マラドーナ死去1年 木村和司さんが語る ピッチで感じた「衝撃」
衝撃の知らせからもう1年になる。2020年11月25日、「神の子」と呼ばれたサッカー界の元スーパースター、ディエゴ・マラドーナさんが60歳で亡くなった。ともに背番号「10」を背負い、同じピッチで戦ったことのある元日本代表MF木村和司さん(63)に連絡した。1年前にも思いを語ってもらったが、慌ただしい電話取材だった。新型コロナウイルスの感染も少し落ち着いた今秋、直接会ってじっくりと耳を傾けた。【中村有花】
「見てみたかったんよ、どんなもんか」
木村さんが運営に携わるスポーツ施設「スポーツジャングル10」(横浜市)。木村さんは事務所のソファに座っていた。15年に脳梗塞(こうそく)を発症し、今もまだ少し右半身が不自由という。それでも、J1・横浜マリノスの監督だった10年前の風格あるたたずまいと、広島弁での語り口は以前と何ら変わらなかった。
マラドーナさんの2歳年上。様変わりするサッカー界のなかで、同じ時代を生きてきた思いがある。訃報に際して木村さんの元には取材が殺到したといい、「やっぱり、マラドーナの存在は大きいで」と語り始めた。
1979年、日本で開催された第2回ワールドユース選手権に、マラドーナさんはU20(20歳以下)アルゼンチン代表の主将として来日した。当時、明大3年で日本代表入りしていた木村さんは試合会場の東京・国立競技場に足を運んだ。「見てみたかったんよ、どんなもんか」。どの試合だったのか、その日、練習があったのかどうか、誰と行ったのかもはっきりしない。覚えているのはマラドーナさんの卓越した左足の技術だ。攻撃が見渡せるバックスタンドの中段に陣取り、プレーをじっと見つめた。「ワシより年下でうまい選手なんかおるもんか。そう思っとった。でもいたよ。うまかった」
3年後、マラドーナさんはア…
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