大河ドラマ「光る君へ」で描かれる平安時代中期は、成人男性は基本的にかぶり物をしていました。風俗考証を担当する佐多芳彦さんに、冠と烏帽子(えぼし)について伺いました。
――当時の成人男性はかぶり物をするのが当たり前だったのでしょうか?
そうです。おそらく奈良時代からこのような仕組みが出来上がったのですが、かぶり物は男性が成人し、一人前と認められたことを示していました。中には、冠や烏帽子をかぶれないままどんどん年をとる人もいたようです。
――そんな方もいたんですか?
いました。例えば、天皇の兄弟、あるいは皇子である親王。冠をかぶせる役割を担う後見人がいないと、いくつになっても髪を上げられず、童の髪型である角髪(みずら)のままなんですね。成人すると、親の財産を引き継ぐことや貴族であれば朝廷で働くことができるようになり、さらに婚姻する権利が生じます。つまり、利権を得るためには成人する必要があり、そのための大切なアイテムがかぶり物でした。当時の男性には「かぶり物をしていないと恥ずかしい」という考えがありましたが、それは“かぶり物をしていないと一人前として認められない”という社会的な事情があったからにほかなりません。このため、就寝の際にもかぶり物をずっとしていました。
――貴族の場合、朝廷に出仕する際には冠、それ以外は烏帽子をかぶっていますが、自分で付け替えていたのでしょうか?
烏帽子は自分でかぶることができると思いますが、冠はおそらく無理でしょうね。
――冠は一人でかぶることができないんですか?
「光る君へ」では美術チームが頑張って当時の冠を再現しているので、ぜひ注目してご覧いただきたいのですが、巾子(こじ)という髻(もとどり)が入るところの根元に、上に向かってハの字型に開いている棒のようなものがありますよね。これは笄(こうがい)という簪(かんざし)なんですけれど、この笄を髻の中央を突き通るように左右から挿して、冠が頭から外れないように固定しています。ハの字型にすることが当時の大切なポイントの一つだったのですけれど、一人でキレイに挿すのは難しかったと思いますね。おそらく屋敷の中に担当者がいて、冠をかぶるのを補助していたと思います。
――冠にもこだわりが詰め込まれているのですね。
これまでのドラマでは笄は一文字であることが多かったと思いますが、「光る君へ」ではハの字型に挿す平安時代の古風な冠を再現しています。それから、もう一つ注目していただきたいのが、冠の後ろに付いている纓(えい)です。文官の人の纓はストンとまっすぐに垂れていますが、これも平安時代の冠の特徴で、今回は美しく垂れるようにこだわって作られています。非常にリアルな映像となっています。
――纓が丸まっている人もいますね。
垂れている状態を垂纓(すいえい)、巻いている状態を巻纓(けんえい)というのですが、巻纓は武官の人の象徴です。垂れていると矢を射る際に引っかかってしまうので、巻いてあります。
――ちなみに、当時の男性の中にも髪が薄い方はいたと思うのですが、かぶり物を固定するための髻が結えなくなったときにはどのようにしていたのでしょうか?
それは深刻な問題だっただろうなと思いますけれど、そのようなことは記録にほとんど残されていないのでわかりません。髻を結うためには髪を強く引っ張りますし、髪の手入れも毎日ではなく吉日を選んで行われていましたから、現代人よりも髪へのダメージは大きく後頭部が薄くなる人もいたでしょうけれど、どうしていたんでしょうね(笑)。