第34話 ショッピングモール

 その後、繁華街のショッピングモールを見て回った。梶原と井上の素のデートに付き合っているような感覚になり、なんだかお邪魔虫だったかなと思いながら、暁人はゲームショップに吸い込まれるように入って行った。

 子供の頃と相変わらずでこういうところに来ると妙にウキウキするのはなぜだろうと思う。

 焜と白奈がついてくる。焜は付き合い程度にビデオゲームをする程度で、そこまで店内に興味はなさそうだが、白奈は目を輝かしている。


「ビデオゲーム好きね」

「陰陽師すら魅了するからな、ゲームは。舶来品は割高だが、俺が求めてんのはクラツキソフトウェアの……マグナスブレイヴ追加コンテンツカードなんだが……」

「何の話?」「さあ。DLCってやつでしょ」

「ねえか……別途VGSプリペイド買うしかねーな。げ、百働貨分のカードしか残ってねえ」

「何の話?」「プリペイドカードが一番高いやつしかないんでしょ、知らんけど」


 プリペイドは十五働貨、三十働貨、五十働貨、百働貨と四種類。子供が買う分にはせいぜい十五働貨か三十働貨だろう。親に頼んで五十働貨がせいぜい。百働貨はもう自分でバイトする中学生上からが対象といったところか。

 暁人は現在リッチなので百働貨を選んだが、普段からこんな額は選ばない。というか今回は、これしかなかったのが悪い。


 暁人はVGSプリペイドカードの百働貨分を掴み、会計。プリペイドカードを買う際に必ず表示される詐欺にご注意くださいの案内板をタップして承諾し、財布から百働貨札を出して会計を済ませる。

 ちなみに暁人が欲しいマグナスブレイヴの専用ダウンロードコンテンツ、斜陽の帝国篇、黄昏の竜王、黒闇の始皇帝の三篇解放セットは、セット価格で六〇働貨。別途で三篇を買えば九〇働貨するので、セットで買ってしまったほうがずっと得だ。

 余った四〇働貨は、まあ輝子なり美琴なりが自由に使えばいい。課金自体は個人アカウントではなく、ファミリーアカウント共有で行う予定である。なのであまりのお金は、ファミリーアカウントに紐付けした別個のアカウントで使用可能だ。


「白奈はなんか欲しいもんあるか? そう、バカみたいに高くなければ買ってやる」

「ほんと? じゃあねえ」


 白奈はショーケースの、VGSliteという、本VGSより小回りの利くサイズのゲーム機本体を指差した。


「あれ欲しい!」

「本体じゃん! えー、値段は……三二〇働貨……」


 日本円で約三万二〇〇〇円。決して安い買い物ではない。


「呪具にいくら予算考えてたのよ。それに比べたら可愛いもんでしょ」

「それもそうだなあ……しゃあねえ、買ってやる。いいか、特別だぞ。ほら、ソフト選んでこい」

「ソフトもいいの!?」

「本体だけじゃ遊べねえだろ。頼むから舶来ソフトはやめてくれよな。本土の三倍の値段すっから」

「わかった! アヤカシマスターが欲しかったんだ!」


 暁人は店員に声をかけ、「VGSliteって在庫ありますか」と聞いた。「ブラック&ホワイトのツートンのみ、二点取り扱ってます」と答えられたので「じゃあそれを一つ。保証保険は三年のプランでお願いします」と、結構しっかりしたやり取りもする。初期不良がないとも言い切れない。

「画面の保護フィルムはどうされます?」

「純正品で。あと、俺ああいうの貼るの苦手なんで、店員さんに貼ってもらっていいっすか」

「はい、かしこまりました」

「暁人、あったよアヤカシマスター! あとDLCっていうのがある! エキス……パンツ?」

「エキスパンションパスってやつか。合わせて八五働貨ね。……ほんとお前、特別だかんな。マジ落としたり濡らしたりして壊すなよ」

「ありがとう!」


 店員に「そのソフトとカードも一緒の会計でお願いします」と言った。

 保証のサインなどを手早く済ませ、暁人はその保証書をなくさないように財布にしまった。

 カウンターで暁人は本体とソフト、エキスパンションパスを購入し、白奈に持たせる。


「アヤカシマスターって、ツーバージョンあんだろ。どっちにしたんだ?」

「ブラッドバージョン」

「もう一個はなんていうんだ?」

「ボーンバージョン」

「へえ、血と骨か。妖怪らしいっちゃらしいな。輝子がそれやってんの見てたんだが、RPGなんだろ? 俺はアクションの方が好きだからやらねえんだよな」


 焜がついていけない話に、雪原でネズミを探す狐のように小首を傾げる。


「アクションって難しくない?」

「あれはもうスポーツと同じだ。理屈を噛み砕いて、ひたすらトライアンドエラーで体で覚える。ゲームオーバー前提で何度か練習して、装備整えて挑むっていうのが俺のやり方だ」

「そっかあ。eスポーツとかってのもあるくらいだしね」

「俺の高校の先輩が溟月島島民大会で優勝してたな」

「それってオタク君のこと?」

「そう」


 オタク君。稲原園の看板娘にして、暁人の一個上の先輩——実年齢は知らないが——である稲原穂波の結婚前提に付き合っている彼氏で、筋金入りのゲームオタク。RTAinKURATHUKIでモンスターバスターライジング、DLC追加エピソードのドラゴンイーターの記録、両方を保持し、単体モンスター討伐TA記録も複数所有。おまけにマグナスブレイヴストーリーRTAも全島一位。

 天才的なセンスでゲームの感覚を掴み、攻略していく天才肌のプレイヤーである。ミーチューブにもゲーム攻略、タイムアタック解説動画をアップロードしていた。

 溟月島でもeスポーツは市場効果を見込まれ多くの企業が投資している。そこで動く賞金も多額であり、オタク君は三年前から参加し、累計賞金、十五万働貨(=一五〇〇万円)を獲得している。


「凄い人と知り合いなんだ」

「知り合いっていうか、挨拶して、軽い世間話する程度だけどな。オタク君たちは完全フリーランスの陰陽師だから、あんま接点がないんだ」


 そもそも穂波には忌兵隊所属の噂さえある。忌兵隊は六座の中でも頂点座長直轄の精鋭部隊。一人一人が準特等以上の実力を持ち、最強クラスの妖怪で揃えられる。

 現在は座卓の管轄を外れ、稲尾家直轄の護衛部隊として運用されている。主に幼い子供たちを守るのが仕事であり(稲生の屋敷に暮らす妖怪はみんながみんな常識はずれに強いため、そもそも忌兵隊なんていらないが)、普段は市民に紛れて暮らしていた。

 ゲームショップを出ると、梶原と井上が隣のアイスクリームショップでちょうど順番をもらい、オーダーしていた。輝子と美琴は斜向かいの服屋にいて、冬物のカーディガンを選んでいる。

 個性ってやっぱ出るんだな、と暁人は思った。


「焜、みたい店あるか?」

「私あんま趣味らしい趣味ないからなあ。強いて言えば、本屋行きたいかも。漫画欲しいんだよね。小説は難しくて読めないけど、漫画は好きだし」

「いいな、行くか。梶原ぁー、俺ら本屋行ってるからぁ」

「あいよぉー」


 書店チェーンである葛屋に入った焜は、店頭に並ぶ「売れ筋! 臥不死九郎 此岸の桟橋」の立て札を見て微笑んだ。

 暁人もつられて笑う。白奈がどうしたの? と聞くので、「叔父さんの本だ。売れてて嬉しいよ」と答えた。

 暁人は初稿段階から下読みに付き合わされ、見本誌を真っ先にもらっているのですでに、世に出回っていない特別な初回生産本を持つ、マニア垂涎の男なのだが、叔父の三作目の長編は「死生観」に加え「選択」という新たな課題が浮かんでいるのが特徴だ。

 健一郎は「書きたいことと言いたいことを書き綴っていたら一冊できただけだ」と物凄くかっこいいことを言っていたが、好きに書いたものが売れるというのは、作家として最高の境地だろうな、と素人でもわかる。


 暁人たちは書店の奥に進んだ。

 焜は少年漫画コーナーに向かう。昨今少女漫画は衰退気味で、レディコミ、BL漫画にシェアを独占されている。そのレディコミ界隈も不遇令嬢転生かつスパダリ貴族と逆転婚姻で食傷だとか、停滞気味だ、という意見を聞く。

 自然、女性読者も少年誌に流れる形となっていて、余計、少女漫画界隈は肩身が狭くなっていた——叔父が、そんなことを話していた。


 暁人は文庫本コーナーに向かった。白奈は焜にくっついており、面白い漫画の鉄則を熱弁されていた。

 暁人はや行の作家から、八十神麗奈やそがみれなを探す。

 妹が憧れるシンガーソングライターで、作家、画家でもある孤高の表現者。吸血鬼の女性で、その気だるげなルックスからダウナー系芸術家とも言われていた。彼女の楽曲はDL販売サイトで新譜が出る都度毎回数週に渡り一位を独占するため、殿堂入りの扱いを受けていた。


「…………」


 八十神麗奈 死せる狭間の夕空に翔る 溟泳社文庫 八働貨五〇働銭


 文庫落ちして二年のそれは、これを最後にしばらく長編は出ていない。溟月文学フリマでたびたび短編を寄稿することはあり、それをまとめた短編集もあったが、暁人はこの四五〇ページに及ぶ長編だけ手に取った。

 表紙には焼けるような夕空に、木の葉が舞う写実的な絵画が描かれている。この絵も、八十神麗奈が描いた油絵だ。


「いるんだよな、天才って」


 軽々しく天才、という言葉を使いたくないが、八十神麗奈に関しては自然に出てしまう。

 暁人は我知らず独言る。それは嫉妬ですらなく、無論尊敬ではないが、妙な——陶酔感を伴っていた。争うことが馬鹿らしい存在を前にした時の、戦うとか逃げる以前に抱く、「そもそも勝負云々ではないぞ、これは」という一種の悟り。

 輝子に——燭陰にも抱いた、あの心地よさすら感じる敗北感。


 暁人は漫画コーナーに向かった。焜がレイジングムーンというタイトルの漫画を一巻から最新七巻までまとめ買いするようで、白奈には児童向けの妖怪解説本を持たせていた。

 一見他者に厳しい焜だが、子供には優しいのだ。

 三人はレジに並んで、暁人と焜たちは別個で会計。暁人は文庫カバーをつけない派なので素のまま受け取り、ポーチにしまう。

 焜はまとめた本を袋に入れてもらい、店を出た。


 ゆったりとした時間が流れていく。

 暁人の平穏と、平和なひととき。この時間があるからこそ、戦いの場に立った時、それを守るために戦うのだと強く自覚できる。

 守るために戦うと言うのは、場合によっては消極的とも取れるかもしれない。だが同時に、暁人は影法師を狩る狩人でもある。決して、防人ではない。

 龍の逆鱗に悉く触れ続け撫で回したその恐ろしさを、影法師にわからせる。


 暁人は決意を胸に、白奈の頭を撫で、手を繋いだ。

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