見えない「壁」を見た瞬間
先日、リア友と今年の活動計画に関する打合せをしました。要約すると「めいはち自身の人生の転換を図りながら、どう躍進していくか」という意見交換をしました。
その中で「めいはちさんのエレベーターに対する姿勢」と「エレベーターオタクのエレベーターに対する姿勢」が明らかに違いますよね。と、ご指摘を頂きました。
確かに、明らかに違う気がします。
エレベーターオタクのエレベーターに対する姿勢ははっきり言って未知数な事が多く、憶測で語るのも危険なので今回は割愛させて頂きたいのですが、僕のエレベーターに対する姿勢は「もっと世の中の人にエレベーターを知ってほしい」という大前提があります。
ひょっとしたらその大前提はエレベーターオタクにもあるでしょう。しかし、問題はここから。
人との触れ合いの中で、エレベーターを広めたい。
そもそも、エレベーターはエレベーターだけで成り立ちません。まず、エレベーターを発注する人(要するにオーナー)、建物のどこにエレベーターを付けるのか考える人(俗に言う建築士さん)、エレベーターを構成する部品を製作する人、エレベーターを取り付ける人、エレベーター維持する人(メンテナンススタッフ)、そしてエレベーターを利用する利用者。
エレベーター一言言ったってそれだけ多くの人が関わっているわけです。だから、めいはちはたとえちっぽけなエレベーター1機でも多くの人が携わった裏のストーリーも想像しながらエレベーターと向き合うようにしています。
そうすると、ちょっとした仕様差や「なぜこうなったのか」「なぜこうではなくこうなのか」という、オタクなら「何故?」「レア」だけで片付けられる要素を明確に掴み、それを会話のタネにすることで会話相手に対してエレベーターの奥深さを伝えることができます。
もちろん、全てのエレベーターに相手を唸らせるストーリーがあるとは限りません。しかし、自分では気づかない事でも相手から「こんなエレベーターが〜」と話になればそれはエレベーターで会話のキャッチボールが成功したということ。それほど素晴らしいことは無いと思います。
そのようにして、僕はエレベーターに興味や関心の薄い人をこれまで何十人、ヘタしたら何百人とエレベーターへの視点を変えてきました。
そういう足跡を振り返ると、
「エレベーターオタクはオタク同士で意見交換」
「めいはちは対個人つながりの中でエレベーターに関する意見交換」
という具合で、やり方の違い、見えない壁があるのかな…なんて感じました。
ある方やある方の言う通り、昨今のエレベーターオタクは承認欲求に駆られすぎている傾向が非常にもどかしく感じます。しかし、エレベーターが好きだという原始的な思考に対しては何も言うことはありません。むしろ、自分も同じです。
それでもこれでも、今もエレオタの対立は続いています。
それは、中身の人間から出たサビと、それぞれのプライドという壁なのでしょう。
僕は、サビ取りをしながら、少しでも壁を越えた世界を築き上げたいなと思いました。
めいはちisエレベーター…なんて言ってますけど、自分から言う自画自賛では無く、他人似認められて名声赫赫でありたいですね。


コメント