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トーベ・ヤンソンとエドワード・ゴーリー

 今回紹介するのは、『トーベ・ヤンソン短篇集:黒と白』です。

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 この本は、第3回で紹介した『トーベ・ヤンソン短篇集』と同様に、『聴く女』、『人形の家』、『軽い手荷物の旅』、『クララからの手紙』の短篇集4冊から17篇が収められたアンソロジーです。訳者の冨原眞弓さんが、内容による4つの分類で作品を選んでいます(「幻想の旅」「孤独の矜持」「過去への視線」「恐るべき芸術家」)。

 第3回では、ヤンソンの大人向けの小説の内容がムーミンに似ている特徴と異なる特徴を併せ持っていることを紹介しました。今度は、作品の冒頭に書かれている「献辞」注目します。ここでは、ヤンソンが影響を受けた人物、エドワード・ゴーリーを手がかりに表題作となっている「黒と白」を見てみましょう。

 ヤンソンはスウェーデン語で書く作家ですが、「黒と白」には、冒頭にフランス語で「Hommage à Edward Gorey(エドワード・ゴーリーにささぐ)」と書かれています。ゴーリーは、アメリカの作家・イラストレーターです(1925-2000)。ヤンソンの本には身近な人物への献辞が書かれていることがありますが、その場合は「Till 誰々」の形です(スウェーデン語のtillは英語のto)。芸術家への敬意を意味するオマージュ(Hommage)が明記されているのはおそらくこの作品だけです。ヤンソンはゴーリーに何か特別な敬意を払っていたと考えられます。

 「黒と白」にゴーリーの作品と思われる絵や本は出てきませんが、作中では男がゴーリーを思わせる「細かく緻密な線描」を描きます。今回、ヤンソンとゴーリーとの直接の接点にたどり着くことはできませんでしたが、ヤンソンはゴーリーの絵本を手にしていたのでしょう。ゴーリーは1950年代より著作を出版しはじめ、1965年に絵本『不幸な子供』、『ウエスト・ウイング』、『The Wuggly Ump』(未邦訳)のスウェーデン語訳を3冊セットにした『Giftskåpet(毒の戸棚)』が出版されています。

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(左から、絵本『不幸な子供』、『ウエスト・ウイング』、『The Wuggly Ump』)

 ヤンソンとゴーリーの共通点として、絵も文も手がけていること、繊細な線描と注意深く選ばれた言葉を特徴とすることが挙げられます。こうした類似から、ヤンソンの中にはゴーリーの絵や言葉に親しみや尊敬の気持ちがあったかもしれません。「黒と白」が収録されたもともとの短篇集『聴く女』は、ムーミンが完結した翌年の1971年に刊行された、ヤンソン初の本格的な大人向けの本です。ゴーリーの作品が読者層にこだわらず作られ、実際にあらゆる世代に読まれていることへの意識があったとも考えられます。

 さて、「黒と白」は、挿絵画家の男とインテリアデザイナーの妻・ステラがおもな登場人物で、男の視点で語られる物語です。2人はステラが設計した家に住んでいます。男は、光を取り入れたオープンなデザインの家の中で「恐怖小説選集」の挿絵の仕事を始めますが、明るく開放的な部屋では、思うような黒を表現することができません。彼は、ステラの伯母の別荘に2週間1人で滞在することにし、そこで次々と挿絵を仕上げます。最後に、選集で最も恐ろしい作品の挿絵に取りかかり、自分が最も恐れている対象を描きます。

 男が何を描いたかは、ぜひ作品を読んで確かめてください。

 「黒と白」は、10ページほどの非常に短い作品ですが、恐怖小説の挿絵を描く過程で男自身が恐れる対象を自覚していく様子が書かれています。絵にも言葉にも才能を発揮したヤンソンらしい作品です。挿絵はありませんが、男の様子や心情、彼の描く絵は詳細に描写されます。たとえば絵については、「気まぐれに投棄され、本来の機能を失って、雪に埋もれた漆黒の名もなき残滓の渾沌(カオス)を描く」と表現されています。「雪」は、「まっさらな白い紙」の比喩でしょう。男は闇を描くために暗さを求めましたが、黒の対極にある白を意識することで筆が進むようになったのです。この物語を読んでいると、緻密な黒い線描に劣らず、インクの置かれない白に存在感のあるゴーリーの絵が思い浮かびます。

 この本の他の短篇にも挿絵はありませんが、細やかな情景・心情の描写に想像を掻き立てられ、短いながらも作品世界に引き込まれるものばかりです。さまざまなイメージを思い描きながら、ヤンソンの短篇を楽しんでみてください。

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<紹介した本>
トーベ・ヤンソン著『トーベ・ヤンソン短篇集:黒と白』トーベ・ヤンソン 著、冨原眞弓 編・訳、筑摩書房、2012。

<参考文献>
エドワード・ゴーリー 著『どんどん変に…:エドワード・ゴーリー インタビュー集成』カレン・ウィルキン 編、宮本朋子・小山太一 訳、2003。

柴田元幸・江國香織 著『エドワード・ゴーリーの世界』濱中利信 編、河出書房新社、2020。

著者紹介 / 小林亜佑美(こばやし あゆみ)
秋田県出身。高校生の時に初めてムーミンを読み、大学で文学・文化・表象論を学びヤンソン研究を始める。
2013年山形大学人文学部卒業、2016年法政大学大学院国際文化研究科修士課程修了。
修士論文タイトルは「理解・不理解の主題から読み解くヤンソン作品の変化:『ムーミン谷の仲間たち』を中心に」。
著作物;バルト=スカンディナビア研究会誌『北欧史研究』第37号に「日本におけるトーベ・ヤンソンおよびムーミン研究の動向」を掲載(2020年)。



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