テスラ独自のスーパーコンピューター「Dojo」は、自動運転に革命を起こせるか

テスラが開発しているスーパーコンピューターシステム「Dojo」が、自動運転における“ChatGPT的な進化”をもたらすという予測を、投資銀行のモルガン・スタンレーが発表した。しかし実際のところ、思惑通りにことは運ぶのだろうか?
Photograph: VCG/Getty Images

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コンピューターの処理能力とデータを機械学習にますます多く投入すれば、何らかのかたちで人工知能(AI)の進化につながる──。会話型AI「ChatGPT」の進化を考えれば、そう考えて当然だろう。

一方で、結果としてどのような進歩やブレイクスルーがどのようなタイムラインで起きるのか、その結果を具体的に予想して“賭ける”ことには、さらに勇気がいる。どれだけ多くの人が目標に掲げている進歩やブレイクスルーであっても、具体的に先を読むことは難しいのだ。

こうしたなか投資銀行のモルガン・スタンレーが、ある報告書を9月上旬に公開した。電気自動車(EV)メーカーのテスラが自動運転の研究を加速させるべく開発中の「Dojo」というスーパーコンピューターが、自動車開発や自動運転タクシーにおける巨大なアドバンテージを生み出したり、ほかの企業にソフトウェアを販売する事業を生み出したりすることで、テスラの時価総額を5,000億ドル(約74兆億円)も押し上げることになる可能性があるというのだ。

この報告書では、テスラの時価総額が9月13日現在で6%超、具体的には700億ドル(約10兆3,000億円)上昇しているとされており、株価の好調さがうかがえる。700億ドルとはBMWの時価総額とほぼ同じで、イーロン・マスクがツイッターの買収に支払った額を大きく上回る。

モルガン・スタンレーの報告書は66ページからなり、興味深い読み物となっている。テスラが機械学習アルゴリズムを実行するために独自開発したのカスタムプロセッサー、そしてテスラが路上を走るテスラ車から収集している非常に多くの運転データが、今後のテスラに多くの利益をもたらし配当も増える可能性がある──そう熱っぽく主張する内容だ。

モルガン・スタンレーのアナリストによると、Dojoがもたらすブレイクスルーによって、テスラは自動運転と製品開発の分野で他社を大きくしのぐ「不均衡なほどの優位性」を得ることになるという。さらに報告書では、Dojoによってテスラは医療、警備、航空など、コンピュータービジョンが極めて重要になる自動車以外の業界にも進出を始めることになるとも主張されている。

最新の伝記『イーロン』に書かれていたこと

こうした壮大な主張については、慎重に受け止めるべきしっかりとした理由がある。いまAIが大きな話題になっていることを考えると、テスラの戦略は大きく注目されてもおかしくないだろう。

実際のところChatGPTの驚くべき能力は、そのベースとなっているアルゴリズムの能力の飛躍的な向上によるものだが、突き詰めればそこには簡単な“方程式”が存在しているにすぎない。計算量の増加×データ量の増加=賢さの向上、という方程式だ。

OpenAIの魔術師たちは世界の大部分に先駆けて、こうした「もっと多くの計算とデータを」というスローガンを開発方針に掲げていた。自分たちの評判や投資家から集めた数百万ドル(数億円)を賭けて人工ニューラルネットワークのエンジニアリングインフラを大幅に拡張することで、ChatGPTの原動力になるような言語モデルなどの大きなブレイクスルーにつながる──という考えを採用したわけだ。

OpenAIの創業までの数年間でも、同じ現象が画像認識の分野で発生していた。データセットを巨大化してよりパワフルなコンピューターを使うことで、コンピューターが画像のなかに何が見えているのかを認識する能力を、表面的なレベルではあっても大幅に向上していったのである。

こうしたなかジャーナリストのウォルター・アイザックソンが、このほどマスクの新しい伝記を出版した。この伝記『イーロン』は、すでに各方面で内容が引用され始めている話題の本だ。

伝記によると、テスラが楽観的に「フルセルフドライビング(FSD、完全自動運転)」と名付けているソフトウェアの最新版では、プログラマーがコードで指定した挙動に頼ることを減らし、人間による適切な運転を模倣するようにトレーニングされたニューラルネットワークへの依存度を高めている。これにより、混雑した道路で自動運転が可能になったという。

これはChatGPTが文章の生成を学習するために、人間が書いたテキストの事例を大量に分析している作業と似ているように感じられる。またマスクは複数のインタビューにおいて、テスラのFSDは今後1年ほどで「ChatGPT並みのフィーバー」を巻き起こすとの期待を示している。

自動運転の進歩における高いハードル

これまでマスクは、自動運転分野でのブレイクスルーを何度も自信満々に予告してきた。しかし、なかには「2020年末には100万台のテスラの自動運転タクシーが走行しているだろう」という外れに終わった予想もあった。それを考えると、今回のマスクの見通しも額面通りに受け取ることはできないだろう。

テスラは独自の機械学習チップを開発してDojoを構築することで、FSDのベースとなるAIシステムのトレーニングコストを抑えられう可能性はあるだろう。これによって競合他社にはない自社の車両から収集した実際の運転データを用いて、運転アルゴリズムの向上を加速させられる環境が整うかもしれない。しかし、こうした向上が自動運転やコンピュータービジョン全般を大きく変えることにつながるかどうかは、実質的には予測不可能であるように思える。

そもそもFSDは、ChatGPTとそれほど似ていない。テスラのエンジニアが昨年のテスラのイベント「AI Day」で説明していた通り、この機能はハンドル操作や道路標識の解読といった自動運転に必要な多数の異なるタスクを扱えるように設計された複数のプログラムや、機械学習システムをベースに実現されるものなのだ。

データと計算量を増やせば、これらの一部において著しい進歩につながる可能性はある。だが、自動運転で大きな前進を実現するには、そのサブシステムの多くかすべてにおいて著しい進歩が必要になる。

一方でChatGPTは幅広い分野で能力を発揮するが、実際にはベースとなる単一のシステムを向上することによって実現された。テキストを次々と処理していく単一のシステムなのだ。

もうひとつ問題がある。映像などのセンサーのデータは、テキストとは根本的に異なる。これまでに取材した複数のロボット工学者の説明では、データと計算量を増やすことでChatGPTにおいて新たな能力の実現につながったからといって、同様の戦略でロボットによるセンシングやナビゲーション、論理的推論も向上できるかどうかが、ロボット工学の中心的な疑問のひとつになっているという。

こうした問題の解決のためにスーパーコンピューターを構築することはできても、映像データからの学習にはテキスト処理よりはるかに多くの処理能力が必要となる。このため映像データからの学習で根幹的な前進を実現するには、テキスト処理とは桁違いの処理能力が必要になる可能性があるのだ。

ロボット工学で根幹的なブレイクスルーを起こすにあたって、具体的にどれほどの量のデータやどれほどの規模のスーパーコンピューターが必要になるかは、誰にも正確にはわからない。テスラにもモルガン・スタンレーにも、正確にはわからないということだ。

モルガン・スタンレーによるDojoの優位性の主張には、さらに第3の問題がある。それは自動運転の前進が、本当にその他の問題の解決にもつながるのかという点だ。

クルマが自動運転できるようになるには、物理世界を幅広く理解する必要がある。しかし、明確なルールや標識がある高速道路のように管理された環境ではない世界に関しては、物理世界を理解できたとしても機械は対処法を学ぶことは困難である。

2024年の「AI Day」で新たな発表か

こうした見解に基づいて、テスラのアプローチについてどう思うかをスタンフォード大学自動車研究センター(CARS)共同ディレクターのクリスチャン・ガーデスに尋ねてみた。ガーデスは、自身の研究室で開発された自動運転システムのテストを実施していたポルトガルのサーキットからメールを返信してくれた。

ガーデスによると、データと計算パワーを増やすことで自動運転機能も向上するとの考えが彼の専門分野では広まっているが、それがどこまで続くのかは依然として不明確であるという。

「レーシングの物理学を比較的シンプルなニューラルネットワークに学ばせているところです」と、ガーデスは自身の実験について語る。「その結果はかなり上々なのですが、おもしろいことにデータを増やしても常に能力が向上するわけではないのです」

ひょっとすると、さらにもっとデータとチップを投入すれば能力が向上していくのかもしれない。そうなるかどうかは、モルガン・スタンレーの報告書で示された見通しが正しければ、近い時期に判明するはずだ。報告書では、FSDの次のバージョンは2024年はじめのテスラのAI Dayで披露され、そこでテスラがDojoを生かして自動運転分野で根本的なブレイクスルーを起こしたことが証明されるとの予測が示されているのだ。

確かにそうなる可能性もある。しかし、テスラはこれまでも自動運転の“理想郷”の実現はもうすぐだと予告してきたが、実際にはそうなっていない。だから、そうなるほうには個人的には賭けないし、そうなると考えて投資することもないだろう。

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

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