屑星たちのエストレイラ

夢咲蕾花

第一章 旅立ち、二人と一頭

第1話 剣と魔術は共に

 眼前に迫る鋭い爪を、エスト・シンダーズは青黒いセミロングの髪を揺らして、左に足を踏み出して半身になり、回避した。黄ばんだ、年輪のようなものさえ浮かぶ鋭く分厚い四本の爪がすぐ傍を掠めていき、エストは冷静さを維持しつつも、内心ヒヤリとする。

 一瞬でも気を抜けば、こんな軽装備の鎧など一撃でお陀仏。あるいは、軽装鎧ごと肉を抉られ、地面をのたうち回る羽目になるだろう。


 エストの防具は決して悪いものではない。

 軽量の魔鉱石金属から作られたアルマリアン装甲の鎧に、その下は同じくアルマリアンを編んだチェインメイル。さらに肌着のキルティングされた布鎧という装備。ごく一般的な剣なら、正面から切り付けられても弾き返す。

 だが幻獣はそうもいかない。奴らが持つ獣性からなる攻撃力、敏捷性は、人間の想像や発明を、常に越え続ける。


 後ろ足で立ち上がった人間サイズの、爪牙族という獣人系亜人よりも遥かに獣らしさが匂い立つその幻獣の名は蔑犬べっけん・コンテプカニス。

 黄ばんだような濁った色合いの毛皮が特徴で、胸元と腹部にかけて三対の乳房が膨らんでいるのがわかる。

 この幻獣はメスしか存在せず、オスを攫い、種馬にする恐ろしい習性がある。

 故に蔑視されるべき恥辱的な犬コンテプト・カニスの名を与えられ、そう呼ばれている。奴らにとっては幻獣のオスだろうと、人間どものオスだろうと、同じ種馬だ。


 すぐに相手の左爪が迫り、エストは愛剣〈輝く海の星乙女ハーヴアストレア〉でそれをいなし、弾いた。甲高い音が響き渡る中、森には昼前の木漏れ日が差し込み、両者の先頭をカレイドスコープのように照らし出す。

 エストの体からは瑠璃色の闘気が立ち上っている。可視化された戦闘力——攻撃能力、敏捷性、耐久性の総合力——そのものであり、戦士にとっての魔力ともいうべきものだった。


 エストの瑠璃色の目が動き、コンテプカニスの次なる攻撃の予備動作を観察する。上腕に筋肉が張り詰め、腕を後ろに引いた。刺突が来ると察し、エストは剣でそれを弾くとすかさず相手の脇腹に横薙ぎの一閃を繰り出し、腹を深々と抉った。

 血飛沫が舞い散り、エストは、致命傷になったことを悟った。

 コンテプカニスが昏倒し、苦しげな呼吸を繰り返す。意味もなく苦しめる趣味などないエストはすぐにうなじから喉へ剣を捩じ込んでとどめを刺し、楽にしてやった。


 少し離れた場所では白銀のストレートヘアを揺らす、青肌のハーフダークエルフの女が大杖〈狂い月の大杖ルナティックワンズ〉を振るってコンテプコボルを殴りつける。その杖の先端の真紅の魔石には炎がまとわりつき、何らかの付与魔術エンチャントが発生しているのがわかる。

 ルナ・イェルテルは巧みな杖術じょうじゅつと〈イグニスエンチャント〉でコンテプカニスを追い詰めていき、最後に杖の先端、三日月状に魔石を覆っていた部分の刃で喉を突き刺し、とどめを刺した。高熱の刃が、じゅう、と音を立てて幻獣の血を蒸発させる。

 エストよりずっとスマートに、ほとんど一方的に同じレートの敵を倒したルナに、彼はさすが姉弟子、と思った。


「雑魚ですね。相手にならないです」


 ルナは冷淡に言い、黒い魔女帽子ウィッチハットの鍔を直し、杖を軽く振ってエンチャントを解除した。

 彼らのさらに離れた場所では、歩く地上竜とでもいうべき、それをミニチュアにしたような幻獣が二体のコンテプカニスを捕食していた。


 獣操竜じゅうそうりゅうブルーラバーンだ。

 個体差によって二倍近い体格差になるがおよそ三〇〇センチから六〇〇センチの体長を誇り、重量は一五〇キロから四〇〇キロ。

 体色は、魔術師や錬金術師の品種改良の過程でさまざまな色が存在するが、エストらが従えているブルーラバーン——名を、ミアプラキドゥス。愛称はラキだ。ラキの色は美しい海色と水面のような水色が入り混じった色合いで、彼らの師匠が「ジーンデザイン」したブルーラバーンである。

 本来気性が激しい彼らを大人しくさせることに成功した数少ない成功例であり、よほど舐められない限りはいうことを聞いてくれる。


 エストとルナは、各々自分たちが倒した幻獣から剥ぎ取りを行う。

 幻獣の生体素材やなんかは武具の材料や建築建材、あるいは飾り物の装飾材料として用いられ、金になる。エストたちのような"冒険者"の貴重な収入源であり、何より奪った命へのせめてもの振る舞いである。

 殺しが好きな冒険者など、いない。皆なにか理由がある。外道が過ぎる者は精神鑑定で弾かれ、正式なライセンスなどもらえない。


「おいで、ラキ」


 剥ぎ取りを終えたエストは、剥いだ毛皮を折りたたんで亜空間回廊袋に収納して愛竜のブルーラバーンの名を呼ぶと、ラキはコンテプカニスの頭を噛み砕いて飲み込み、近づいてきた。ラキはメスで、ブルーラバーンはメスの方が小さい。彼女はそれでも大柄に作られており、体長は五一〇センチ。体重は三五〇キロ近い。

 血生臭い息を吐いて、ラキは甘えるように低く喉を鳴らした。ルナが背中を撫でて騎乗し、エストも、騎乗した。

 普通は馬や、馬系幻獣のゾイロースを使うのが普通だが、一部の冒険者はブルーラバーンを用いる。本当に一部だが、エストたちはそういった意味でも師匠に恵まれた。


 ブルーラバーンは馬に比べればずっと大きい。馬が普通、二五〇センチほどの体長であるのに対し、ラキで約二倍の大きさとなる。全体的に細身で敏捷性に優れるが、仮にも竜族であり、時に生木すらへし折るその膂力りょりょくは馬鹿にできない。


 エストはラキの手綱を握り、歩かせた。ルナは聖五芒竜星教の星歌せいかを口ずさむ。

 この玄慈界ミュステリウムを無限の混沌と絶対不変の秩序をかき混ぜて生み出した女神、星䨩神せいれいしんステラミラ。

 彼女と、彼女に仕える四大至高天しだいしこうてんたち。星歌は女神と四大至高天を謳い讃える讃美歌であった。


 エストは特別、聖五芒竜星教を信仰していないし、無神論者でもなかった。生活の一部にあることは理解しているし、このエルトゥーラ王国の国教であることも理解しているが、別段それ以上の意味合いはなく、日常の一部だから淡々と受け入れて、一応の理解をしているというだけだった。

 ただ彼は、神、というものには懐疑的な節がある。


 今でも目に焼きついているあの光景。

 赤黒い魔人の炎、灰になった家族、そして、英雄の背中——。

 海辺の村が突如幻獣に襲われ、それを退けたと思った次の瞬間、隻眼の魔人による蹂躙が始まった。

 近隣の城都じょうとから派遣されてきていた守衛隊は歯も立たず虐殺され、喰われ、エストの両親と妹は焼かれて、目の前で灰になった。


 エストは胸に下げたペンダントを握りしめる。そこには肉親の遺灰が入っていた。未だ捨てられず、いつか捨て去って過去と別れを告げるべきだとわかっていて、あれから九年経ってもなお忘れられない凄惨な光景。

 十九にもなった男が情けない——そう思いつつも、うじうじと、後ろ向きな自分を変えられない。

 エルトゥーラ男児は思い切りと忍耐である。それは古くから言われる、エルトゥーラ人男性の美徳だ。エストもそこに、なんら反対はしてないし、そうあるべきだと思っているから、余計に苦しい。


 余談だがエストを救った英雄——大剣を背負っていた大男と、見目麗しい魔女の娘というのが、現在、魔女見習いをしているルナであるわけだが、くだんの英雄も数年前から行方不明らしい。

 どんなに高名な冒険者でもその身に何が起こるかわからない。それを、二年前に彼女の姉のセナが報せに来て、身近に感じた。


 やがてラキは森にある家に入った。師匠の結界が張ってある上、幻獣除けの香木を焚いているので安心して過ごせる場所だ。無論、高木を炊いているからといって百パーセント安全なわけではないが。

 エストとルナはラキから降りると彼女を撫で、獣舎に入れた。ルナが納屋から干し肉を持ってきてラキに渡し、喰わせてやる。


「俺たちも昼飯にしようぜ」

「そうですね、昼時ですし」


 ルナはそう言って、伸びをした。形のいい大きな乳房が白と黒のツートーンカラーのローブ越しに形を変え、エストは何を食えばここまで育つんだろうと純粋な学術的好奇心を抱いた。


 そんな、いつも通りの修行と仕事の日々の中。

 今日だけは、いつもと違う来客が家に訪ねてきていた。

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