第35話 ライブハウス・ダンシングオウガ

 一月八日、午後六時。暁人たちはライブハウス・ダンシングオウガに来ていた。

 雑居ビルの地下一階を改築した完全防音(物理的にも妖術的にも)のライブハウスで、今日はツーマンライブ。ゲストバンドが四〇分、セットチェンジに二十分で、残る二時間がメインバンドのスイートピロートークである。

 ゲストバンドは地元高校の軽音学部で、ぼんやりと音楽に憧れを抱く青少年である。言っては悪いが、スイートピロートークの五人は本気でバンドで食っていくことを目指し、努力する集団だ。暁人も面識はあるが、熱量といい目の色といい、そこらのアマチュアバンドとは気迫がまるで違う。

 ファイブピースバンドであるスイートピロートークは輝子ことテルがギターボーカル、リコがギター、ショウがベース、ジオがドラムス、フェイがキーボードという編成。

 全員、男性バンドが好きで歌う感じのものもそれが多い。鬱屈とした感情や世界への不満を歌にぶつけ、音楽で世界の殻をぶっ壊そうというようなパワーが感じられる。


 開演一時間前、暁人は身内ということで輝子たちのセット裏の楽屋に呼ばれていた。

 全員バチバチにメイクを決めている。白奈は「歌舞伎みたい」と感想を漏らし、年上のお姉さんから可愛がられていた。

 スイートピロートークのメンバーで最年少は輝子の十四歳で、最高齢はジオの十八歳。みんなまだ学生だ。

 とは言え中にはジオのように生活感の決定的な乖離から高校を中退し、バイトとバンド活動で食っている者も既におり、例えばショウとフェイは通信制高校である。と言っても勉強内容自体は普通の高校と変わらないので、別段学力に差があるわけではない。


 全員パンクな革ジャンを着込み、革のスキニーなパンツやタイトスカートを身に待とう。見方によってはSM嬢のそれだが、そこもまた持ち味にしていた。

 適度なエロティックも彼女たちの音楽性だ。

 いずれも妖怪であり、純粋な人間の外見なのは輝子だけだが、彼女は龍神を完全に懐柔しているこの中で一番やばい人種である。


「何気にお兄ちゃんがライブ来るの初めてじゃない?」

「お前らがウチに来て練習してるところは見てたんだけどな」


 暁人の家には地下室があり、彼女らはそこでたびたび練習している。泊まりで暁人の家に滞在し、数日合宿するのだ。

 家には使っていない大部屋がいくつかあり、そこに布団を敷けば数人程度余裕で泊まれる。

 両親が何の意図でそんな大部屋を作ったのかといえば、暁人や輝子が将来大きな趣味を持った際の備えだったらしい。それこそダンスとか、VRチャットみたいな。溟月島では〈庭場〉の技術を応用した特殊な没入型念話サービスがあり、それは『沐浴チャット』と言われていた。人工的に作られた〈庭場〉に、特別な念話デバイスでアクセスして不特定多数の術師や妖怪とチャットし、コミュニケーションをとるサービスだ。

 妖力を鍛える上で無意識下のトレーニングになるということで、愛用する術師は意外と多い。暁人は人間関係が煩わしくて滅多に使わないが。

 ちなみに地下室は溟人襲撃に備えた避難施設を兼ねており、いわゆるシェルターというやつだ。一家だけでなく、最悪一族が逃げ込めるように広く作ってある。

 まあ臥龍家のような人材であれば避難しろという前に座卓から戦えと命令が下るだろうが。実際、溟體戦争でも一族総出で戦ったというし。


「お兄さん、この中だったらぶっちゃけどの子がタイプっすか?」


 ジオがイタズラっぽく聞いてきた。

 周りのバンドメンバーも悪ノリし始める。


「デビュー前からスキャンダルはまずいだろ。白奈、行くぞ」

「はーい」

「あ、逃げた」


 楽屋を出てホールに向かう。先んじて来ていたスタッフの邪魔にならないように隅っこで立っている。本来入場は六時半。暁人は身内だから先に呼ばれて来ただけだ。焜たちは後から健一郎の車でのんびりやってくるし、梶原と井上は今日は電車で来ると言っていた。

 暁人は音楽は聴く分には興味があったが、バンドのライブを見たことはなかった。セッティングの大変さといい、バンドマンの気苦労やその来し方、その上で明るく振る舞う様子は、自分なんかよりずっと大人じゃないかと感じた。

 心のどこかで自分は、音楽なんかでチャラチャラしているやつなんて、て馬鹿にしていたんだろうか。だとしたら馬鹿は自分だし、失礼極まりない。


 やがて六時半になり、入場時間になった。焜たちがやってきて、梶原と井上が合流する。客のほとんどがスイートピロートーク目当てだが、中には前座を見に来た学生もいて、暁人はソフトドリンクを片手に白奈の手を握って時間を待つ。

 やがてPAがアナウンスを入れ、前座のバンドの演奏が始まった。いわゆるコピーバンドで、八十神麗奈の「鬼の居ぬ間に月見花」や「朧月」を熱唱し、意外な歌唱力で場を沸かせる。

 持ち時間四〇分をフル活用して演奏を終えた彼らは拍手喝采を浴びて退場し、セットチェンジが行われる。


 暁人はこの間にトイレに行ってきた。白奈もちょこちょこついてくる。焜が「完全に兄弟なんだよなあ」と呟き、コーラを頼んだ。どうでもいいがライブハウスのソフトドリンクは高く、ラージカップで六働貨(六〇〇円)とかである。普通に考えればぼったくりバーもびっくりの値段だ。

 健一郎は帰りの運転は美琴に任せているのでビールとフランクフルトを手に、落ち着いたおじ様という雰囲気で壁に背を持たせ掛け会場を眺めている。周りの若い女が「あのおじさんよくない?」とか「老け専なの? でも落ち着いてていいかも」とか言っている。

 それを聞いた美琴が威嚇するように健一郎のそばに寄り添い、金剛力士像よろしく仁王立ちした。


「手ぇしっかり洗えよ」

「わかってるもん」


 冷たい水道水で石鹸を落とし、暁人は持っていたハンカチで手を拭う。妹からクリスマスプレゼントに貰った、黒地に白で龍と書かれたハンカチだ。


「あ、ハンカチ忘れたかも」

「ほれ」

「あんがと」

「白奈様、僕がお貸しいたしましょう」


 そこに。


「黒継……」

「鞍馬様と呼べよ、庶民。……まあいい、一度は戦った仲だ、許そう。奇遇だな」

「焜がカンカンだったぜ。車ぶっ壊されたって」

「カードを渡しただろ。請求はそこにしてくれていい」

「ちゃんと謝罪して欲しいんだろ。妖として筋通せって話だ」

「なぜ僕が野良上がりの野狐に頭を下げねばならない。疑わしい真似をした君たちの落ち度だ」

「こいつ……。で。俺は妹の晴れ舞台見に来てんだ。戦う気なんてねえぜ」


 黒継は小便をすまして手を洗い、レースのハンカチで手を拭う。天狗は不浄を嫌うため、潔癖気味な者が多いらしい。


「妹? ああ、前座の」

「違う。メインバンドのギターボーカルだ」

「なに!? お前はテルの兄だというのか!」

「あいつ、ぱっと見人間だし、母さん似だからわかんねえよな。俺は両親どっちにも似てねえし。それは別にいいんだよ。お前バンドとか興味あったんだな」

「わ、わるいか!」

「いや別に。人様の趣味にケチつける気なんてねえよ。そんな上等な妖怪でもないしな」

「話してみるものだ。第一位印象よりはいい男らしい」

「やめろ、お釜を掘られる趣味も掘る趣味もない」

「僕は白奈様一筋だ。浮気などしない」


 その白奈はもう会話に興味がない。


「ねー早くしろってばー。黒継も暁人が悪いやつじゃないって知ってるだろ?」

「ええ、存じ上げております。いささか腑抜けですが、陰陽師としての素質には恵まれているかと」


 黒継は他人を庶民だとか野良だとか見下したかと思えば、素直な評価もする。

 飴と鞭の使い所というか、天狗はモノを教えるのが上手いというが、その教師的な才能が彼にもあるんだろうか。


 トイレを出てライブハウスに戻ると、本番五分前。焜が黒継に気付き、「ふん」と鼻を鳴らす。

 流石にこの場で喧嘩などしないだろう。短気な焜でもそれくらいはわかっている。

 白奈にフライドポテトを買ってやり(ちなみに九働貨五〇働銭もした)、スイートピロートークを待つ。


 幕が上がると同時に、輝子——テルのストラトキャスターを激しく掻き鳴らす爆音が響いた。

 そこに人狼・ショウのベースが加わり音色の重なりが生まれ、火車・リコのギターが重なりさらに音に重みが生まれる。ギターパートが十二秒ほど続いた次の瞬間、雷獣・ジオの落雷のような激しいドラムが叩き加えられ、狗神・フェイのキーボードが響く。

 ネット楽曲配信サービス、「ミュージックボックス」で初回登場週刊ランキング三位を記録したシングル、「デッドリー・オーヴァロード」だ。

 テルが普段からは想像もつかない地鳴りを伴うような声音で、暴力的衝動を凝縮した歌詞を歌い上げる。

 ライブハウスは大盛り上がりで、ちらと黒継を見ると推し団扇を持って応援している始末。こいつガチファンじゃねえか、と呆れた。


 暁人は輝子たちが音楽のためだけに体を作っていることを知っている。臥龍家一階のトレーニングルームにこもって、機材を使って鍛えていたのも知っているし、彼女らがなけなしのお金を駆使してジムに通っていることも知っている。

 だからか、その歌が酷く心に沁みた。

 一曲目が終わり、テルは水を一口飲んで、すぐ、「次ィ!」と拳を振り上げた。


 二曲目は週刊ランキング初登場四位、「歪んだ鳥籠」。

 悲しげなメロディから入った二十秒。だがそれは、ドラムの打撃音でぶっ壊される。間をおかずテルの歌唱が挟まり、曲調が一変。激しいロックに変わり、歪んだ価値観や宇宙観を破壊し、そこから飛び立とうとする若者の苦悩を歌う曲を響かせる。

 怒号のようにも思えるテルのシャウトは場を最高潮に沸かせ、PAもテンションの向上を隠せないでいる。

 気づけば暁人と白奈も手を振って、冷静な傍観者から、熱に狂わされた観客になっていた。


 その調子で最後。初回ランキング登場時、ランク外だったファーストシングル「スイートピロートーク」で締める。

 別れることを前提に初夜を共にした恋人が、砕けていく夜と世界に別れを告げ、どこか遠い場所に旅立ち去っていく、哀愁のあるオルタナティブ・ロック。

 独特の宇宙観を持つスイートピロートークの楽曲の真髄であり、活動から一年後、じわじわ評価されている曲だ。

 それを歌い切る頃には、輝子はフラフラだった。慌ててショウが支え、それでも彼女は拳を突き上げて最後までミュージシャンを貫き通した。


 幕が閉まり、アナウンスが流れる。

 そんなの耳から耳へ素通りだった。衝撃が凄まじく、暁人は骨の髄まで痺れて動けなかった。

 ライブ終わりの空気の中、暁人は暫時呆然としていたが、焜に肩を叩かれてハッとした。


「ほら、いつまでもいたら片付けの邪魔になるわよ」

「あ、ああ。悪い」


 気づけば白奈も痺れていた。暁人は歩けない彼を抱えると、黒継から「ああっ、なんで羨ましい真似を」と言われたが、無視。

 ライブハウスを出て駐車場に向かうと、白奈はうとうとしていた。運転席に美琴が座り、助手席には健一郎、後ろに暁人と焜が座る。窓越しに梶原が叩いてくるので窓を開けると「最高のライブだったって伝えといて」「ほんま痺れたで」と井上も言う。暁人は「伝えとく」と応じて、彼らと別れる。

 あとは輝子を待つだけだ。

 それからしばらくしてギターケースを背負った輝子がやってきた。SUVに六人という無茶だが、溟月の車は必要以上の馬力があるため問題ない。

 トランクにギターを置いて、輝子が後部座席、焜の隣に座った。


「どうだった、みんな」

「最高だったわよ」と焜。

 健一郎は「何度か見てるが、今日は気合いが違ったな。暁人が見てたからか?」

「それもあるけど、友達みんな来てたしね。メンバーのツレも来てたって言うから、とにかく燃えてさ。メイク落とすのめんどくさー」

「メイク落とさねえと肌荒れるぜ」

「わかってるよ」

「手伝いますよ、輝子さん」

「ありがと美琴」


 時刻は十一時。白奈はもう夢の世界である。まだ歯を磨いてないんだが、今日くらいは許してやるか、と暁人は思った。流石にこんなにいい思い出を作って眠ったのに、それで途中で叩き起こされたとあってはあんまりだ。

 暁人もだいぶ眠いが、


「梶原と井上も、最高だったってよ」

「でしょー。帰ったらたっぷり寝て、明日の朝ご飯いっぱい食べてまた新曲打ち込みだー」

「根詰めすぎんなよ」


 暁人はそう言って、車窓の外に目を向けた。

 夜の街には、ネオンが彩り、ビルのライトが煌々と輝いていた。


×


「報酬は五万働貨を約束いたしましょう。前金で一万働貨です」


 ある場所、ある時刻。

 顔布をした白い着物の女が、対面する呪術師に一万働貨が入った封筒を渡す。それを、二つ。


「護衛は二人です。一人五万働貨です。連れている子供には手を出さないように」


 呪術師は覆面の女と、鬼面の男が二人。彼らは無言で封筒を受け取ると、懐に仕舞い込む。


「ターゲットの顔写真です。手段は問いません。排除してください」


 その顔写真とは——暁人と、そして焜のものだった。

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