ALSとCPPで俺なりの恋愛論を語ったけど。
俺の中では人工骨頭置換術の脱臼対策はALSが良いと思っていたんだけど。
実際にCPPをやってみた感想というか雑感。
こんな簡単なんだとビックリした。
俺が今まで研修医時代からやっていた梨状筋を切る通常の方法はなんだったんだろうね。
30年も親の言われたことが正しいと思い実践してきたけど、まさにコロンブスの卵。
梨状筋なんか切る必要がなかったというのは医者としての人生観が変わるほどの衝撃だったわ。
研修医にとっては梨状筋を切る従来型の方が術式を理解しやすいのは事実だろうけど。
慣れている整形外科医にとっては従来型よりもCPPの方が容易にすら思えるけどね。
一方、ALSは整形外科医としてのセンスが必要なんだよね。
エビデンスのない単なる印象だけど、人工骨頭置換術をALSでストレスなくやれるのは整形外科医の中でもセンスある上位3割ぐらいの感じがするわ。
だけどCPPは外科医として独り立ち出来るレベルの医者ならほぼ習得出来る手技だと思ったな。
常識を疑えだな。
股関節外科医のやっている人工関節を後方から入れたり前方から入れたり側方から入れたり。
どこを切ってとか、どこを残してとかやっているのは風俗マニアの体位研究、変態自慢みたいな感じの印象しかなかったんだけど。
四十八手(しじゅうはって)は、セックス中の体位の種類のこと。江戸時代に絵師が書いた春画が発祥の元で、現代でもエッチの体位を表す言葉として有名です。別名「江戸四十八手」「大江戸四十八手」とも呼ばれています。
セックスぐらいしかやることがなかった江戸時代に考えに考え抜かれた四十八手。
普通の常識ではもうないと思うじゃん。
だけど四十九手目があったんだな。
それがCPPだわ。
だけど常識という共通の知識、思慮分別が生まれた理由もそこにはあるわけだよ。
そこには本物の知性が問われるわけだ。
具体的な例としてだけど。
30年前には女医なんかを結婚相手に考える医者はアタオカだったわけだよ。
30年前に医者が資産運用とか資産形成とか言っている時点でアタオカ決定だったんだよ。
だけどそこで常識に囚われずに四十九手目を探した人間は当然のように人生の勝者になっている。
四十九手認定されるには歴史の審判に堪える必要がある。
かつては四十九手目と持て囃された未婚でキャリアウーマンになる人生プランの末路は単なる生き遅れBBAだろ。
今の若者は未来の希望を持てない、閉塞感があるってのも半分本当で半分嘘だと思うな。
俺はもう脳味噌が汗をかくぐらい考えに考え抜く行為をすることはなくなったけど。
若者にとっての五十手目や五十一手目は必ずあると思うけどね。
今日のブログの趣旨は常識を疑え、そして四十九手目を探せ。
そうすれば世俗的な意味での成功は後からついてくるよって話です。
俺のクソブログに手術手技について読みたいと思ってアクセスする人間はいないことは俺自身が良くわかっているから。
おわり。
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