈歌の一つの形だと思います。

――「贈答歌」のポイントを教えてください。

「贈答歌」は、贈られてきた歌の主要語句を必ず入れて返すことが大事です。“桜”と贈られてきたのに、“梅”と返したらおかしいですよね。例えば“宿”という言葉が入っていたならば、受け取った相手も“宿”を入れて返します。そして、その言葉の選択による返し方がうまいとまずは評価されます。
それから、「あなたのことが好きだ」と言われたときに「私も好きよ」と返すのはダメですね。この場合は、「本当にそう? あなたはほかの人にも同じことを言っているのでしょう」というように返すのが巧みな返歌と言えます。この技法を「切り返し」といいます。ですから切り返した歌を送った女性に対して、また男性はめげずに重ねて歌を贈ります。この「切り返し」は拒絶ではありません。拒絶する場合は、歌を返さないのです。

――第2回でまひろ(吉高由里子)が依頼を受けて歌を書いていましたが、当時にこのようなことはよく行われていたのでしょうか?

当時の貴族は歌を詠み、贈ることによって人生が開けますし、また文字が美しくなければ受け入れてもらえないようなところもあります。このため、例えば上級貴族のお姫様であれば、仕えている女房や侍女などが代詠や代筆をすることがしばしばありました。ただし代詠や代筆を行うことが「仕事」としてあったかについて、そのようなことまでは史料には残されていませんので、確かなことはわかりません。
   
   

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