以下はウィキペディアからの引用ですが、私の青字の分析を見て下さい。
新しい風景が広がると思います。
日本全国・沖縄・朝鮮半島・台湾で作品展や講演会、映画上映を行い、大本のイメージ向上に成功した。廃刊になった大正日日新聞にかわり、日刊誌「北国夕刊新聞」(金沢)、「丹州時報(舞鶴)」、「東京毎夕新聞」を買収、人類愛善新聞や街頭演説・講演会で活発に宣伝する。
王仁三郎は時代の流れを掴むことに長け、メディアを積極的に利用・活用して成功を収めた破天荒で多才な教祖と言える
~以上~
※マスメディアを押さえる戦略家
国内での活動が制限される中、王仁三郎はアジアでの活動を重視して中国の軍閥や日本の右翼頭山満や内田良平と関係を結び、北京に「世界宗教連合会」を設立した。続いて「人類愛善会」を発起
~以上~
王 仁三郎さんは右翼団体や中国とも関係が深い、頭山氏と言えば、
近代の八咫烏 ウィキペディアより引用→こちら
八咫烏は江戸後期、徳川家定の時代から幕府や朝廷が次第に陰陽道や八咫烏の祭祀儀礼に頼らなくなっていったことから、 八咫烏の影響力は退潮傾向にあった。
幕末に孝明天皇父子が暗殺され、替え玉として長州藩出身の大室寅之祐が明治天皇としてすり替えられて即位したことで、 宮中祭祀と天皇・内廷皇族の葬式の分野を除いて朝廷や皇室における八咫烏の影響力は殆ど失われたとされる。
続く明治時代では八咫烏とは縁が無い薩長土肥出身者が主導する明治政府が神仏判然令や神社合祀令、天社禁止令、修験禁止令等の形で直接間接の弾圧を行ったことで、大日本帝国憲法が公布される頃には解体寸前まで追い込まれるほど衰退の危機に瀕した。
しかしその後も八咫烏は存続し、岡山県総社市上原や高知県香美市で上原大夫やいざなぎ流と呼ばれる陰陽師村を築いたり、 頭山満や内田良平などの人物を代理人として反体制的な政治活動をさせることで勢力拡大を図ったとされる
~以上~
※はいこれは、普通に資料としてわかる内容ですが・・・・・
これをご覧の皆様はどう思いますかね?
ええと・・・・
まだ嬉し嬉しの世とかお花畑しちゃってますかねW?
まあ自由なんでどうぞW
私はむしろ仏教の三千年の世の方が先ですし、気に入ってますがね。
でも、糾弾されていたじゃない。政府から・・・・
正義の味方だったからじゃないの?
という疑問質問がある方・・・・・
では次回をご覧くださればきっと無言になると思いますね
まぁ、八咫烏については、ご覧のように日本の国体を守ってWくれているんですね。
どうもありがとうW正義の味方ですW
続きは→その2
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