大晦日に想う。

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一年の疲れを刻んだ顔が、そこまで迫った新年に向かって急いでる。
ここは、玉川高島屋。
新年を迎える準備を備える為にか、今年最後の日は、人波みに溢れている。

 

 

 

私の子供の頃は、「あと幾つ寝るとお正月」と指折り数えて待ち兼ねて、早朝の新鮮な冷たい空気を深呼吸すれば、罪は流され、新たな自分が産まれるような、心地良い錯覚の中で神聖な夜明けを味わったものだ。

正月こそが、日本人の一大行事だ。

思えば、戦火で街が消え去り、いつしか、クリスマスやコカコーラがやってきて、街はクリスマスやハロウィンに染まる。
煌々と輝く街は、軽快な音楽を響かせ、人々は踊り狂う。
あらゆる分野で欧米化は進み、時には羨望の眼を持ち、また時には恐れ疑いながらそれらを受け入れ、いつしか、それが普通の生活となって行った。

ところで、僕には「年越しそばを食べる」といった、たわいない幾つかの拘りがある。

 

 

三島県産  蛤と真鯛のすだちそば

 

妻が食べた  天ざる

 

伊勢真鯛ポン酢

 

正月には、新しい下着をつける事、玄関に門松を飾る事、お雑煮は焼かない角い餅の方がいい,そして奥さんに、「明けましておめでとう」と、感謝を込めて伝える事、これらは僕にとって普通の正月の普通の景色である。

嘗て僕らは、飢えた戦時下で苦しんでいても、いつしか、それを普通の生活として受け止め、必死に生きてきた。

戦争に負けて僕らは、価値観の一変した大人の渡世術を受け入れ、それらを普通の生活へと無意識のうちに変換させ後人に託してきた。
そして平和な今がある。


だが,人間は戦争をやめようとしない。
その都度,普通の生活は瞬時に破壊され、新たな生活を強要され模索する。


さて、いつか起きる突然の森羅万象の変化に人間は、普通の生活を勝ち取る事ができるだろうか。

いかなる時も、歴史から学ぶことを忘れないで欲しい。

ところで、言うまでもなく「新劇」の元祖は、西洋である。


新劇の師匠は欧米なのだ。

我々は、未だにその後を追い続けているが、その速度は遅い。