NHKアカデミア

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NHKアカデミア 第39回 <半導体電子工学者 天野浩さん>②

<世界を変えた新たな光>

 2014年 ノーベル物理学賞を受賞

そうした中で印象に残っているのが、当時のモンゴルの教育科学大臣とお会いしたときにかけていただいた言葉です。モンゴルは遊牧民としての文化を残していきたいということで、ゲルと呼ばれるテントを使って遊牧生活をされている。これが文化、伝統だったんですね。ですが、白熱電球が使われていたので、夜になると燃料がすぐなくなってしまって、家の中で明るい光が続かないということで、子どもたちが勉強することができないという問題があったそうなんです。しかし、省エネのLEDライトができたことで、太陽光パネルとバッテリーとの組み合わせで、今では発電施設を持てない国々の子どもたちが、夜に勉強することが可能になったと感謝していただきました。一時期は自分のために開発していた青色LEDが、世界中の人々に役立っているということを実感することができた瞬間でした。これが、私が研究を始めておよそ30年のあらましです。

そんな中、皆さんにお伝えしたいことがあります。それは、「セレンディピティーなんてない」ということなんです。セレンディピティーとは、思いがけなかった偶然がもたらす幸運のように捉えられているんですけれども、このセレンディピティーは期待していただけではやってくるものではありません。野球でいうと、ずっと打てなくても打席に立ち続けるということが大切なんだと実感しています。「“世の中を変えたい”という気持ちがあったら、ずっとずっとその気持ちを持ち続けてやり続ける」。そういったことが、研究者として大切なことなのではないかなと思います

<Q&Aパート①>

天野さん「東京のうずさん」

うずさん「冒頭に良いイノベーションと悪いイノベーションのお話がございました。研究をずっと続けてきた継続する力というのは、好奇心だけだったのか、それとも例えば悪いイノベーションに対する怒りのような感情があったのかどうかということでご質問させていただきました」

天野さん「大変重要なご指摘だと思います。答えは、やはり両方なんですね。工学とはいえ、CURIOSITYというか興味というのはすごく大切で、私は小さい頃から分からないことがあると親に「なんでなんで?」とずっと聞いているような子どもだったんです。ですので、CURIOSITYは興味ですね、興味というか好奇心というのは多分すごく強い子どもだったと思います。

そして、もうひとつの話ですね。ずるいイノベーションというか、それに関しては、特に白熱電球のところ・・・白熱電球は寿命が短いし効率も正直悪いんです。そういったものをなんとかずっと、企業の方々にとってはそれで商売しているので続けなければいけないということで、より良くするというよりもずっとその製品が売れ続けるために違った方向に開発が向いてしまうというのは、すごく自分自身、怒りというか不満は強くありました。

ですから、両方ですね。CURIOSITY、興味が研究開発を後押ししてくれて、その先には必ず新しい世の中ができるという夢とか気持ちがあったということだと思います」

うずさん「いろいろなものを自分のプラスというか、世の中を良くするという言葉の中でいろいろされてきたというのが分かって、そういう力を選ぶということが継続してものを続けられる原動力なのかなと思った次第です」

やすさん「初期のころから窒化ガリウムに注目されていたみたいなんですが、その前段、窒化ガリウムに注目するきっかけがあれば教えていただきたいです」

天野さん「窒化ガリウムに注目した最大の理由は、私の恩師の赤﨑勇先生が実はずっとこだわっていたからなんです。赤﨑先生は企業におられて、赤色のLEDと緑色のLEDを開発されていました。非常に事業化もうまくいったんですけれども、実はその製造方法とか素子の構造は、海外の企業の特許を使わざるを得なかったということで、多額の特許料を支払わなければいけなかったんです。残る青色はぜひ日本のオリジナルで、技術でやりたいということで、赤﨑先生は企業におられた時に、この窒化ガリウムの研究を始められました。当時は全然よちよち歩きの結晶成長法で始めてしまったので、実は最初に大失敗して、そのためにアメリカとかヨーロッパで主流の結晶を作る方法に変えて、青色LEDの元となるようなものを作られたんですね。

そうなんですけれども、実はその結晶を作る方法も素子の構造も、アメリカの企業の特許を使わざるを得なかったということで、その企業にもうやめなさいと言われて、赤﨑先生も企業を辞めて名古屋大学に移られて、大学でいちから、新しい結晶成長法で窒化ガリウムを作ろうということをスタートさせたんです。そこに卒業研究生として入れていただいたというのがまずひとつです。

それからもうひとつありまして、青色LEDの候補材料は、先ほども紹介しました通り3つあったんですね。炭化ケイ素というのとセレン化亜鉛というのと、それから窒化ガリウム。炭化ケイ素は原理的にすごく青くは光らない材料だというのはもう勉強して分かっていたので、材料の候補としては、セレン化亜鉛と窒化ガリウムだったんですけれども、実はセレン化亜鉛は研究室の中で1年先輩の方が実際作っておられたんです。そのときにその結晶を見た時に、確かに青くは光るんだけれども、ちょっと落とすとすぐ粉々に砕けてしまうということで、ものすごくもろい結晶だなというのは、実際に目の当たりにしていたんです。一方、窒化ガリウムというのは落としても割れない、すごく丈夫な結晶だなというのは分かっていたので、ずっと使っても壊れないLEDを作るにはもう窒化ガリウムしかないと。赤﨑先生もそうですし、私もこの窒化ガリウムが青色LEDとして一番の候補だと思っていた理由です」

やすさん「お話を伺えてすごくうれしいです。ありがとうございました」

8706さん「先生もいろいろご苦労されたと思いますが、落ち込んだ時などはどのようなリフレッシュ方法をされているのかお伺いしたいです」

天野さん「落ち込んだ時のリフレッシュ方法ということですね。まず私、基本的に落ち込まないんです。常に楽天的なので。多分、貧乏性なんだと思うんですよね(笑)。ずーっと落ち込んで、その間何もできないということが、何となくすごくそれが逆に怖いというか、常に前を向いていなければいけないというような気持ちがずっとあるんでしょうね。落ち込む暇はないみたいな、そういった観念みたいなものがずっと小さい頃から備わっているんじゃないかなと思います。

例えば今の立場で言うと、若い人たちに研究してもらうために研究資金というのを集める必要があります。それは競争的資金と言って、当然競争ですから、勝つときもあれば負けるときもあるわけです。やっぱり負ける時も当然ありますというか負ける時の方が多いです。そんなときには学生さんたちが研究できないということで、どうしようということを考えることはありますけれども、そういったときにもやっぱり『次は別の研究テーマを考えて、別の研究予算を獲得しにいこう』というふうに、ありがたいことに考えることができるので、基本的に単純というか前向きというか。落ち込むというのは、自分は基本的にマイナスだとしか思っていないので、マイナスなことはしないというような気持ちでおります」

8706さん「新しいアイデアがいつも浮かぶということですね。ありがとうございました」

<窒化ガリウム 本当の実力>

前半では、窒化ガリウムは電気を効率よく光に変えてくれる半導体と話をさせていただきました。実は、それ以外にもさまざまな性質があることが近年分かってきているんです。後半は、この性質を生かすために、私たちが今取り組んでいることについてお話をしていきたいと思います。

これは私たちが作った電気自動車です。インバーターと呼ばれるモーターを制御する装置に、窒化ガリウムを組み込んだところ、従来の製品に比べて効率が65%も向上してしまいました。想像以上の性能で、私たちは本当に驚きました。なぜかというと、窒化ガリウムは電気を効率よく光に変えるだけではなくて、バッテリーは直流です、直流の電気を、モーター、モーターは交流の電気で動きます。モーターを駆動させるために効率よく変換させられるという性質もあったからなんです。

その他にも、効率よく高周波の電波を作ることができるため、通信で言いますと、5Gとか6Gというのを聞いたことがあると思いますけれども、その応用にも期待されていたり、あるいは、コンセントがいらないワイヤレス充電も可能になりつつあります。実際に製品として販売されているものもあります。それがスマホの充電器です。昔に比べて、充電のスピードが速くなったんじゃないかと思っている方も多いと思います。例えば、こうした充電器の中には窒化ガリウムの結晶が入っていて、効率よくバッテリー充電ができるようになっているんですね。

こうした窒化ガリウムの性質を使うと、大きな話をすると、地球温暖化対策にも貢献できるというふうに期待されています。例えば、照明を省エネなLEDに変えていくことに加えて、電気自動車の充電器とか、あるいはインバーターに窒化ガリウムを搭載することによって、15~30%以上の二酸化炭素を削減できるという試算もあります。それだけではなくて、太陽光発電あるいは風力発電の普及にも期待できて、カーボンニュートラルにも寄与したいというふうに考えています。これが、今、私たちが取り組んでいることです。

こうした能力を持つ半導体は“パワー半導体”と呼ばれています。

風力とか太陽光というのは、これからどんどん増えていかなければいけないというのは、皆さん、ご理解されていると思うんですけれども、太陽光発電も風力発電も、1度バッテリーという電気をためるところにためておいて、そこから50ヘルツなり60ヘルツの交流に直して電力系統に送り出さないといけないんですね。それを実はうまくやらないと、例えば、周波数も、今こちら(東京)ですと50ヘルツですけれども、50ヘルツからちょっとでもずれると、1ヘルツでもずれてしまうと、実は系統全体が停電してしまう。全停電を起こしてしまうというようなすごく危ない状態になるんです。ですから、その周波数をうまく制御するということがすごく重要で、うまく周波数を制御するために新しいパワー半導体というのが必要になるんです。その市場規模は10年後には7兆円ぐらいになるのではないかと言われています。特に、窒化ガリウムの基板の市場は、日本の企業が現状85%以上をケアしているんです。私たちは、パワー半導体産業を、日本が世界に誇れる産業にしたいというふうに考えています。そのために必要なのがスピード感であると感じています。