平安時代の貴族の女性の正装である女房装束。現代では十二単(ひとえ)とも呼ばれる女性の衣装について、大河ドラマ「光る君へ」で風俗考証を担当する佐多芳彦さんに伺いました。
――藤原詮子(吉田羊)が入内(じゅだい)する際の服装は、とてもあでやかですね。
これが女房装束です。平安絵巻などによく描かれているこの女房装束は、平安時代の貴族の女性の正装になります。女房装束のことは唐衣裳(からぎぬも)ともいうのですが、このことを当時の言葉では皆具(かいぐ)といいます。皆具というのは、すべてそろっているという意味です。
――入内したあとは少し服装が違うようですが、こちらも女房装束でしょうか?
これは女房装束と呼ばれている唐衣裳姿から唐衣と裳を外した格好で、袿袴姿(うちきはかますがた)といいます。同じ字を書いて江戸時代には袿袴(けいこ)と呼ばれるのですが、「光る君へ」で描かれる平安時代では「うちきはかますがた」という読み方になります。唐衣というのは、女房装束の一番上に着る衣のことです。一方、裳は後ろに引いている白いプリーツスカートのようなものになります。唐衣裳姿はフォーマルな格好ですが、唐衣と裳を外して袿袴姿になるとプライベートな格好ということになります。
――唐衣と裳のどちらか一方を外すこともあったのでしょうか?
唐衣と裳は1セットで、どちらか一方を外すことはごくまれでほとんどありません。唐衣と裳を身に着けることで正装となります。
――宮中で働く女房のみなさんも当然、正装をされているのですね。
禁色(きんじき)を守ったうえで各自のセンスでコーディネートをし、正装をしています。これはいい写真ですね。右から2人目の女房が裳をキレイに広げて座っていますが、このように大きく広げないとカッコ悪いという考えが当時はあったようです。いつの時代も同じですけれど、自分の後方に大きく何かを見せることで自身の権威を示しているんですよ。「光る君へ」ではこの裳にもこだわり、平安時代のころの裳を再現してお届けしています。よく江戸時代風のものになりがちなんですけどね。
――平安時代と江戸時代とでは違うんですね!
平安時代の裳には、頒幅(あがちの)というイカのヒレのような出っ張っている部分があるんですね。
――この写真の腰のあたりに付いているものでしょうか?
そうです。この頒幅が付いているのが平安時代の裳の特徴なんです。
――詮子の裳にも頒幅が付いているんですね。
付いています。ぜひ女房装束の裳にも注目してご覧いただければと思います。