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述語の数は一つだけでいい:あらゐけいいち作品について

あらゐけいいち先生が好きだ。

あらゐけいいち先生の漫画が好きだ。

あらゐけいいち先生の絵が好きだ。

絵柄が好きだ。

たとえば、コンプティーク誌上にて日常を連載していた頃の絵柄が好きだ。肩幅は小さく、両手を胸元にかざして、表情を明るませるはかせやなのの絵が好きだ。キョトンとした表情になると、縦長の棒目になるのが特に好きだ。飛び回る虫を追い回す阪本の隣で、はかせが目を輝かせているコマが好きだ。あまり表情を動かさないのに、しっかりと感情が伝わる阪本のデザインが好きだ。対照的に、肩幅がやたらと大きく描かれていたゆっこたちの作画も好きだ。なかでも、漫画の原稿用紙が手に入らずにキレ散らかすみおの異様に広い肩幅が好きだ。あの話は、みおのワードセンスが光る回でもあるのだけど、最大の肩幅を記録しているコマでは「ってアンポンターン!!!」とシンプルなツッコミを炸裂させているのが好きだ。小木の肩幅も好きだ。囲碁サッカーの練習中に突然現れた小木が、誠と高崎先生の対決を止めようと跳びはねた際の肩幅が特に好きだ。小木の再登場自体がおかしさに満ちていて好きだ。誠と高崎先生の対決を止めるために股ぐらを潜り抜けるという展開も、文章で書いてみて「何それ」という感覚に陥るが、とにかくそんな訳の分からなさが好きだ。忍法小木蔓の「忍法」という字面が好きだ。単行本だと修正されていたのだけど、囲碁サッカー部のポスターに忍者ハットリくんが描き出されていたのが好きだ。まんが道の変木さんが描き出されているポスターも好きだ。「大工財閥に嫉妬したハツ場くんが囲碁サッカー部を混乱に陥れるべくポスターを校内じゅうに貼りつけている」という、ディティールの細かい設定が好きだ。背景に隠されている細かな伏線が好きだ。たとえば、囲碁サッカー部の活動が本格的に描写される前に、ゆっこたちの教室で囲碁サッカーのポスターを配布している人物がいたという伏線が好きだ。日常3巻表紙で桜井先生の机の上にさりげなく置かれている「イラスト入門」が好きだ。前の巻で「すいません 私 絵下手だからわかりにくかったですよね」としょんぼりしていた桜井先生が、絵の勉強を始めたことを示唆しているわけで、こうした背景だけで進行する細かな物語が好きなのだ。教室の隅に置いてある漫画が島耕作という絶妙なチョイスが好きだ。櫻画報のパロディが好きだ。最近の日記漫画で〆に書かれている桜玉吉リスペクトの「今日はここまで」も好きだ。同人短編「マイルストーン」で出てきた鈴木翁二リスペクトの場面は勿論好きだ。黒板に書いてあるメトロン星人の落書きが好きだ。メトロン星人のカラーリングを「毒の入ったタラコ」と表現するあらゐ先生の言語感覚が好きだ。「エレキングはバナナみたいだから好き」と話す、怪獣を食べ物に見立てようとするあらゐ先生がやっぱり好きだ。「納戸管理人」という教室内の貼り紙が好きだ。まんが道が元ネタであろう、東郷平八郎の「Z旗」の貼り紙が好きだ。まんが道が元ネタであろう、「毒蛇はいそがない」という貼り紙も好きだ。まんが道への思い入れを語るあらゐ先生が好きだ。まんが道の二次創作を高校時代に書いたという同人版ヘルベチカスタンダードのエピソードが好きだ。この話はフィクションであるのだけど、実際の出来事に基づいていると勘違いした僕が、以前あらゐ先生にお会いしたとき「まんが道の二次創作漫画の原稿って今も残っているのですか」と話を振って、戸惑わせてしまった思い出も含めて好きだ。藤子A先生とのトークイベントで緊張されていたあらゐ先生が好きだ。トークイベントに当選した僕は、会場(東京六本木TSUTAYA)に早めに到着していたのだけど、同じく早入りしていたあらゐ先生にばったり出くわしてお話させていただくことができた、そんなミラクルを起こしてくれたあらゐ先生が好きだ。クモマドリラジオでお話されているあらゐ先生の若干高めのキーの声色が好きだ。ツボに入ったときの、笑い袋が爆発したような声色も好きだ。絵柄の話に戻ると、日常がアニメ化した前後の、ほっそりし出したキャラクターの身体つきが好きだ。アニメが放映終了した直後の少年エースに載ったエピソードが、ギャグ成分高めなゆっこたちの缶蹴り回だったのが好きだ。この号のキャッチコピー「気がついたら、日常でした。」が好きだ。「日常」という言葉がもう好きだ。「鼻革命」という言葉も好きだ。CITYの連載開始時に、登場人物の顔面に鼻を描き入れた作画の変化を、「鼻革命」「口呼吸からの卒業」と言い表した言葉選びが好きだ。日常10巻の告知漫画で、日常の単行本に墨を吹きかけるタコの傍に、「お墨付き」と書き入れる駄洒落が好きだ。このタコは蛸であったのだけど、紐に結び付けられて凧のように空を飛んでいるという駄洒落込みで好きだ。アニメーション動画「邂逅」「捨鉢」で、麻衣やゆっこにしてやられたタコ型宇宙人が哀れで好きだ。CITYの泉りこの寝ぼけ編で地球の侵略を企んでいたタコ型宇宙人も哀れで好きだ。立涌がタコ型宇宙人の侵略を阻止したり海賊と親交を深めたりしている傍らで、お姉ちゃんと久しぶりに会う予定を立てたりこが、MOTHERの主題歌を口ずさんでいる小ネタが好きだ。というか、お姉ちゃんと会うためにご機嫌な様子でおめかしをするりこが可愛すぎて好きだ。マッドプリーストの猊下も好きだ。猊下といいフェイ王国のドルフといい、宇宙規模の野心家があっけなく命尽きてしまうアンチクライマックスな描写が好きだ。タコ型宇宙人の死に際に一人ずつ紹介される場面は、悲惨なはずなのだが滑稽味があって好きだ。彼らのなかだと、タコ・コリンズの紹介文が一番ポエジーで好きだ。タッコリ君の「バイト先で不思議ちゃんと交際しそうになった」という人間味あるエピソードも好きだ。体幹タコ介の「コミティアに出始めていた」という説明文も味わい深くて好きだ。登場人物紹介だけで読み手を面白がらせることのできるあらゐ先生の手腕が好きだ。ちょうど前回のコミティア150で頒布していたヘルベチカスタンダード掲載の「オバケを描いてみた」も、その文脈で好きだ。オバケ周りのキャラクターを紹介しているのに、どうしてあれだけ面白くなるんだろう、大好きだ。CITY4巻のカラー口絵に載っていた登場人物紹介だってもちろん好きだ。「オバケを描いてみた」の前月のヘルベチカスタンダードで発表した日記エッセイ漫画も好きだ。「最近はデータで編集とやり取りをするので人と会う機会が減って寂しい」、という率直すぎる心情の吐露が好きだ。エピソードごとに現実の話と虚構の話を行き来する、ヘルベチカスタンダードの作品構造が好きだ。あらゐ先生の活動をアニメ形式で振り返る動画で、ナビゲート役のオバケが汗をハンカチで拭きながらおしゃべりをしていたのがか愛くるしくて好きだ。同じ動画のなかで都都逸を披露したうさぎも好きだ。地下室20階のマスターもかわいらしくて好きだ。あらゐ漫画の愛くるしい小動物が全般的に大好きだ。スクーターで交差点を走る際に二段階右折を怠った雨宮さんを注意しに現れた犬のおまわりさんが好きだ。バスの降車ボタンを割れ先に押そうとする子どもが好きだ。懐中電灯を照らされた先で赤い舌を垂らしていた小さなオバケも好きだ。ふわふわオバケの本当にやわらかそうな輪郭が好きだ。みみねこの憮然とした表情がたまらなく好きだ。愛想を振りまかないものの、人に触られるのは嫌ではないらしく、まつりに脇を抱きかかえられたときには、大人しく抱っこされていたのが最高にキュートで好きだ。首につけられた大きな鈴も好きだ。わこに懐いているのか、自分から近づいてきて、わこが頭を抱えたり、アパートの廊下で寝転んだり、神社まで走り出したりするたびに、その仕草を真似しているのも好きだ。鬼カマボコや南雲に耳を触られて気持ちよさそうにしているのも好きだ。にーくらにだけは懐かなくてひたすらに逃げ続けるのもなんか好きだ。CITY連載当初に多用されていた、吹き出しの中の文字を手書きで縁取りする表現が好きだ。CITY初期の日常に近い絵柄も好きだし、連載が後半に入ってから、瞳の大きさが少し小さめに描かれるようになったのも好きだ。CITYの前身となった作品の構想イラストの頭身高めな絵柄も好きだ。構想イラスト内のタバコを吸っている南雲も好きだし、本編でのヘビースモーカー設定のなくなった南雲も好きだ。タバコを吸わないとアイデアが出ないと言っていた過去のあらゐ先生も好きだし、「新しいことを始める延長」として禁煙に成功したと話したあらゐ先生も好きだ。「さすが小学校の檀上に立って話した人は違いますね」と返したさわださんのコメントも好きだ。母校での講演を終えたあらゐ先生が、生徒にサイン色紙を受け渡す際に、小学生から日常のキャラクターではなく流行りの漫画やゲームのイラストを描くように言われた挿話が好きだ。何の話だっけ、絵柄の話だった、日常以前の絵柄ももちろん好きだ。特に同人短編「箱庭」に出てくる主人公の、ハイライトが入っていない真っ黒な瞳は、今のキャラクターとはまた違う趣があって好きだ。原田たけひとに影響されたという主線なしのカラーイラストの絵柄も好きだ。原田たけひとの描くキャラクター「プレネール」っぽい少女のイラストが、同人版ヘルベチカに描き出されているのも可愛らしくて好きだ。同人版ヘルベチカを「ちっちゃいヘルベチカ」と呼ぶあらゐ先生が好きだ。過去の「ヒマラヤイルカ」のイラストの中に一枚だけ少女のスカートがめくれあがっている絵があったのが、今のあらゐ先生からは考えられない構図でドキドキする、好きだ。男子便所で立涌と隣り合わせた海賊が、ふと立涌の小便器を覗き見て衝撃を受ける描写も好きだ。「ソフトM」だと自分の嗜好を唐突に告白する寺の住職が好きだ。あの話の元ネタが、コボちゃんのパロディ漫画だという経歴を知っていると、ますますおかしくなって好きだ。日常連載初期のなのは、他の登場人物とは異なり一人だけ黒目の下部に光の輝きが表現されていたのが特別な感じがあって好きだ。いつのまにか他の登場人物と同じ目の表現になったのも、なのが真の意味でゆっこたちと歩み寄って仲良しになれたことを暗示しているようで好きだ。登場人物間の呼び合い方が好きだ。たとえば、わこが真壁家の御婆に向かって親しげに呼びかける「ババ様」という呼称が好きだ。南雲やわこからしてみれば後輩に当たるにーくらが、CITY南チームからは「姐さん」と呼び囃されているのも好きだ。えっちゃんが立涌を呼ぶ時の、「立涌にーちゃん」という呼び名も好きだ。えっちゃんが実は立涌に恋をしていたという事実を踏まえると、この呼び方にいじらしさが感じられるので、ますます好きだ。普段はゆっこ以外の相手を名前で呼ばない麻衣が、手紙の中では「みおちゃん」「なのちゃん」と書き記しているのが好きだ。中学時代の麻衣が、ゆっこのことを名前で呼ぶのが気恥ずかしくて、名前を呼ぶ練習をする初々しさと合わせて好きだ。大人になった麻衣が「まかせてみおちゃん」と相手の目を見て語り掛けている様子もぐっときて好きだ。大人になった麻衣が、夜の屋台で(水を)飲み明かしているとき、ゆっこについてふと物思いに耽る表情が好きだ。大人になったみおが、なかなか仕事場に現れない麻衣を思って発した「ヤツが事故るかバカヤロー!!」も好きだ。「ヤツ」と言い合える気安い間柄が好きだ。ふたりサッカーで実は天国出身のお姫様だと判明したさやちゃんが、神様のことを「お父さん」と呼ぶのがなんか好きだ。神様の方はさやちゃんのことを「娘」と呼び、天使のたまちゃんが「姫」と呼ぶのもなんか好きだ。「天使のたまちゃん」という藤子不二雄オマージュな名前の付け方が好きだ。モノアイの「二級天使」という称号も石ノ森章太郎オマージュで好きだ。同人短編「誉」だと、奔放な性格の先輩であるやなちゃんが、同い年の友人・小鳥を呼び捨てではなく「小鳥ちゃん」と呼んでいるのが、一見がさつに見える彼女の性格の優しさが滲み出ているようで好きだ。「誉」とよく似た題名だけどまた別の同人短編「ほまれ」だと、三級天使・誉が幼い見た目と破天荒な行動に反して丁寧語口調で喋り、「藤木さん」と敬称を付けて相手に呼びかけるのが、地の真面目さが透けて見えるようで大好きだ。丁寧語が好きだ。はかせは幼くたどたどしい喋り方をするけれども、高い頻度で丁寧語が飛び出てくるところが好きだ。同人短編「街」に登場する、萌え袖で小柄な神さまもやはり丁寧口調なので好きだ。わこの敬語口調も好きだし、なのの敬語口調も勿論好きだ。麻衣ちゃんとはかせが手を繋いだとき、はかせの手の小ささが表現されているのが好きだ。日常の初めの方のリアルな造形の手が好きだ。CITY以後の漫画的にデフォルメされた手も好きだ。はかせと同じぐらいの背丈に見えるしあは、外見こそうみやそらと変わらないのに、年齢としては成人していて、それでいて恋する乙女であったり、ビールを一気に飲み干して豪快に息を吐いたりするのが、ギャップがあって好きだ。しあのさらさらした髪質が好きだ。ホーランドロップさんの柔らかそうな髪質も好きだ。しあの友達が作った爆発くんのアクセサリーを付けているのも好きだ。恋するしあの心模様が収録された単行本のキャッチコピーが、「CITY in love」だったのも好きだ。うみとそらも可愛くて、特に紙吹雪を自分で散らしたり、宙にハートマークを描いたりなんかして喜びの感情を表す仕草は、最高にキュートで好きだ。ゆっこと並ぶと小柄さのより目立つ桜井先生が好きだ。ファンの一人に「好きな日常のキャラクターは誰ですか」と尋ねられたあらゐ先生が、「桜井先生が好き」と何気なく答えると、「生々しいですね」と返されたという何とも言えないエピソードを含めて好きだ。中村先生は、なのを捕獲しようとして何度も失敗してしまうドジ加減と、「かわいい」と褒められると照れてしまうウブさが魅力的に映って好きだ。東雲家を訪れた時に、女の子座りをしているその仕草が好きだ。普段から畳の上で正座をし慣れているなのやはかせとの対比すると、より味わい深くなって好きだ。あらまさんが好きだ。過去の設定画で描き出されていた、学生時代の制服を着てまんざらでもない様子になるあらまさんのイラストが、トキメキを感じて好きだ。休日を寝過ごしてしまったあとの後悔から、真夜中の空を窓越しに眺めるあらまさんの渋い表情も笑えて好きだ。心底悔しそうに顔をしかめた、なぜか眉毛まで太くなってしまっているその顔つきが何度見ても好きだ。同じぐらい渋い表情として、「アジスアベバ!!!」と絶叫するみおの顔が好きだ。表情が面白いのはもちろんのこと、二つ結びのお下げ髪が逆立っているのが好きだ。南雲が怒りを爆発させたとき、ポニーテールの末端部が、チューリップの花が開いたような表現になるのも好きだ。CITY第1話で、寝起きでさえ髪を結んだままだった、ものぐさな性格の南雲が好きだ。南雲はてっきり最後まで髪をほどかないものだと思っていたが、フリフリの衣裳と共に髪を下ろした姿が描き出されたのが衝撃的で好きだ。にーくらの前時代的なプロデューサー衣裳も好きだ。キツネ耳としっぽと浮き輪の取り合わせが、過去に「ヒマラヤイルカ瓦版」に描き出された麻衣のイラストのセルフオマージュなのもあいまって好きだ。ポニーテールつながりだと、癖の強い質の髪を束ねているウェボシーの髪型も好きだ。みさとの迫撃砲の余波を受けて、爆風でポニーテールが解けてしまった時の姿も好きだ。ふたりサッカー探偵編のピッポの髪型も好きだ。中之条のモヒカンが好きだ。ねじり鉢巻きによって髪が押さえつけられたせいで、金髪のモヒカンヘアが二つに分かれている細かな描写も好きだ。ヘルベチカに載っていた麻衣の髪の毛を後ろ縛りにした姿も、普段と違う魅力があって好きだ。山登りをしているときの二つ結びをしている髪型も好きだ。普段は髪を結んでいない桜井先生やわこやなのが、二つ結びにしている姿も好きだ。はかせのつむじから短く飛び出た双葉のようなアホ毛も好きだ。三次元にこのアホ毛を落とし込むのは案外難しいのか、日常のフィギュアが出るごとに上手くアホ毛が再現されていないのがいちいち気になってしまうぐらい好きだ。はかせが頭の上に阪本をよく載せているのも好きだ。猫耳を付けたはかせに対して、なのが叫んだ「萌えです!」が好きだ。「はかせだにゃん」と可愛く自己紹介をするはかせの隣に、「あらゐけいいちだにゃん!」「ジャズを聴きながら書きましただにゃん!!」と、近況報告が被せられているのも含めて好きだ。あらゐ先生の方言が好きだ。たとえば、取り乱すゆっこやにーくらが「ちゃぶけるから!」「ちゃぶかせろー!」という北関東の方言が好きだ。あらゐ先生が群馬で暮らしていた頃の名残が強く感じられて好きなのだ。余裕のあるときは「バカだなあ」「奇跡バカ」と口走っているみおが、ゆっことの口喧嘩で言葉に詰まった時には「アホか!」と叫んでいた辺りに、関東圏のバカ・アホのニュアンスが感じられて好きだ。関西在住なので、みおのバカ・アホの使い方に違和感を持ってしまいそうなものだが、そうした瑣末な違いなどすっかり忘れてしまうほど勢いのあるみおの言葉が好きだ。日常の単行本が増刷された際に帯に銘打たれた、「全翻訳者、困惑。」というアオリ文句が好きだ。英訳版の日常1巻を手に取ったら、「日本晴れだね」という台詞を、「Japan is sunny today」と翻訳ミスをしているのが微笑ましくて好きだ。手持ちの携帯端末がワンセグに対応していない機種だったために、「私のはノンセグよ!!!」と叫ぶみさとの話が好きだ。時事ネタの少ないあらゐ作品にしては珍しく、時代を感じさせるので好きだ。英語版だと、この台詞が意訳修正が加えられて、「’cause I’ ve got 0G!!!」と叫んでいるように直されているのと合わせて好きだ。4G回線が入らないという修正を受けたこのネタも、おそらく十年後には情報技術の発達によって古めかしく感じられるのだろうと思うと、未来が待ち遠しく感じられてくるので好きだ。コミック通信掲載の日常に出てきた「足利尊氏ちょっと詰めて」の英訳も凝っていて好きだ。あらゐ漫画に出てくる独特なオノマトペが好きだ。たとえば、「ニコニコ」でも「ニヤニヤ」でもなく、「によによ」と笑うみほしの表情が好きだ。「オロオロ」と「ふらふら」が混ざったのであろう、狼狽えるフェっちゃんの「フロフロ」も好きだ。そもそもフェっちゃんの口癖「ふぇー」が好きだ。あらまさんの「あらまっ」も当然好きだ。周囲に指摘されて言わなくなった、という設定の細かさも含めて好きだ。「だぎゅっ」「ぐゅー」「もがっ」、はかせが抱きついたときの擬音語はすべて好きだ。期待に目を輝かせたときの「爛っ」も好きだ。なのがはかせの頭をなでる時の「さいさい」も好きだ。あとは、物欲しげに甘食を見つめるはかせの目線を、じーっではなく、「視〝っ」と表現しているのが好きだ。「視〝っ」は、あらゐ先生がイラストを描き始めた最初期の絵「ヒマイロ」の時点で出てきているのも、歴史が感じられて好きだ。教室の引き戸や窓を開く時の「ガロッ」という音が好きだ。みさとの妄想の中に登場する笹原の口から飛び出してきた「ほよよ」という声が好きだ。「ぬかしおる」「どっ」という笹原の名言も好きだ。「ズコーッ」「ヘコーッ」「シビビーン シビビーン シビビーン」「ドドド」「オターッ」「セコーッ」、コケ機能によってずっこけるなのの効果音は、口ずさむだけで笑えてくるから好きだ。焦ったなのが「@」と声にならない声を上げるのが好きだ。4WDになった中之条を見たみおが、「絶句」と叫ぶのも好きだ。大人になったみおが、原稿が間に合うかどうかの修羅場を迎えたとき「眠い」ではなく「ねもい」という、その絶妙な言い方も好きだ。笹原先輩への妄想が暴走し、目をバッテンにして「Q~」と倒れるみおが好きだ。南雲とわこが目的地へと走っていくとき、「テッテケテー」「テッテケビュン」と微妙に異なっている細やかさが好きだ。南雲が地団太を踏んだ時の音が、「団・団・団・団」と漢字になっているのが好きだ。みおもくどくど相手に文句を垂れる際に、「亜々打・甲打・斯角・然鹿・云々云々・銅鱈鋼鱈」と漢字を使っているのも好きだ。怒っていないことを示すときのにーくらの作り笑顔の擬音が「ポコ☆」が好きだ。引きつった笑い顔の擬音が「ニコ」なのも好きだ。そうこのにーくらの表情の次のコマ、CITY6巻初版付属の特典シールにもなった、喧嘩しつつも仲の良さが溢れている円満な構図も好きだ。またこの回が雑誌に掲載された時の編集のアオリ文句「奇・怒・愛・楽」が好きだ。あらゐ先生の全作品に当てはまっていると思えるぐらい個人的に気に入っている、大好きだ。読み切り版日常の、勢いあるアオリ文句が好きだ。「夏のけいいち祭り」「またまたまたまた載ってます! あらゐといえば!そう!けいいち!!」「ちょっとシュールなけいいち漫画!」「読めばわかる!わかれ!!あらゐだらけのけいいちマンガ!!!」この疾走感溢れる、このけいいちという名前を推していくセンスが、たまらなく好きだ。このアオリを受けて、単行本発売記念時のフェアを「あらゐだらけのけいいち祭り」としてしまう、どこまでもふざけた姿勢が好きだ。「ギャグマンガ2.0」「話題のポストモダンギャグ」といった、良い意味で少年向けのギャグ漫画らしくないかつての日常のキャッチコピーも趣深くて好きだ。「ポストモダンギャグ」は、「ポストモダンジャズ」とも掛かっていて、ジャズを愛好するあらゐ先生の趣味とも相通じるところが秀逸で好きなのだ。セロニアス・モンクを愛好しているあらゐ先生が好きだ。セロニアス・モンクの言った、「ジャズと自由は手を取り合って行く」という名言がシンプルに好きだ。CITYの単行本キャッチコピーだと「酒!金!ダンゴムシ!!」が好きだ。鬼カマボコ先生が映画プラトーンの有名なポーズをしている場面を切り取った上での、「あらゐけいいち、熱筆。「日常」は、戦場だ。」も好きだ。雨宮さんの単行本キャッチコピー「なんか好きは、やめられない!とまらない!」も勿論好きだ。ヒマラヤイルカ同人誌の、「落丁があるかもしれませんが、どうかこらえてください」という奥付の文句が好きだ。web漫画版Helvetica Standardの奥付が「昭和85年」なのも好きだ。同人版ヘルベチカで、未来の漫画がロボットから送り届けられてくるというネタがあるのだが、その西暦が「2018年」になっていて、とっくに現実の時間が追い越してしまっているのが光陰矢の如しといった感じで好きだ。ヒマラヤイルカ同人誌奥付の「幸せの45度が訪れますように」という祈りが好きだ。DVDビニールのアオリ文「けたたましく!されど心は勇ましく!」の力強さが、中身のギャップと合わせて好きだ。秘め本が見つかるエピソードで言えば、あらゐ先生がラジオで話していた、「群馬の自然の中に秘蔵していた本が母親に見つかった時に、自分のものではない」と嘘を吐いたというエピソードがおかしくて好きだ。テストが終わった後に尋常ではない盛り上がりを見せる時定高校1-Bクラスの話が好きだ。まんが道で主人公・満賀が卒業試験を終えた場面のオマージュになっているのも含めて好きだ。みおのBL漫画を目撃してしまったゆっこの衝撃を表す演出が、満賀道雄が手塚先生と出会った時と同じ、銀河系を模した特徴的な背景になっているのが好きだ。焼きそば回でゆっこが土下座をする場面でも同じ演出が使われているも好きだ。この場面を読んだ担当編集さんが吹き出したというエピソードも込みで印象深くて好きだ。あらゐ作品特有の、夜を表す時に描かれる大きな月が好きだ。みおや麻衣が時おり履いている黒い靴下が好きだ。長方形型に角ばった学生靴の描き方が好きだ。登場人物が街を闊歩するときに時折やっている、片足を真っ直ぐ前に突き出し、もう片方の足を直角に折り曲げることで、地面を蹴り上げていることを表現する、ポージングが好きだ。体が宙に浮きあがっている様子が、文字通り浮かれた気分を表しているようで、こちらもウキウキした気分になってくるから好きなのだ。このポージングをしているとき、大抵後方に現れている土埃の漫符も好きだ。眠りに落ちているなのが膨らませている鼻提灯の漫符も好きだ。はかせが鼻提灯を指で突ついて、なのが目を覚ます場面が好きだ。日常特有の、漫画の吹き出しの伸ばし棒が四角形になっている表現が好きだ。雑然と小道具が置きならべられているのに、どこか整然とした印象を受ける、そんなあらゐ漫画の背景が好きだ。じゃんけんグリコ回で階段を上るときに、背景のブロック塀の排水管に空き缶が入っている、異様な細かさが大好きだ。タイムカプセルを埋めようとするとき、箱の中に防腐剤が入っている細かさももちろん好きだ。CITY以降、怒りの表情を浮かべるにーくらや南雲の口の中に描かれるようになった八重歯の表現が好きだ。みさとの照れ顔が好きだ。世界の真理について考えていただの、おもむろに手で圧迫していただけだの、照れ隠しに迫撃砲を笹原に放った後に零れ出るみさとの言い訳が好きだ。初登場時はまだ設定が固まっていなかったのか、額をみさとに拳銃で撃ち抜かれたとき、笹原が流血をして倒れていた、そのバイオレンスさが好きだ。演劇部の出し物として頭から被っていたクマスクの、目鼻口耳のパーツ自体は可愛らしいのに、どこか威圧感のある絶妙な造形が好きだ。クマスクは、鵜飼真美も被っていたのだけど、彼女のおさげの髪型が好きだ。おさげの髪型だと雨宮さんのおねーちゃんも好きだ。演劇部でもある鵜飼真美がクマスクを被って友人を一通り驚かし終えてから正体を明かす展開は、氷川へきる先生の漫画・ぱにぽににて演劇部一年の芹沢茜がウサ美と呼ばれるふてぶてしい造形の被り物を被っていた話のオマージュだと思うのだけどどうなんだろう、なんにせよ好きだ。あらゐ先生が新興社にて写植の仕事を務めていた頃、ぱにぽにの写植を務めていたという話も合わせると親近感が湧いてくるのでより好きだ。ぱにぽにの漫画にあらゐ先生の寄稿したイラストが好きだ。いつもの可愛らしい筆致を封印して、ゆっこが五月雨ジョージを描いた時のような画風になっているのが、尖った姿勢を感じられて好きだ。その寄稿イラストを見た作中人物のリアクションが、言いよどみながらも、「じ……自由!」と答えているのが、そりゃあ、それ以外の感想しか持ちようがないよなといった納得の反応で好きだ。麻衣がらくがきとして描いていた、桃から出ていた二等兵が好きだ。筋肉逞しく、面長で丸眼鏡をかけ、口をへの字に結び、背景の集中線が二等兵に向かって伸びている、存在感に溢れている二等兵がおかしくてたまらない、好きだ。大人になった長野原大介先生が描いた「ボンジュール☆みなの衆」も好きだ。隠語をボンジュールと言い換えることで、破廉恥な殿様と言いように使われる従者の男色模様をやわらかに伝える、大介先生の表現力が好きだ。健全な街の広告誌に、「常軌を逸した18禁」漫画を掲載しようと考える、肝の座った大介先生の姿勢も好きだ。そもそも、「18禁」という言葉があらゐ作品の登場人物の口から出てくる、この状況自体がおかしくてたまらなくて好きだ。大介先生の18禁に赤面しながらものめり込み、読み終えた後に一息ついて呼吸を整えるわこが好きだ。でもこの話は、よく考えると、大ヒット作を生み出してもなお描きたい物を曲げない長野原先生と、作家として生き残るべく他の漫画家(千年王国先生)の作品をパクろうとする鬼カマ先生が対比されているわけで、創作においてかなり深いテーマに踏み込んでいるので好きだ。後の雨宮さんにおける、漫画の上手い雨宮さんと嫉妬するデーモンさんの関係性にも繋がっているのだろうと深読みしてしまうぐらい好きだ。千年王国先生が過去に描いたという金三角くんの味わい深い筆致も好きだ。鬼カマ先生の落胆くんの筆致も好きだ。落胆くんが織田信長の生まれ変わりだと開陳される、その唐突ぶりが好きだ。笹原が広瀬に対して見せた熱い友情が好きだ。それに応える広瀬も好きだ。同じ演劇部である光岳先輩の芸に対するひたむきさが好きだ。劇団テカリダケの演劇は盛況なのになぜか貧乏で、つぎはぎだらけの服を着ている光岳先輩が好きだ。横尾兄弟のブランドのビンテージの範疇を越えたぼろぼろの服をブティックで購入する立湧が好きだ。横尾兄弟の片割れが下の名前がただのりなのは、おそらく横尾忠則由来なわけで、そのネタの細かさが好きだ。Yの文字がプリントされたイニシャルTシャツを着るゆっこが好きだ。CITYの町中に貼られている劇団テカリダケのポスターから察するに、さぞ前衛的な表現を凝らした演劇をするのかと思いきや、ポップで素朴な内容の物語をかつての講談師のような大仰な口調でナレーションによって盛り上げるスタイルなのが好きだ。劇の最後の妙に冷静なナレーションも好きだ。気安い間柄ゆえに暴力に訴えて光岳先輩に抗議をする動物たちが好きだ。「ファイティングモンキーの威力が俄然増している」という台詞が特に好きだ。「言葉の意味はわからんがとにかくすごい自信だ」というキン肉マンの台詞をオマージュしたみおの発言が好きだ。スタジオボイスで、なぜか本業の漫画家としてではなく、キン肉マン愛好家としてばかり記事に取り上げられていたあらゐ先生が好きだ。キン肉マンの完璧超人始祖(パーフェクトオリジン)編を読み始めたタイミングで、あらゐ作品のイラストによく登場するトナカイの名前を決める投稿企画が始まったので、完璧超人始祖の一人・ガンマンの必殺技「エルクホルン・テンペスト」を投稿フォームに送ってみると、名前候補の一つとして記事に掲載して頂いた思い出があるので、キン肉マン超人の中ではガンマンが一番好きだ。同人版ヘルベチカスタンダードで、ブルマを履いた少女がアームカバーとレッグカバーを付けているので「今日はバッファローマンだ」と友達に指摘されるくだりが好きだ。なのの爆発で吹っ飛ぶベアークローが好きだ。ふたりサッカーの終盤で唐突に引用されるジェロニモのテーマソングが好きだ。クモマドリラジオであらゐ先生がやっていたロビンマスクの物真似が好きだ。リスナーやさわださんに物真似をするようにフリが入って、最初は嫌がる素振りを見せるのだけど、最後には期待に応えてくれるエンターテイナーの先生が好きだ。「This is a mug」と書かれたマグカップが好きだ。トートロジーに溢れたあらゐ先のオリジナルグッズが好きだ。前にも書いた気がするが、好きなのでもう一度言おう、泉りこの可愛らしさが好きだ。ファンクラブができていて、町中の人々みんなから愛されているという限りなく高いハードルを越えていく可愛らしさに溢れているのがすごいと思う、大好きだ。実は初登場時はそこまで印象に残らなかったのだけど、回想場面でお姉ちゃんのことが大好きな心理が伝わってきたことで、一気に人間味が感じられて愛着がわいた、好きだ。りこの内心が明かされる回の、些細なことから走馬灯がりこの脳裏を駆け巡って人生を振り返る、という物語の構造も巧みで好きだ。走馬灯を立て続けに見た流れに乗っかって、自分が食べ損ねたタコ焼きからタコの一生を空想するりこの感受性の高さが好きだ。タコ繋がりの海の幸で思い出したけど、twitter掲載のCITY告知漫画で登場した告知キャラの使い魔が取り出したあん肝は、妙に美味しそうで好きだ。実はあん肝を生まれてから一度も食べたことがないのだけど、日本酒を添えて晩酌するときっと美味しいのだろう、想像力をかき立てられるのでとても好きだ。同じコマに描き出されている、ウインクをするチョウチンアンコウのイメージ図が好きだ。そもそも告知キャラがあん肝を食べる展開が、twitterのアンケートで選ばれたのも込みで好きだ。告知キャラが衝撃を受けたとき、その衝撃の強さから身体が真っ二つに引き裂かれるという、あまりに即物的な漫画的な誇張表現が好きだ。この誇張表現をあらゐ漫画で初めて表現したみおが、引き裂かれた身体の接合部分に、人体にあって然るべき内臓や骨の断面ではなく天気図が描き出されている、もうどうしようもなく不条理な表現が好きだ。みおの「コンピューター持ってないよ」のコンピューターという言い方が好きだ。みおの自宅にamazonの箱が置いてあるというご愛嬌も含めて好きだ。みお姉は平常時は妹にちょっかいを掛けるのだけれども、友人や警察官にBL漫画の原稿を見られて本気で落ち込んでいた時などは、空気を読んでいる風だったのが不器用な愛が感じられて好きだ。姉妹愛ということで再び泉姉妹の話をすると、りこがいつも居眠りをしているのは、おねえちゃんに発明のことが褒められたのが嬉しくて、発明に没頭するあまり夜更かしをしてしまっているからだといういじらしい理由なのが好きだ。通っている学校においても、いつも居眠りをしているから最初は傍若無人なのかと勘違いしてしまうのだけど、本当はクラスメイトのことをよく思っていて、クラスメイトの期待に応えるべく真夜中にくしゃみの練習をするのも好きだ。立涌の想像の中に出てくる、妙にしおらしかったら、かと思えばつっけんどんだったりする、思春期の少年の妄想によってあまりにも都合よく改変されてしまったりこのイメージも好きだ。天使ピノがパジャマ姿で新聞を読みながらマグカップに注いだ牛乳を飲むときの、つんと唇を尖らせたあの描写も可愛らしくて好きだ。立涌の物語的な立ち位置が好きだ。家族内だと妹や父にからかわれる役回りだが、所属しているサッカー部内だとお調子者ぞろいの一人の男子学生として、周囲に馴染んでいる、そのコミュニティによって自分の位置づけが変化する様子がリアリティあって好きだ。南雲に敬語を使っているのもなんか好きだ。真壁家は洋食屋を営んでいるからか兄妹ともに礼儀正しくて、まつりが年上の南雲やにーくらに会ったとき必ず深々とお辞儀をしている様子が挟まれているのが好きだ。まつげが少し長く描き出されていて美人なタナベさんが好きだ。キラキラ飛んでいる漫符が好きだ。わこのクセなのだろうか、立ち姿のときに両手を合わせているふるまいが素敵で好きだ。「饅頭分けるは長曾我部」のフレーズが好きだ。CITYのアニメ化発表を受けて、先日全巻読み返したので、CITYの話が多くなっているのだが、改めて思う、CITYが好きだ。もちろん日常も好きだし、雨宮さんも大好きだ。ヒマラヤイルカ時代の同人短編も好きで、ふたりサッカーも、ヘルベチカスタンダードも、あらゐ先生の創作物は全部好きだ。あらゐ先生の漫画が、イラストが、言葉の一つ一つが、作品が、本当に、全部、全部が好きだ。


あらゐけいいち先生が好きだ。あらゐけいいち先生の漫画が好きだ。あらゐけいいち先生に付随する、全ての物事が好きだ。だから、思いつくままに、好きな要素を列挙してみた。

とはいえ、まだ書き足りない。まだまだ伝えたいことがある。きっと、好きな要素の数は無限で、どれだけ言葉を費やしても、言い終えることはできないのだろう。

一方で、気づいたことがある。それは、思いを綴るのに述語の数は一つだけでいいということ。感情を理由づけしようと、ほかの言葉を用いるのは野暮ということだ。

好きの話は永遠に言い終わることがない。だけど、どこで区切ろうとも、締め括りの言葉は決まっている。

僕はあらゐけいいち先生の漫画が好きだ。
僕は、あらゐけいいち先生が好きだ。

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述語の数は一つだけでいい:あらゐけいいち作品について|平山軽
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