平安時代の貴族は、日記を書くことによって、後世に記録を残していました。ちなみに、どのようなことが書かれていたのか…。
紫式部『紫式部日記』、藤原道長『御堂関白記(みどうかんぱくき)』、藤原実資『小右記(しょうゆうき)』、藤原行成『権記(ごんき)』に記された主なエピソードを紹介します!
ちなみに
『紫式部日記』には…
五十九
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弟・藤原惟規がまだ子どもだったころに、父・為時に教えられて漢籍を習っていました。私(紫式部)はいつもそれをそばで聞いて覚えていたのですが、弟のように読み覚えるのに手間取ることはなく、スラスラと理解することができました。
ちなみに
『紫式部日記』には…
五十九
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学問に熱心であった父・藤原為時は、「残念だ。お前(紫式部)が息子でないのが、私の運がなかったのだ」といつも嘆いていました。
ちなみに
『小右記』には…
貞元2年(977)3月28日条
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閑院において東宮(皇太子)である師貞親王(もろさだしんのう)の読書始(どくしょはじめ)が行われた。
ちなみに
『小右記』には…
天元元年(978)4月10日条
(『源語秘訣』による)
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左大臣(藤原頼忠)の一女(遵子)が円融天皇(えんゆうてんのう)に入内(じゅだい)した。
【『紫式部日記』(むらさきしきぶにっき)】
紫式部によって書かれた日記。寛弘5年(1008)~同7年(1010)正月までのおよそ1年半の間の出来事が記されている。
【『御堂関白記』(みどうかんぱくき)】
平安中期に摂関政治の最盛期を築いた藤原道長が書いた日記。長徳4年(998)~治安元年(1021)までの記事が収められている。
【『小右記』(しょうゆうき)】
小野宮流藤原氏の当主・藤原実資の書いた日記。貞元2年(977)~長久元年(1040)まで60年以上にわたり漢文で記された平安中期における最重要史料。
【『権記』(ごんき)】
九条流藤原氏の嫡流で三蹟(さんせき)の一人と称される藤原行成の書いた日記。正暦2年(991)~寛弘8年(1011)までのものが伝存し、さらに万寿3年(1026)までの逸文が残されている。