(cache)のりまきからさくらへ～あわさくらの性別移行記（あわ☆さくら） - 【02-3】生と死の狭間で~紀寿の闘病記~

　時は進み、１９９４年。　細川・羽田内閣の崩壊をきっかけとして村山内閣が発足したり、税制改革法の成立で消費税が５％になったころである。　紀寿は４才となり、目黒区碑文谷にある私立サンジオ教会幼稚園の２年生として日々の生活を過ごしていた。　このころ、父親は白金にある祖父母宅にて仕事をこなす中、毎朝紀寿を連れて戸越公園から車で送迎。　帰りは、母親の自転車にのせられ、ダイダイエー碑文谷店で食事を取り、立会川や(今はなき)目蒲線の電車が地上を走る景色、ムサコ(武蔵小山)を眺めながら帰宅する日々を過ごしていた。　兄や両親、そして祖父母たちに恵まれ、裕福な環境で過ごしていた紀寿だが、この年突然身体の不調を訴えたのである。　とある日の朝、起きたとき、背中全体に経験したことのないほどの痛みが走った。　まるで、背中や頭を槍で切り刻まれるような疼痛が走り、それに耐えきれず叫び声を発したのである。　そう、紀寿の身体に潜んでいた原因不明の病が牙をむいた瞬間であった。　両親も尋常でない紀寿の様子を見かね、何件かお医者様のもとに赴くが原因がわからず、それとともに紀寿の容体は深刻さを増していった。　両親いわく、目は白目となり、背中をそっと撫でるだけでも激しい痛みを感じていたそう。　もはや、一刻を争う状況のなか、両親は紀寿を港区南麻布にある聖育病院の小児科につれていったのである。　聖育病院は、現在の平成上皇が誕生したのを記念して設立され、受診した当時は産科・小児科の分野に強い病院であった。　紀寿は、その聖育病院の小児科を受診することとなった。　医師から告げられた病名は、"細菌性髄膜炎"。　脳の髄膜と呼ばれる細胞組織に悪性の細菌が入り込むことで炎症を起こすものであり、幼児の段階で感染した場合、患者が１０００人いるうち、致死率が５～１０％。完治した場合でも３０％以上の高い確率で何らかの障害・後遺症が残るという令和の世になっても恐れられている難病である。　他の医師ではわからなかった謎の病が、聖育病院の医師から"細菌性髄膜炎"と診断が下りたことにより、聖育病院へ入院することとなった。　それとともに、背中の上から下に至るまでの骨髄のすべての箇所に治療用の注射針や薬剤のチューブが差し込まれた。　痛いのか痛くないのか意識がはっきりしない状況のもと、生きているのか三途の川を渡ったのかわからない昏睡状態に陥り、紀寿の運命を握っているかのように時が虚しくながれていった。　そして、ある日、悲しみに暮れる美紗重、意識のはっきりしない紀寿の運命を大きく変える出来事が起き、事態は一気に良い方向に向かうこととなった。　とある日のこと。美紗重は、いつもの通り生育病院の病室にいる紀寿のもとを訪れ、涙ながらにその様子を眺めていた。　この頃の病状もは、まさに綱渡りともいえる一進一退の状況を呈しており、医療的な手順を一つ間違えるだけでも紀寿の運命がついえてしまう危機的な時期に差し掛かっていた。　そのような状況のもと、どこからともなく一人の年を召した女性が現れ、悲しみに暮れる美紗重に近寄った。「美紗重、大丈夫。この子は、大丈夫だよ。」　女性は、悲しみに明け暮れる美紗重の前にて"北越(新潟県北部)訛りの言葉"を発し、この世の喜びをギュッと詰め込んだような様子で微笑みを浮かべた。　これに対し、美紗重ははっと驚いた様子を顔に浮かべ、その女性の顔を眺めた。　そう、病室に現れた女性は、すでに他界した美紗重の祖母、紀寿から見て曽祖母にあたる人である。　美紗重いわく、大田区西糀谷で幼少期を過ごしていた際、新潟・新発田より上京して彼女の面倒をよく見てくれた恩深き人であり、他界する１日前まで元気に過ごしていたという逸話がのこるほどである。　祖母たる彼女は、その言葉を掛けたあと、姿を消していった。　これは、後に"亡き美紗重の祖母が幽霊として現れた出来事"として令和の世まで語り継がれるものとなった。　また、この日を境にして紀寿の病状は、少しづつながらも快方に向かい始め、最終的には後遺障がいを持つことなく、退院することとなった。　なお、退院する直前に父親と隣接する港区立来栖川公園へ遊びにいったり、病院の仕出しの食事を取った記憶を紗良という女の子の名前に変えた今でも鮮明に覚えているものである。　こうして、生と死の狭間を乗り越えた紀寿は、再び幼稚園に復帰して生活を営んでいくこととなる。

【02-3】生と死の狭間で~紀寿の闘病記~

コメント

同じジャンルの新着･更新作品

読者のおすすめ作品