2025-01-17

野良猫に餌を与える事が正義なのか悪なのか?自分が愛するオンラインコミュニティの事

雨の音を聞きながら、今日もまたこコミュニティのことを考えている。

50代の資産であるAさんが立ち上げたこコミュニティは、当初、私にとって心地よい居場所だった。Aさんは誰に対しても分け隔てなく接し、その人望の厚さは本物だ。今でも彼のことは心から尊敬している。

しか最近、どこか居心地の悪さを感じ始めている。

それは、このコミュニティが徐々に「高級な社交場」のような様相を呈し始めているからだ。女性メンバーへの送迎、食事の支払い、過度な気遣い。表面的には「思いやり」という美名で片付けられるこれらの行為に、私は違和感を覚える。

ある日、ふと気づいた。これは、野良猫に餌を与え続けることと同じではないだろうか。確かに、その場では猫は喜ぶ。でも、それは猫から狩りの本能を奪い、自立する機会を失わせてしまう。私たちは、本当の意味相手のことを考えているのだろうか。

特に気になるのは、女性メンバーたちの間で「Aさんは送り迎えしてくれる」「Bさんは食事を奢ってくれる」といった会話が増えていること。まるで暗黙の人気ランキング形成されているかのようだ。私には愛する妻がいる。このような表面的な競争に参加する意味理由もない。

私が求めているのは、誰もが対等に、自立した個人として尊重し合える関係性だ。短期的な快楽や便益よりも、長期的な幸せにつながる関係性を築きたい。しかし、このような考えは、即席の幸福を求める人々からは、どこか煙たがられているようだ。

昨日のイベントでも、ある女性メンバーが「ここは女性に優しいから好き」と話していた。その言葉に、私は深い憂いを感じた。「優しさ」の本質とは何なのか。人を依存させることが、本当の優しさと言えるのだろうか。

近いうちにオーナーのAさんと率直に話をしてみようと思う。彼の善意は疑う余地もない。だからこそ、この状況について、私の感じている違和感を丁寧に説明したい。このコミュニティが、誰もが真の意味で成長できる場所になることを願って。

そして何より、私自身の価値観は曲げたくない。家族を大切にし、誰に対しても平等に接する。それが私の選んだ道だから

雨はまだ続いている。この雨のように、私の心のもやもやもしばらく晴れそうにない。でも、それでいい。この違和感こそが、私たちの成長につながるサインなのかもしれない。

明日もまた、自分の信じる道を歩んでいこう。たとえ、その道が少数派だとしても。

2024年1月 雨の夜に

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