イーロン・マスクがNASAのアルテミス計画を批判し、「わたしたちは火星へ直接向かう」と言った真意

NASAはアルテミス計画を通じて人類を再び月に送り、火星探査の拠点を築こうとしている。一方、スペースXを通じて協力しているイーロン・マスクは、NASAを批判した。次期トランプ政権と深い関わりを持つマスクの発言は、宇宙探査の戦略に影響を及ぼす可能性がある。
スペースX「スターシップ」、第6回目の飛行試験。2024年11月19日、テキサス州ボカチカのスターベースで。Photograph: Chandan Khanna/Getty Images

スペースXの創業者であるイーロン・マスクは、自身が所有するSNSであるX上での率直かつ物議を醸す物言いで知られている。それでも、近年の米国の宇宙政策に関しては、比較的節度のある態度をとってきた。

例えば、米航空宇宙局(NASA)や、アルテミス計画を通じて人類を再び月に送るというNASAの全体的な目標について、マスクが批判することはこれまでほとんどなかったのだ。むしろ、以前から人類は火星を目指すべきと考えてきたマスクは、NASAの月探査を中心とする計画にも、多かれ少なかれ協力的な姿勢を示してきたのである。

マスクの行動は財政的な観点から理解できる。スペースXは、アルテミス計画の一環として月面への有人着陸機を開発するだけでなく、月の周回軌道上に建設が計画されている月周回有人拠点への食料や貨物の供給を含む物流サービスを提供する、数十億ドル規模の契約を結んでいるのだ。

しかし、マスク個人としてはNASAの計画に批判的な姿勢を示している。アルテミス計画の進捗があまりにも遅く、NASAは成果を重視しておらず、政府に原価加算契約を求める請負業者に過度に依存していると指摘したのだ。

政策に口を出す

この10日の間に、マスクはこうした自身の考えを公の場に何回か投稿している。例えば、12月25日(米国時間。以下同)、「アルテミス計画の構造は成果を最大化するプログラムではなく、雇用を最大化するプログラムになっており、非常に非効率的です。まったく新しいものが必要です」とXに投稿したのである。

1月2日の夜、マスクはさらにこう付け加えている。「わたしたちは火星に直接向かいます。月は目的から目を逸らさせるだけです」

これらの発言は、2020年代後半に実施予定の複数のミッションを通じて月の南極地域に人を送り込み、持続可能な作業拠点を築こうとするNASAのアルテミス計画に真っ向から対立する主張である。

マスクが単に個人的な意見を表明しただけなら話は別だ。しかし、ドナルド・トランプが米大統領に選ばれた昨年の選挙で大きな役割を果たして以来、マスクは次期政権のなかで顧問的な役割を担うようになっているのだ。

また、民間企業の宇宙飛行士であるジャレッド・アイザックマンがNASAの次期長官に指名される見通しとなったことにもマスクは関与している。マスクは米国の宇宙政策を直接指揮しているわけではないが、その方向性において大きな影響力をもっていることには違いないのだ。

アルテミス計画への影響

アルテミス計画の運命はNASAだけでなく、米国の商業宇宙産業や欧州宇宙機関をはじめ、人類を再び月に送る計画に協力している国際パートナーにとっても重要な問題である。また、アルテミス計画を通じて米国は月面での活動において大きな存在感を示すために中国と競争している。

マスクの発言をどう解釈すべきか、トランプ政権の宇宙政策の立案に関わる人たちに聞いた話を基づいて、ある程度理論立った推測ができる。「アルテミス計画の構造は非常に非効率的で、何かしらの変更は必要だ」というマスクの主張に異を唱える者はひとりもいなかったのだ。

とはいえ、アルテミス計画がなくなる可能性は低い。そもそも5年ほど前にこの計画を立ち上げたのは第一次トランプ政権だったからである。しかし、第一次トランプ政権がNASAに対して「大幅な方針転換」を含む、より大きな改革を推し進めようとしていた事実を覚えている人は少ないかもしれない。

「NASAには新たな政策を採用し、新たな考え方を受け入れることを求めます」と、当時の副大統領マイク・ペンスは2019年5月に語っている。「もし現在、契約している業者が目標を達成できないのであれば、達成できる業者を探すだけです」(ちなみに次期トランプ政権の副大統領、J・D・ヴァンスの下で米国の国家宇宙会議が再編される可能性は低いと見られている)。

第一次トランプ政権の残りの期間、NASAは大幅な改革に抵抗し、ボーイングやロッキード・マーティンを含む主要な請負業者の中核グループを維持し続けた。この背景には、現在は引退しているアラバマ州の共和党議員リチャード・シェルビーをはじめとする米国上院議員たちの支援があった。

しかし今回、組織を変える動きがより強力なものになる可能性が高い。特に、NASAの計画において主要な要素である大型ロケット「Space Launch System(SLS)」を使用せずとも、スペースXの「Starship」やBlue Originの「New Glenn」といった民間企業開発のロケットでミッションを遂行できる状況が整ってきているなかで、その可能性は高まっている。

“どちらか”ではなく“どちらも”

NASAは、月と火星の両方を目指すとり組みを含む新たな“アルテミス”計画を採用する可能性が高い。「わたしたちは火星へ直接行く」というマスクの投稿は、NASAの支援を受けながらスペースXがその計画の一端を主導することを意味していると考えられる。そしてこの計画は、Blue OriginがNASAの協力を得て月に再び人類を送り込む計画を推進するという別のとり組みを排除するものではない。

指名されて以来、目立った動きをしていないジャレッド・アイザックマンは、マスクの発言について特にコメントしていない。しかし、1カ月前に指名が発表された際には、関連する内容をXに投稿していた。

「わたしは月面着陸の後に生まれ、わたしの子どもたちはスペースシャトルの最後の打ち上げの後に生まれました」とアイザックマンは書いている。「トランプ大統領の支援を受けて、わたしはこう約束します。わたしたちは別の星に向かう力を二度と失うことはありませんし、二番手に甘んじることもありません。わたしたちは、わたしや皆さんの子どもたちが空を見上げ、実現したい未来を自由に思い描けるようにしたいと思います。米国人は月と火星の土を踏み、それによって地球での暮らしをさらに豊かなものにしていきます」

要するに、NASAは月と火星のどちらも目指す2本柱の戦略を採用する可能性が高いということだ。NASAがそのいずれか、あるいは両方で成功を収められるかどうかは、新政権にとって大きな課題となるだろう。

(Originally published on wired.com, translated by Nozomi Okuma, edited by Mamiko Nakano)

※『WIRED』によるイーロン・マスクの関連記事はこちら。


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