第6話

文字数 2,180文字

第六章 泣き面にコロナウイルス

誰に、どれだけボロカスに貶されようと、しぶとく生き続けてやる。
そう決意した頃、母子二人で楽しく暮らしている我が家に襲来したものがある。

数年流行りの、コロナウイルスである。

私よりも数百倍体が丈夫なはずの母が高熱に倒れた時、私の脳裏に「詰み」の二文字が浮かんだ。 頼まれるまでもなく二階の寝室を母に譲り、いつもごろ寝している一階のリビングにあるソファーを寝床として使いまわして感染を回避しようとしたが、無駄だった。
健康保険が適用されてさえとんでもない値段のコロナ用の薬にも驚かされたが、それ以上にコロナの症状のえげつなさに驚かされた。

手持ちがないからと、コロナ用の薬を断ったのを後悔するほどに。

母のためにできる事がなくて、百円均一で買ってあったノートに黒ボールペンで写経をはじめて病気平癒を祈願したのが効いたのか。

母の体調が回復に向かい始めたタイミングで、私がコロナを引き継いだ。
胃腸炎、インフルエンザ、咳喘息。
それらなんて、コロナに比べれば、なんてことなかった。
二回目のコロナワクチン接種後、四十.七度まで熱が上がったことさえ、笑い話で済むレベル。

寝ても起きても、ウイルスで限界まで茹であげられた頭が見えない何かで締めつけられるように痛い。
全身が、鉄の塊にでも変えられたのかと考えてしまうほど重い。
咳喘息の症状もないのに、呼吸をするのに苦労する。

私がまだ両親にぬくぬくと守られていた十八歳の娘だった頃、末期がんで若くして亡くなった父も、こんな風に苦しみながら逝ったのだろうか。

不思議なものだ。

姿も顔も見えない誹謗中傷犯達に精神的に殴られていた時は、この命と引き換えに、誹謗中傷に関わった全ての人間達に人殺しの汚名を遺してやるつもりだったのに。

未知のウイルスで苦しんでいた時、心の中にあったのは「死にたくない」の一念だった。

誹謗中傷で死ぬか、未知のウイルスで死ぬか。
ただ、それだけの違いなのに。

コロナウイルスから解放され、職場に復帰の挨拶と突然の病欠で仕事に穴を開けたことを謝罪した後に、何故だろうと考えた。

答えは、すぐに浮かんできた。

このまま、終わりたくなかった。 ただ、それだけだった。

体調不良で病院を受診し、末期がんで余命宣告されたとおりに死んでいった父。
障がい児として生まれた我が子を受け入れられない親がいる中で、葬儀の時に「婦女子○○を人一倍愛し」と語られるほどの愛を遺してくれた。

まだパソコンそのものが現在ほど当たり前でなかった時に、わざわざパソコンを組み上げて与えてくれたおかげで、障がいがあっても社会人の末席に座ることを許されたのだと思う。

「これを使いこなしたら、働けるぞ」と断言していた父は、正しかった。

「早く大きくなって、父さんに楽をさせてください」なんて、私の誕生日に冗談めかして言うくらいなら、私が大人になる前に死なないでほしかった。

仏壇にお供え物をして手を合わせ、写経で世の中全ての霊の供養を祈願する。
もうそんなことくらいしか、父さんにできる親孝行がないじゃないか。

どんなに体が丈夫で、気丈で、賢い母とて老いには抗えない。

健康な他の子どもと私を比べて、どうしようもなく落ち込む時もあっただろう。
母は何も悪くない。
むしろ、人生の重大イベントで貧乏くじを引かされたようなものなのに。
非常に出来のよろしくない子を、それでもよそ様の前に出しても恥ずかしくない程度にまで進化するよう、辛抱強く育ててくれた。

ぽややんとした世間知らずの娘と、末期がんの夫との間で相当苦労した果てに死に別れて、この上私まで身勝手に逝こうものなら。 母の人生は、いったい何だったのか。 
豪華客船や列車ほどの派手さはなくても、父が生きるはずだった分までしぶとく生き残って、傍にいることくらいはできるだろう。

愛してくれた父は、もういない。
古臭い表現だが、父の跡取りは私しかいないのだ。

もう、子どもではいられない。 一日も早く、大人にならなくてはならない。
そう思って、今までずっと生きてきたのに。

なぜ一時でも、他人を傷つけて喜んでいるような、他人が必死で抗っているのをスポーツ観戦気分でニヤニヤ見物しているような、人間のクズ風情に惑わされてしまったのだろう。

今では、それが恥ずかしい。

かつて私の父が、私の将来のためにお手製のパソコンを贈ってくれたように。

技術とは、可能性を広げ、夢を繋げるもの。

決して、他人を誹謗中傷するための、他人を散々誹謗中傷しておいてその報いから逃れるための道具などではない。

あの時のパソコンは、あの世に旅立つ父の供をするように、父の死後まもなく壊れてしまったけれど。父がくれた可能性は、私が働いたお金で製作してもらったパソコンにしっかりと引き継がれている。

もし、この願いが夢に数えられるのなら。

人を人とも思わない。
そんな人間のクズにとって、居心地の悪い世界をつくること。
不幸にもクズどもの標的にされ、誹謗中傷に耐えるしかない優しい人達が、堂々と生きられる世界をつくること。

それが私の願いであり、夢だ。

そのために、今の自分に何ができるか。 その答えを、私はもう持っている。

数だけは多いクズどもに惑わされ、ずいぶん時間を無駄にしてしまったものだ。
だがもう二度と、惑わされたりするものか。

反撃、開始だ。
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