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「テヂ…テ…ヂッ…」
「」は痛みと、行われた事のショックで、ガクガクと震えているティーを優しく掴み、
活性剤の満ちたタッパーに、顔だけ出るようにして寝かせた。
そして口から涎と血の付いたティッシュを引っ張り出し、
代わりに氷砂糖を口に押し込んだ。
「ティー、そこまで頑張ったんだ。絶対元気な仔が生まれるよ」
「」はそう言って部屋から出て行った。 |
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俺は自宅の台所に向かった。
とうとう我慢できずに、やってしまった。
嬉しさに浮かぶ笑顔を隠す事もせず、ティーを傷つけた。
俺はティーの肉を切り裂く感触と、痛みに跳ねる小さな体を思い出した。
目がせわしなく動き、ネオンのように目の色が変っていた。
緑の涙も一杯流していた。
強い痛みを与えられたとき、実装石はあんな風になるんだな。
ティーは俺の気持ちに、少しは気付いただろうか。
庭を横切り縁側から家に上がると、家の中から物音がした。 |
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足音を忍ばせて音のする台所に向かうと、会社に行っている筈の母さんが居た。
「今日は随分早いんだね。どうかした?」
「ああ、丁度よかったわ。仕事で近くまで来たから寄ったの。明日の夜まで帰れないから、お金置いておくわね」
そう言って母さんは札の入った封筒をテーブルに置いた。
それを見た時、テーブルの上に写真が何枚か置かれてるのに気が付いた。
ちょっとオシャレな服を着た、仔実装の写真だった。
「わかった。忙しそうだね――ところで、これは?」
「それね、うちの会社の仔実装服。母さんが作ったのよ。
ティーが気に入ったのがあれば持ってくるから、見せてあげて」
母さんは以前、服飾会社でパターンナーという仕事をしていた。
5年前にその会社を辞めたが、2ヶ月程前から、ペット用品メーカーの友人の誘いで、
ペット服のデザイナーとして勤める事になった。
最初の頃に母さん作の犬の服を見せてもらったが、実装の服も作っていたとは思わなかった。
「凄くかわいいね。きっと全部欲しがるよ」
写真は正式な広告用の物ではなく、もう少しアバウトに撮ってある。
きっと社内向けのものだろう。
見ているうちにふと、写真の仔実装が全部違う個体だと気が付いた。
実装の顔は同じようなものだが、写真の仔達は前髪の生え際の形が違っていた。
「これ全部違う仔だね。」
「よく分かったわね。そうよ、仔実装は一週間でかなり大きくなっちゃうから、いつまでも同じ仔は借りられないの」
それを聞いて疑問が湧いた。
ティーは家にやってきて3ヶ月程経つが、大きさはほとんど変っていない。
「そのわりに、ティーは大きくならないね」
「ティーは未熟児だったそうだから、元々あまり大きくなれないの。それにね――」
俺は、支度をしながら話す母さんの説明を聞いて、
ティーの大きな望みが最初から叶わない物だった事を知り、笑った。
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「?――じゃあ行くわね。…それ、なあに?」
母さんが俺が持っているものを見て言った。
「チーカマ。あげないよ」
「要らないわよ、口が臭くなっちゃう。じゃあよろしくね」
「わかった。気をつけてね」
玄関の鍵が閉まる音が聞こえた後、
俺は台所でタッパーを出し、それに氷と水を入れた。
少々遅れたが、まだ腐りはしないだろう
俺は手に持った”ティーから切り取ったもの”をビニール袋に入れ、
タッパーの氷水に沈めてフタをし、冷蔵庫の一番奥に仕舞った。
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ティーは「」が部屋を出てから10分後、ようやく痛みと恐怖によるショックから回復した。
「テェーー……テェーーーェェ……」
ティーは無意識に何度も繰り返し鳴いた。
助けを呼ぶ声ではない。
自分が在る事を確認する事で、安心するのだ。
落ち着くとともに、自分の体の状態を把握しはじめる。
口の中がヌルヌルして、甘い。
左の頬の中が突っ張る。
コロ…
舌で探ると「」が押し込んだ氷砂糖があった。
「甘いテチュ…」
コロコロと氷砂糖を舐めていると、舌に小さな異物が纏い付いてくる。
口をすぼめて、手に異物を吐き出してみると、白い粒だった。
痛みを堪え、歯を食いしばった時に折れた、ティーの奥歯だ。
「テェェ……ハがとれちゃったテチィ…」
ティーはそう言って、自分がもっと大きな物を失った事を思い出した。
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足。
今、ティーには両足が無い。
「ティー、お前が食べたご飯は”栄養”っていう元気の元になるんだ。
お腹の仔は、その栄養をお前の体から分けて貰ってるんだよ」
「だから、ティーのお腹以外を取ってしまって、体が必要な栄養が少なくなれば、その分お腹の仔が栄養を沢山貰える」
「お腹の仔を撫でているその”手”は無いと困るだろう。でも、ティーは子供を産むまでここで寝ていていい。動く必要は無い」
「だから、それまで使わない足を取ろうよ」
「」はそう言って、ティーの足の根元を糸できつく縛り、その先を切った。
妊娠期に分泌されるホルモンと、活性剤のお陰でだいぶ痛みは抑えられているが、
足に意識を向けるとガンガンとした痛みを感じた。
「テェ、アンヨが無いんテチ。テェェ…イタイテチィ…イタイ、イタイテチ……テェェェェン…テェェエエン…」
オニイチャンサマがアンヨを取っちゃった
オニイチャンサマにイタイ事された
オニイチャンサマ、ワタシが痛いのに笑ってた。
笑ってアンヨ取った。
ティーは体の一部を失った事と、信じていた「」に酷い事をされたのを思い出して、泣いた。
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「テウック……」
ティーはひとしきり泣いた後、恐る恐る、無くなった部分を見ようとした。
だが、大きなお腹があって足を見ることが出来なかった。
大きなお腹――その中には自分の仔が居て、外の世界へ産まれ出る時の為にどんどん大きく育っている。
ティーはお腹をゆっくりと、何度も撫でた。
外からの刺激で意識を取り戻した仔達が、それに応じるように元気に動き出す。
元気な仔達の存在を体で感じて、ティーは自分の悪い考えを反省した。
「オニイチャンサマはこの仔達の為にイタイイタイをしたんテチ。ワタシがウジチャを助けた時と同じテチ」
「きっと、ティーの仔達が元気になるって、笑って喜んでいたテチ。ワタシは本当にバカテチ…バカジッソウテチ…」
ティーは笑顔を浮かべた。
痛みはあったが、それを上回る喜びに溢れていた。
ティーは歌った。
ワタシの可愛い仔供たち
ワタシは小さいママだけど
どうか元気に育つテチ
フツウの仔にオヤユビちゃん
大きなウジちゃん、小さいウジちゃん
小さい、小さい、ウジちゃんも、もっと小さなウジちゃんも
みんな大事なワタシの仔供
みんな元気に産まれたら
いい事イッパイ待ってるテチ
ゴシュジンサマとボール遊び
イモウトサマはイイニオイ
オニイチャンサマは大きなオテテで優しく撫でてくれるテチ…
母の心地よい歌声を聞いて胎仔達は喜びの声を上げ、保護膜の中で小さな体を躍らせる。
ティーはお腹の中に元気な我が仔の命を感じていると、心に母としての強い気持ちが沸いてくる。
絶対、ちゃんと産んであげる
「イモウトチャも、がんばったら助けられたテチ」
「今度はオニイチャンサマがそばに居るテチ。きっとだいじょうぶテチ」
「」の言った通りに治療して、妹の命を救えたと、ティーは思い込んでいる。
「」が自ら”元気な仔が生まれる手伝い”をしてくれた今、出産に不安は無かった。
産まれた仔をわが手に抱く、その時を夢見て
ティーは歌い続けた。 |
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