<より早い社会実装を アメリカでの経験>
そう思ったきっかけが、数年前にアメリカ西海岸で講演をさせていただいた時のことであります。そこでは、私は、青色LEDはすごく大変な技術なので、開発までに30年もかかってしまいましたと、すごいことでしょうということで講演をさせていただいたんです。ところがそのとき、その話を聞いてくださった一人の方が、「30年なんて話にならないよ」と。「投資家の方は10年も待てない。10年以内に社会実装しなければ、その技術というのは意味がないよ」と言われて、大変悔しい思いをしました。指摘自体は大変厳しい、つらいお話でしたけれども、これは非常にいい経験になったと思います。
確かに実際問題として、青色LEDとかあるいはそれを応用したLED照明などは、日本で生まれてはいるんですけれども、実は、そのシェアの多くは海外の企業に握られている状態なんです。これでは、せっかくパワー半導体の開発に成功しても、同じ道を歩んでしまうことになるのではないかと、そういう危機感を覚えました。少なくとも開発のスピードを3倍以上にしなければいけないと。そこで生まれたのが「C-TEFs」「C-TECs」という2つの施設です。
C-TEFsは、世界最先端の半導体装置を導入した窒化ガリウムの専用のクリーンルームで、世界にここだけしかないという施設です。しかも、大学の学内にあるということで、研究のアイデアが生まれた時に、すぐに試すことができるんです。そして、何回も何回もチャレンジすることができるというのも特徴です。
もうひとつのC-TECsは産学連携拠点になっております。現在8社の企業が参加してくださっていて、実際にこの建物の中にそれぞれの研究室を構えてもらっています。研究室の学生あるいは教員たちと、非常に密接にしかも迅速に、円滑に、交流も進めることができるというメリットがあると思います。企業の方は会社員なんですけれども、大学の教授のように研究ができるというメリットがあって、今、企業と大学がWIN-WINの関係になっています。
こうした取り組みによって、私が学生だった頃には考えられないぐらいの非常に早いスピードで研究を進めることができています。例えば、窒化ガリウムの結晶に関して、可能な限り大きな結晶を一回の手順で作ることができれば、その分、製品あたりのコストが下がるというメリットがあります。しかし、これまでは大きな結晶を作るのが非常に難しかったんですね。具体的には、5年前までは4インチ、10センチ程度の結晶が限界だったのですが、今では6インチの結晶を作れるまでになっていて、数年後には8インチ、20センチ程度、面積にしますと4倍まで作れる予定になっています。さらに、その製造コストも10分の1以下に下げるという夢のような技術開発も実は進んでいるんです。それが実現すると、一気に競争力が高くなってきます。これができるのは今のところ日本の我々だけです。さらに電気自動車の充電器に関しても、工業化レベルでの開発がすでに急速に進んでいて、数年以内の社会実装が可能な状態になっています。C-TEFs、C-TECsができてからわずか6年です。このスピード感で開発が進んでいるということに私自身も驚いていますけれども、非常に期待を持ってワクワクもしています。
<次世代につなぐために 教育現場での取り組み>
そして、もうひとつ取り組んでいることがあります。それは人材育成です。これからの研究を実際に進めてくれる学生を育てて、世に送り出すということです。具体的には、日本学術振興会の卓越大学院プログラムという制度を実施しています。大学院は、現状は、学部が終わってから修士課程の2年と博士課程の3年、別々に分かれています。このプログラムでは、大学院に入った時点で5年間の学生生活、研究生活を送ってもらうことを前提にしています。
その中で大切にしているのが、社会実装を踏まえた研究姿勢であります。学生をしながらベンチャー企業を立ち上げたり、企業の方々に、しかも多くの企業の方々に講師として授業をしてもらったり、あるいは学生のスタートアップのアイデアをいろいろご指導していただいたりしています。学生のうちからスピード感を持って研究してもらっています。
ご覧いただいているのは、この学生自身が起立性調節障害を中学生の頃に実は発症したことがあって、その経験から、起立性調節障害かどうか、あるいはそれをサポートするためのデバイスが、システムができないかといって、このような加速度センサーとひずみセンサーと心拍センサーを内包した杖(つえ)を実際に作って、これをスタートアップとして製品にしようというふうに取り組んでおります。
すでにこのようにプロトタイプを作って、大学のクラウドファンディングも始めて、その目標の金額をすぐに突破したということで、実際製品を作ることができています。この取り組みで、自分も会社を立ち上げられるんだということを実感してくれた修了生を輩出することができています。
今までの日本の学生で強く感じていたのは、皆さん、すごく優秀なんだけれども、実は世界に出ていくとなんとなく控えめで、自分が先頭に立ってリーダーシップを発揮してという学生がなかなかいないなということでした。我々の研究室は留学生もたくさんいて、その留学生と日本人の学生を比べると、優秀なんだけれどもリーダーシップが取れないというのをすごく強く感じていたんですけれども、こういった取り組みが、学生さんのマインドを変えて、自分の未来を変えて、社会を変えるんだというような経験をしてくれる。そういったことによって将来のリーダーがもう実際に生まれているということを強く感じています。
<Q&Aパート②>
浅沼さん「結晶を8インチに大きくして、予算を10分の1にするというお話があったと思うんですが、その計画というのは具体的にどのような計画があるのか知りたいなと思いました。よろしくお願いします」
天野さん「すごく専門的な質問でございますね。びっくりしました(笑)。まず、窒化ガリウムの結晶というのは作るのが難しいので、その分、実はコストがかかってしまいます。今、使われている半導体は、シリコンという半導体なんですけれども、それと比べるとものすごく高いコストでないと結晶ができないんですね」
天野さん「そこで、私たちの共同研究者がやっていることは、まずサイズを大きくすると、このひとつのウエハーでたくさんのトランジスター(電気の流れを制御する半導体素子)がとれるわけですね。ですから、一回作るだけで、たくさん作ることができるということで、コストを下げるという試みです。結晶も1枚ずつ作っているとすごく時間もかかるし、コストもかかってしまうんですね。ですから、一回作る時に、もう何枚も、実は1000枚近く結晶を作るというような取り組みをしている企業があります。そうすることによってコストを下げる。
それから、さらに10分の1にするというのは、今までの結晶は、実はこのウエハーの厚さが大体1ミリの厚さでそのまま使っていました。ですけれども、せいぜい0.05ミリぐらいで十分トランジスターとして使えるんですね。そうしたら、薄くすればいいではないかということになりますけれども、薄くすると今度はすごくもろくなって、トランジスターが割れてしまうということが起きるんです。それを防ぐために、実はこの1ミリで、まずトランジスターを表面に作ります。そのあと0.05ミリにスライスするんですね。そのスライスするという方法は、また難しいんですけれども、この裏から強いレーザーの光を当てて、表面から0.05ミリのところに焦点を当ててずっと操作をすると、それだけをはがすことができるんです。そうすると、表面のトランジスターが実際にちゃんと保護されていて割れなくすることもできるし、残りの0.95ミリのウエハーも、実はその次にまた使うことができる。何回も何回もひとつの結晶を使うことができるということで、10分の1までコストを下げることができるんですね。実はもうある程度技術はできていて、それをいかに社会実装するか、大量生産できるようにするかというのが今取り組んでいるところです。
浅沼さん「ありがとうございます」
みなとさん「私、いま高等専門学校で情報系とか電気系の工学を学んでいるんですけれども、工学を学ぶ上で大事にすべきマインド、先生が学生時代に大事にしていたマインドがあれば、ぜひ教えてほしいです」
天野さん「わかりました。工学を志したマインドですね。大学に入って、工学部の電気系の学科に入ったんですけれども、そのときには、なぜ工学が大事だとか、どうして勉強しなければいけないかというのは正直分かってはいなかったんです。勉強することだけを考えると、自分よりもっともっと優れた方がたくさんいたんですね。そういった方たちの中で自分が勉強することの意味というのは分からなかったんですけれども、たまたま工学部に入って、最初の序論という講義で、年配の先生が講義をしてくださった。そのときに言われたのが、『君たち、工学の“工”の字の意味を知っているか』と。『“工”というのは、人と人とをつなぐ“工”の字になりますよね。“工”の字の横棒を“ヒト”とよんで、人と人とをつなぐのが“工”の意味なんだよ』というふうに言ってくださったんですね。それで、工学というのは『人の役に立つことが一番大事なんだ』ということを教えてもらった気になって・・・それが私のマインドの一番下のところ、土台になっていると思います」
みなとさん「ありがとうございました。僕も学んでいて、工学の“工”の字の意味を知らなかったので、とても勉強になりました」
天野さん「いやいや(笑)、本当の意味じゃないんですけれども、その先生は『工学』ということの意味を伝えたいがために、そんな言い方をされたんじゃないかなと思います」
みなとさん「ありがとうございます」
いせっ子さん「お話の中で、人材育成ということがあったと思うんですけれども、やはり日本の教育というのも文系理系というのが分かれている、いままでずっとそういう形できていたと思うんですけれども、そういったところへの思いというのがあればお聞きしたいなと思ってご質問させていただきました」
天野さん「まさに、その文系・理系を分けないというのが、先ほど紹介させていただいた卓越大学院のプログラムでありまして、研究のシーズというか、開発のシーズ自体は、工学研究科の学生さんたちがやるんですけれども、実はチーム構成が、我々が言うのではなくて、学生自身が、例えば法律が関わっていて、規制を何とか変えないといけないからということで法学部の学生を連れてきたり、あるいは経営するとなると、経済の知識がどうしても必要になるので経済学部の学生を、学生さんが連れてきてチームを組んで、経済学部とか法学部とか、もちろん情報もありますし、さまざまな学部の必要となる人材を、学生さん自身が連れてきてチームを組むというような取り組みをしているんですね。
それがすごく刺激にもなるし、勉強にもなっているみたいなんです。当然、同じ学部の人間だけで世の中を回せるわけでは決してないので、さまざまな分野の人たちが集まって取り組むということが、こんなに大切なものなのかということを、学生のうちから経験してもらう。先ほどの卓越大学院プログラムで、それはすごくいい取り組みだったなと、自画自賛ですけれども、思っています」
いせっ子さん「これから探究学習とかですね、最近はいろいろと体験できるということに非常に重きを置いているといいますか、大事な時になるのかなと思いますので、先生のお話、本当に貴重なお話でした。ありがとうございました」
あんちゃんさん「天野さんにとって、赤﨑先生が指導者ということで先ほどからご説明いただいているんですけれども、指導者の素養というのは何なんだろうかということを考えました。今すでに天野さんご自身、指導者の一人におなりになっていると思いますので、ご自身が指導者として気をつけてらっしゃることがもしあれば、教えていただきたいなと思いました」
天野さん「わかりました。ありがとうございます。大変難しい質問ですけれども、私にとっての赤﨑先生というのは、まず『道を示してくださった』と。『窒化ガリウムという材料はこんなに楽しいものなんだよ』ということを教えてくださったということがひとつですね。それからもうひとつは、それによってのめり込むことができて、実験をやりたくてしょうがないという状況になったんですね。そういったエンカレッジするような素養も多分必要なんだと思うし、本当にのめり込んでやっているうちは、余分なことを言わないという、そういったこともすごく大切なことなのではないかなと思うんですね。自分の考え方を押しつけるのではなくて、現場で頑張っている人たちの考えを聞いてあげるということも、指導者としてすごく大切な素養なのではないかなと思います」
あんちゃんさん「当事者が何を考えているかというのをよく聞かれて、その上で放置する時は放置して、何か一言添えてと、そんなふうな感じが指導者として望ましいスタイルなのかなというふうにおっしゃっているのかなと思ったんですけれども、大体そういうことなんでしょうかね」
天野さん「そういうことですね。そのときに起こっていることは、経験してる人間が一番よく分かっているし理解していることなので、それをちゃんと聞いてあげるということが、指導者として大切なのではないかなと思います」
あんちゃんさん「はい、ありがとうございます」
たかさんさん「先生は365日、ほぼ元旦以外は研究されているということで、私も会社に入ってそういう生活を続けていたんですけれども、昨今の働き方改革ということでなかなかそういうことが難しく・・・。先生がふだん窮屈に思われていることがあるのかということと、それに対する対処みたいなことをされていれば、伺いたいと思います」
天野さん「はい。大変重要なんですけれども、難しい問題ですね。昔はできたけれども、今はなかなかできないというのはいくつかあって、朝早くから夜遅くまでずっと実験をし続けるというのは、今はなかなかできない環境になっています。それから、当時は特に我々の分野ですと、安全性に対する意識がすごく低かったんですね。ですから、1000度に加熱した炉の真上に立ってその温度を測るとかということを平気でやっていたんですけれども、今はもう安全上の問題から、そんなことは絶対やってはいけませんというふうになっています。ルール自体はすごく重要で、経験を積んできて、これは危ないぞということでルールというのは成り立っていることが多いと思うんですね。そういったルールは、やっぱりきちんと理由を理解して守らなければいけないと思います。
それから、働き方に関しても、多分自分でやりたい、やりたくてしょうがない、趣味のようなものであれば、制限するっていうのも大丈夫かなというのはあるかもしれませんけれども、やはりずっと働き続けると、健康上の問題があるとか、そういったいろいろな問題を経て、今の規則が成り立っていると思うので、その規則の意味をちゃんと理解して、それを順守するということが重要だと今は考えています。
私も、プレイヤーではなくて、いわば監督というか指導者の立場なので、一生懸命やってくれるのはありがたいんだけれども、学生さんにはくれぐれも無理は絶対しちゃいけないよというのは言い続けてはいます」
たかさんさん「いろいろとご経験されて、いろいろ新しい仕組みの中で研究も続けられているということはよく理解できました。どうもありがとうございました」
今日は長時間になりましたけれども、お聞きいただいて、またたくさんのすごく大切な質問をいっぱいいただきまして、本当にありがとうございました。
まとめになりますけれども、最初にお話しした良いイノベーション、これをずっと諦めないで取り組むということを生み出すために必要だと思っていることは、それは自由な研究環境にあると思います。私も大変ありがたいことに、赤﨑先生にとても自由に、自分の意志を続けて自由に研究をさせていただきました。特に、博士号も取れずに、単位修得、満期退学で退学になった際も、「君のやりたいようにやればいいんだよ」というふうにずっとおっしゃってくださっていました。今、私も赤﨑先生の立場になって、そのような環境を、次の世代の若い人のためにできる限り整えていきたいと思っています。
それからもうひとつ大切なことがあります。いろいろと世の中が変わっていますけれども、「自分はこれがやりたいと信じた道があるのであれば、ぜひ挑戦を続けてください」ということです。それは、多くの場合、すぐには評価されません。ですけれども、皆さんがチャレンジする、本気で取り組んだということは、必ず、将来役に立ちます。それは、皆さんだけではなくて、他の人たち、世の中の人たちにも役に立ちます。その皆さんの挑戦を評価してくれる人というのは必ずいると思います。何よりも、信じた道に挑戦せずに後悔するということの方がもったいないと私は思っています。それをするために、今日の私の話が少しでも皆さんのお役に立てたのなら、これ以上うれしいことはありません。ぜひ皆さんとともに、より良い世界、より良い社会に向かって、努力を続けていければと思います。ありがとうございます。