習作

 男爵ともなれば領地持ち、あるいはそれに比する栄誉と立場を授からねばならない
 そも、これまでの功績を鑑みるのであれば、それで足りるのかもわからないが、現状に置いては男爵位相当を与えて鎖とするというのが本音というところだろう。
 いまや国の英雄として誰もが無視できない存在となってしまった「氷の騎士」ライトハルトであったが、もはやこうなれば一つ言質を取られれば拙いことになると感じているのか、必要と感じる言葉を一つ、二つ話すばかり。
 ましてや、彼の男爵位陞爵を祝う舞踏会。主役でありながらもこの有様であった。

 無論、前々から彼を知る者たちであれば、その態度が生来の無口から来るものだと知っているため、ある程度は寛容な態度で済ませようとはしているが、元から知らぬ者達からすれば、良くて出自の問題で礼儀を知らぬ。あるいは口が利けぬ何かしらを持っているのだという口さがない言葉すらも薄っすらと聞こえてくるほどであった。

 しかし、彼を真っ向から非難しようという度量のある者は殆どいなかった。
 憎き帝国から土地を切り取り、多くの騎士達から尊敬を集め、時には勇者だ英雄だと称えられながら死地へと送り込まれながらも生還を果たし、王国に富と栄誉を持ち帰ってきたのだ。
 殆ど後ろ盾のないラインハルトが今日まで生きてこれたのは、ただただ「強かった」
 これに尽きる。
 そして前線で命を張る者達にとって、強いということは尊敬を集めることになる。
 いや、もはやそれは崇拝であった。
 彼よりも遥かに地位も高く、また戦歴も長い男たちが、かつて子供のころに憧れた神話の英雄かのようにラインハルトを見る。
 味方からも背中を狙われながら、不平不満も漏らさず、逆に悪意すらも敬意へと変えていった活躍は、遠く故郷の街にも吟遊詩人の詩として届き、王都では「氷の騎士」という演目すらも上映される様である。

 嫉妬されるだろう。
 際限ない悪意を受けるであろう。
 しかし、彼には崇拝される原因があった。されてしまうとも言っていい。
 男ですら見惚れる眉目秀麗な様、傷ひとつ負わず敵陣に斬り込んでいく勇敢さ、それでいて、無口である。
 彼の声を聞くことができれば幸運が訪れる、なんて言われるのも仕方があるまい。

 もちろん、前線から遠く離れた王都においては、華々しい武勲を挙げ、家名だけが残されていたやんごとなき身分を授かり貴族となった市井の者である。
 若きご令嬢たちはあの有名な氷の騎士を一目見ようと群れをなし、そのまま気を失うものまで出るという様である。

 しかし当のラインハルトと言えば、どこか物憂げに遠くを見ているだけで、グラスで唇を潤すこともせずにいる。
 またそれを見て、令嬢たちは花めいた態度で遠巻きに見ているのであった。

 武闘派の貴族たちからすればもはや、彼にどの家の娘を娶らせるかという話の的であったが、面白くないのが、帝国との戦役で全くと言っていいほど活躍できなかった者達である。
 その中でも、レンアイダイトクイ侯爵家の長男、アブラクは一方的に憎悪を募らせていた。
 ラインハルトを何度も死地に追いやろうとし、そして華々しい戦果に変えられた当人である。
 一介の準男爵でしかなかったラインハルトを結局排除することもできず、手駒は次々と彼の背を守る者へと変わり、最終的には指揮官として無能と判断されて、ひっそりとその任を解かれてしまった。
 レンアイダイトクイ侯爵家は王家にも関わりのある大貴族ではあるが、近年はその存在感を著しく失っていた。その上でこれである。
 内々には廃嫡の話まで出ているようであるが、そのことはまだ、アブラクの耳には入っていない。

「出自卑しき己のようなものが、伯爵家に歯向かうなどと……」

 恨み言を言うアブラクの周りには、これまでいた取り巻きの数も半減では済まない数になっており、目の追う先では元婚約者がラインハルトに声をかけようとしていた。

―――

「なんてことがあってさ」
「ウケる」

 手を叩いて笑うな。そもそも本気で落ち込んでいるのにその態度はなんなんだよ。
 周りがとんでもない表情をしているのに気づいていないのか、この女は。
 舞踏会ってさ、バクバク飯食ってたらいけない場所なんだぜ、っつったら、あー。貴族様ってそういうの気にしそう。だなんて言って美味そうにパイを食う。
 実際に美味いんだけどな。これ、俺の大好物でもあるんだよな。

 俺の名前はラインハルト。仰々しい名前を今度授かる予定の、元平民だ。
 平民と言っても、なんやかんやとあるうちに、いつのまにか領主の一族に組み込まれ、放り込まれた場所でほどほどに過ごしている内に、男爵位を賜ることになっていた。
 ウケる。ウケない。
 せいぜい、身の回りの世話をしてくれる親子と庭師、そして何人かの弟妹ぐらいだったはずの屋敷(とも呼べないぐらいだ。騎士として一式整えようとするだけで家が傾く。)を継ぐか継がないかだったはずの俺の人生は、とんでもない速度で加速していた。

 恭しく世話をしてくれるメイドだとか執事だとか、それぞれがやんごとなき血筋を引いた方々に囲まれ、気の休まる時間は一切なかった。

 人と話すのが、苦手過ぎるのだ。
 騎士として居る内はそれでも良かった。命令に従うか、檄を飛ばすために声を張り上げるか。
 大体そのどちらかで事足りるし、会話ではない。応答か、発声かだ。
 同僚や指揮官もいい人ばかりで、必要以上に会話を求めてはこなかった。
 せいぜい、総指揮官を務めておられた公爵様から二言三言会話を求められたぐらいだったろう。
 ああ、早く戦場に戻るか、冷えてるかもだけどと持ってきてくれたパイを焼いてくれた幼馴染のコーナと一緒になれたりすれば、それが俺の幸せだろう。

 だが、それは叶わない。
 俺が必要以上の地位を賜ったとき、つまりは男爵家を継ぐことになったとき、自動的に元の家は弟が継ぐことになった。なんとなく、一緒になるんだろうなと思っていたコーナとの縁も自動的に切れる。
 そういえばこうしゃくって人とお会いすることになってー、粗相がないかと心配だったし、あんなに綺麗な服着たのもはじめてだったな。なんて話すことにも全く意識はいかない。
 
 今回だけはと人を排して二人きりでの食事を取れているが、これからはこういった機会も失われてしまうのだ。
 それならば、俺は出世などしたくはなかったのに。

 (騎士基準で言えば)飲まない俺が深酒をしてしまったのにも、理由はあるだろう。いつのまにか食事はお開きになっており、コーナの姿も見えなかった。王都のいいところに宿を取ってあると言っていた気がする。気を利かせて、家人が送りに行ったのだろう。
 たくさん作っておいたから、と置かれているミートパイ。
 故郷で、家族で囲んだ食卓にこれが並んでいるだけで幸福だったはずなのに、いつのまにか遠くと来てしまっていた。
 まだ酒は残っていた気がする。今日は浴びるほどに飲みたい気分だった。
 そう思っていると、突然家の中が慌ただしくなったと思っていたら、蹴破る勢いで部下が転がり込んできた。
 あからさまに何かが起きた証拠だろう。

「コーナ様が何者かにさらわれました!」

―--

 コーナはただの平民である。平民であるからして、丁重にと言ったのにも関わらず警護が余ったのだろうか。それとも、ラインハルトの弱みになると、よほどの手練れを送られてきたのか。
 慌ただしく装具を用意させ、すぐにでも飛び出して行きたかったのに、今は鎧を着る時間が無限にも感じた。
 せめて簡単な物だけでも渋る者達を怒鳴りつけ、愛用の剣に、厩から馬を引かせてすぐにでも屋敷を飛び出した。そう時間は経っていないだろうが、『所詮は平民』なのだ。自分がこれだけ必死になっていたとしても、コーナを探す手助けはそう簡単に得られないだろう。
 それに、男爵になりたての自分に蓄えなどほとんどない。
 であれば怨恨。
 コーナが無事である保証は薄いんじゃないかと思うと、気が気でない。

「ならず者どもは、劇場をアジトにしていると言っておりました!」

 叱責してやろうかと思ったが、俺はその言葉に何も言わずに頷いた。
 俺は氷の騎士。
 ならば、目的を果たすまではその心も揺らすことはない。

 この王都で劇場と言えば、真っ先に王立劇場が思い浮かぶ。
 王都の土地勘を持ち合わせているとは到底言えないが、目立つ場所を指定してくるということであれば、なにがしかの目論見、陰謀があるのかもしれない。
 しかし、何が待っていようと、ラインハルトに退く選択肢はなかった。

「せめてお供の者を!」
「要らん!」

 必要な情報は聞いた。必要な用意もした。ならば、あとは向かうのみ。
 ラインハルトは馬に飛び乗ると、そのまま風のごとく走り去った。

「あんなでかい声はじめて聞いたなぁ」
「というか、親しい相手だと口調砕けるんですねぇ」

 彼が走り去った後の一幕である。

―--

 ラインハルトは、馬を使い潰すほどの勢いで夜を駆けた。
 そんな勢いで何事かと途中止まるようにと声をかけられたが、こちらが何者かと視認するとすぐに引き下がっていった。
 今は時間が惜しいため、ありがたかった。
 
 しばらく寝入っていたとはいえ、この速度で駆ければ追いつけなくとも、相手に余裕を与えはしないはずだと、半ば祈るように考えていた。
 馬を預け、転がるように大通りを走ると、その異様な風体のせいか人混みが割れていくようだった。
 ラインハルトが営業していない王立劇場の戸を蹴破るように入ると、シンとした空間には似つかわしくないが、劇場には似つかわしい、仮面を被った男たちが立っていた。
 見えているだけで三人。隠れて気配を消している者も含めれば、もっと大勢。

「こうしゃくの手の者か!」

 コーナの言っていたこうしゃく。公爵、侯爵。コーナが貴族の階級に詳しいとは思えないため、本当にそれを指した言葉なのかはわからなかったが、ラインハルトはこれまでにないぐらいに声を張り上げた。騎士の声は、大きい。ビリビリッと空間が振動したかのような声量に、身を隠していた者が何名かは割れた。

 姿を見せている者の中で、ひと際体の大きい者がそれには応えず、腰に持っていた訓練用の木剣をこちらに投げてよこした。
 これを使えということだろう。
 ラインハルトは木剣を拾い、構えることでそれに応じた。
 男たちはそれを見ると、振り返ってホールへの扉を開ける。

 ついて来いということだろうか。
 恐らくだが、相手は十人以上はいるだろう。
 だが、ラインハルトにとっては何人いようが物の数ではない。
 散々に酔っぱらった後ではあるものの、これよりも酷く、苦しい状況で生を掴んできたのだ。
 それどころか、内面はかつてないほどに戦意に滾っていた。

 予想通りというべきか、舞台の上には、気絶しているであろうコーナが寝かされていた。
 ご丁寧に、演劇の真っ最中のようなセットまで用意してある。
 ラインハルトは困惑しつつも、ひとまず、コーナが無事だろうということにほっとしていた。相手の目的はわからないが、ただの賊ではあるまい。こうしゃくとやらが絡んでいるのであれば、まず間違いなく、強大な敵が裏にいるのであろうと感じられた。
  先導されるかのように、男たちに舞台壇上へと連れてこられると、彼らはそれぞれ得物を取り出した。
 両手剣、ナイフ、レイピア。それぞれ刃は研がれてはいないようだったが、それでも打たれれば軽い怪我では済まないだろう。
 それでも、ラインハルトは激情を表に出すことはなかった。
 声を張り上げた一度きり、残りは異名通りの氷の騎士である。

 舞台上、動ける範囲はそれほど多くはないが、すり足でナイフ使いの男が間合いを取ってまず動いた。ラインハルトはそれを無視する。
 この場で一番気を付けなければならないのは、両手剣の男だろう。
 レイピア使いの刺突も注意しなければいけないが、一撃で動けなくなる打撃を食らうとすれば、それは両手剣だ。
 しかも、迂闊にそれを避けたり弾けば、コーナに当たってしまうかもしれないと思うと、面倒が増す。

 そう、面倒でしかないのだ。
 レイピア使いの男も、同じようにすり足で動いて、ラインハルトを囲むが、それもまた、気にはならなかった。
 舞台上で、いまだラインハルトは構えていなかった。
 手練れの者に囲まれている危機的状況でありながら、使うように投げられた木剣の握りや、重さを確かめるように手の中で弄んでいるばかり。

 焦れたのか、最初に動いたのはレイピア使いの男だった。
 しなる剣先が、ラインハルトへと風音を立てて襲い掛からんとしたときにさえ、ラインハルトは無風だった。
 噂ほどにもないなとと考えながら、レイピアの男は糸の切れた人形のように舞台上に崩れ落ちた。

 ナイフの男は焦っていた。噂どころではなかったと。
 完全に必殺の一撃である。刺突はラインハルトへと当たっていたはずであった。
 しかしながら、レイピアの折れた剣先がカランカランッと乾いた音を立てて転がっていくのだから、それよりも近い間合いでやり合わなければいけないナイフ使いにとっては致命的な状況だった。
 両手剣使いに合わせて、懐に飛び込む。それだけを狙おう。
 思考とは裏腹に、ジリジリと間合いが遠ざかっていく。

 人の域を遥かに超えているというのは噂では聞いていたが、噂が盛られていないどころか、過小評価されているだろうというのは恐ろしくて笑ってしまいそうだった。
 国の英雄、氷の騎士。何を馬鹿馬鹿しいと思っていたものの、あれは凄いぞ、語られた内容に何も嘘はなかった。
 裂帛の気合を込めて、八双の構えから最速で振り下ろす。王国の中でも随一の男の一撃は、氷の騎士によってあっさりと防がれ、一拍遅れて迫ったナイフ使いも、蹴り一つに沈んだ。

「コーナ!」

 潜んでいた気配も、いつの間にか消えていた。もしかすると、裏で糸を引いている者のところへと戻っていったのかもしれない。だが、そんなことはどうでもいいのであった。

「コーナ!」

 棺のようなものに寝かされているコーナの元へと駆け寄る。外傷があるようには見えないし、かすかに胸も上下している。しかし、ラインハルトが揺さぶってもコーナは目覚めなかった。
 なぜ彼女がこんな目に遭わなければいけなかったのか。
 ラインハルトの中に後悔が広がっていく。
 そもそも、自分が煮え切らない態度でいなければ。迎えに行くだけの功績を挙げてからという考え自体がコーナに向き合えない自身の弱さだったんだろう。
 それどころか、俺の娘をやろうと言う上役にも、内心満更でもなかったんじゃないのか。

「コーナ!!」

 呼びかけ、揺さぶることしかできない。 早くチューしろ。
 くっ、俺はなんて無力なんだ。                    チューをしろ!

 何かが小声で聞こえてくる気がする。
 しかし、この場には俺とコーナしかいないはずで……。
 よく見ると、コーナの口元がムニャムニャと動いている気がした。
 ラインハルトは訝しんだ。
 いつのまにか、のしたはずの三人も姿が消えている。

 そして観覧席の特別席で、何かが光った気がした。

―--

「コーナのことは! 一生俺が守り続ける!」
「氷の騎士が誓いのキスをすると! 皇女を覆っていた氷はたちまち溶け、二人は抱き合い愛を確かめ合ったのです!」

 最も人気のある演目である。全編を演じれば、恋人を想い戦場での苦難に立ち向かうパートやら、皇女との身分違いの愛に苦しむシーン出立前だのとあるが、その中でも最も人気のシーンだけど区切って演目とするのも流行っていた。
 真実の愛のキス――の本当のところは、焦れたコーナがラインハルトに抱き着いて無理やり唇を奪ったというトンデモない末路なのが、演出は演出なのであった。
 ラインハルトは、都合十回以上は見ているのにも関わらず、このシーンでうるうる涙を流している妻に辟易としていた。

 全てのネタ晴らしであるが、国の英雄たるラインハルトを危険分子となる前に取り込むべし、という意見は強く、そのために真っ先に動いたのは公爵であった。
 ラインハルトを露骨に冷遇していたアブラクは即座に廃嫡から病死として片付けられ、コーナは子爵家の養子となり、ラインハルトへ降嫁することが即座に決められていた。
 そうして産まれた子供は公爵家の養子になることが決まっており、子世代には王家と縁続きになる。
 王家やお貴族様は、一芝居を打ってコーナが実はやんごとない血を引いていたということにして、彼らを取り込み、演目として流し続けているのだ。
 
 これほどの厚遇を受けているのは、万が一でもラインハルトの機嫌を損ねてはいけないという事情がある。
 王家にも近しい血筋の者にも崇拝を向けられているラインハルトを、自分の血縁に取り込みたいと躍起になって縁談を持ちこもうとしていた者は無数にいた。
 しかし、ラインハルトに死ぬほど酒を飲ませて、故郷に想い人がいることを吐かせていた古強者共は、それらの筋を完全にシャットアウト。そして今回の件を王家を巻き込んで立案したのだった。

「ラインハルトが私以外とまともに話せるわけがないじゃない」

 地元の人間や、一緒に戦い抜いた者たちも、その意見と一致した。
 会話ができれば幸運がもたらされるなんて冗談を飛ばされるような男が、地元の幼馴染を恋しがる。
 なんなら、出世してしまえば結婚することが叶わなくなると、泣く。
 そして男たちは、自分の命を救ってくれた男のために動いたのだった。

 ラインハルトの本気を受けたというのは、近衛を務めている者達にとっても誉れとなった。
 護国の剣として称えられるラインハルトが居る限り、帝国も迂闊には手を出すことはできない。長く平和が王国にもたらされるだろう。

「ああ、わかったよ。そんなにむくれないでくれ。今夜は君のミートパイが食べたいな」

もちろんのことであるが、王国での人気のメニューはミートパイである。

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習作|みつじ
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