プロデューサー西崎彰司を探る【中篇】 | アディクトリポート

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宇宙戦艦ヤマト2202をつくる(12) 2019年 4/24 号 [雑誌]

アシェット・コレクションズ・ジャパン (2019-04-17)

 

今回も、一度だまされたことに気づいた人が、

ダマされ直されるはずがない実例を挙げておきましょう。

 

作らないより…

☆1つ評価
  • fwo***** さん
  • 2019年4月16日 14時36分

作らないより作った方がまし、だから新作が作られるのは素直に嬉しい。

でもひどいものはひどい、最近のレビューは☆5のものが多い、あの破綻した作品を見て、文句なしの☆5をつけるのはおかしい。

役に立った数も突然良い評価に増えている。

以前は逆だった。

どういった人間たちがやっているか想像がつく。

みっともない。
新作には比べる対象はない、それこそ無限の宇宙だ。

第二章の時あれほど高評価だったものが、第三章以降地に落ちた。

なぜそうなったか、ちゃんと研究して欲しい。

 

 

ええ、私も元副〇督にツイブロされましたよ

☆1つ評価
  • hin***** さん
  • 2019年4月15日 23時30分

この映画の初日のヤフー評価をリツイートしただけなんですけどw
ウワサは本当だったんだなと。
これはファンじゃなくても怒るでしょう。
いつか良くなるだろうと期待して最後まで劇場に通いましたけど時間とお金のムダでした。
別に元祖が最高とか、2199が至高なんて思ってませんよ。
面白ければ評価しますよ。
ところが単発の作品としてみても酷いです。
7章までのスパンがあるにもかかわらず尺の無駄使いで最後は寸足らずですよね。
西暦2019年ですよ。平成も終わりですよ。
この時代になるまでにエヴァンゲリオンやらガンダムやら素晴らしい作品があふれているのに、なんでこんなアニメの出来なんでしょうか?
余計なひし形模様デザインが主張する画面で気分が悪くなりました。

メカもキャラも扱いがぞんざいで、あらゆる予想をくつがえすといえば、そんなようなラストで草生えます。
続編が制作決定されたようですが、制作陣のトップが同じになりませんよう期待します。

 

 

制作陣を総交代しか解決/改善策はないと言う声は、

この人の意見にも。

 

外伝としてなら

☆1つ評価
  • gaiingaiin さん
  • 2019年4月18日 20時33分
結局、ズォーダー大帝物語ですかね。
キーマンとズォーダーのお話って感じでした。

ロボットはダメですね。
ヤマトは旧帝国海軍戦史の延長上の話なのだから、海戦のイメージを逸脱するとヤマトではなくなります。

作品としてのクオリティも、普通にダメでしょう。
セリフはやたら説明的だし、愛が、愛が、愛が、と繰り返した後、これも縁、それも縁、あれも縁、と繰り返す。

問題は何でもかんでも「次元〇〇」に持っていくし、あまりにも一本調子で、ちょっとアホっぽく感じました。

2199のようなリメイクを見たかったんですけどね、なぜここまで変えたんでしょうか。
演出やシナリオにおいて、自己表現や作家性の証明をしたかったんでしょうかね。

もしそうだとしたら、ヤマトの「ガワ」をかぶせてやるのが姑息なんだと思います。
ヤマトや「愛の戦士たち」をフックに客を集めて自己表現をするって、ダメでしょ。

続編が作れるから評価されている、というのも嘘ですよね。

ヤマト「愛の戦士たち」というフックが効いただけの話。それも映画は7回も上映したんですよ。

結構あこぎな手法を使ってるんですから、少しは見る側の気持ちを汲んでもらいたかったです。

ただ、何だかんだで楽しめた部分も少しはありました。

外伝と銘打ってやるなら、2202はそれなりに楽しめる作品だと思いますよ。


正直、庵野に2201とかで作り直してもらいたい。

「我々にはまだ庵野がいるぞ」って思いたい。

 

残念ながら、

「2202」の続編が即座に決定したのは、

現在の「制」作陣のトップがそのままだからこそであり、

「2199」「2202」を打ち消す可能性のある庵野監督には、

仕事は回ってこないようです。

 

では、「製」作陣のトップ、

西崎彰司プロデューサーに話題を絞ります。

 

これ(プロデューサー西崎彰司を探る【前篇】)の続き。

 

前回欠けていたのは、

「西崎義展の狂気『宇宙戦艦ヤマト』をつくった男」

 

に、西崎彰司氏はどのように書き記されているか、

まったく触れなかったこと。

 

一応断っておくと、

同書は松本零士氏と西崎彰司氏からは、

直接取材していない。

 

それもあって記事内容から抜き出して披露したところで、

画像の羅列に終始し、

どのみち文字情報の補填が欠かせないため、

養子縁組以前の「平野彰司」名義でネット検索して、

ヤマト年代記を見つけたので転載しておこう。【適宜編集】

 

【1982〜2003】

 

1982(昭和57)年夏、西崎義展は資金繰りに追われるようになり、オフィス・アカデミーと関連会社を整理し、手形の処理も行なった。
 
活動の拠点をオフィス・アカデミーから、1977(昭和52)年12月に設立していたウエスト・ケープ・コーポレーションへと変更として再出発、『宇宙戦艦ヤマト』シリーズも1983(昭和58)年公開のアニメ映画『宇宙戦艦ヤマト 完結編』で一旦終焉される。
 
『宇宙戦艦ヤマト誕生篇』へ続く「ヤマト復活3ヶ年計画」の第1弾となるアニメ映画
『オーディーン 光子帆船スターライト』が1985(昭和60)年に劇場公開されるが、
配給収入の推定は約2億円と大失敗となり、さらに借金を抱える結果に終わった。
 
因みに、初の実写映画プロデュースとなる、アイドル歌手で、1990年代以降は主にミュージカルで活動した本田美奈子(後に本田美奈子.と改名)主演のバイク映画
『パッセンジャー 過ぎ去りし日々』が1987(昭和62)年に公開されたが、製作総指揮を務め、劇中には『ヤマト号』というクルーザーが登場した。
 
この『パッセンジャー 過ぎ去りし日々』は、当時アイドルとして人気絶頂であった本田美奈子にとって、生涯唯一出演した映画となった。
 
経営破綻したレンタルビデオの童夢の事業を1987(昭和62)年から引継ぐが、営業不振によって1990年代になって資金難に陥る。
 
1991(平成3)年には、経営していた映画の製作やビデオの製作・販売会社、ジャパン・オーディオ・ビジュアル・ネットワークが倒産。
 
さらに、1997(平成9)年にウエストケープ・コーポレーションと共に西崎義展個人も破産する。この過程で、資金調達のため『宇宙戦艦ヤマト』シリーズを含む製作した作品の著作権を失う結果を迎える。
そして、1997(平成9)年12月2日、東京都渋谷区の宮下公園前の路上で運転していた乗用車から、覚醒剤50g、ヘロイン6g、大麻8gが発見され、「覚せい剤取締法(昭和26年6月30日法律第252号)」等の違反容疑で警視庁渋谷署に逮捕された。
 
「覚せい剤取締法」等違反で起訴されて、1998(平成10)年6月に一審で懲役2年8月の実刑判決を受ける。
西崎義展側は判決を不服として控訴。1999(平成11)年1月21日、控訴棄却、西崎義展側は上告する。
1999(平成11)年2月1日、警視庁銃器対策課と静岡県警により、「銃砲刀剣類所持等取締法(昭和33年3月10日法律第6号)」「火薬類取締法(昭和25年5月4日法律第149号)」「覚せい剤取締法」違反で現行犯逮捕される。
 
容疑は、自宅のワゴン車に擲弾発射器付き自動小銃、小銃用実弾を約1,800発、擲弾を約30発、覚せい剤20gを所持していたというものであった。
 
続けて5月12日には、自動小銃の密輸容疑で再逮捕される。
 
西崎義展が所有するイギリス船籍の外洋クルーザー『オーシャンナイン号』へこれらを隠していたが、清水港のドックに入れる際に隠すため、自宅に移し替えていたとみられる。
健康上の理由での保釈中の犯行であった。
 
取調べに対して、海賊対策のために10年前に香港で購入したと供述したが、警察は武器の密輸と転売で利益を得ようとしたのではないかとみていた。
 
この事件の公判で、フィリピン海域に出没する海賊対策のためと、『オーシャンナイン号』で尖閣諸島へ上陸した石原慎太郎を警護する必要から、フィリピン沿岸警備隊の司令官から購入したと主張するも、「正当化する余地は全くない」と2001(平成13)年の東京高等裁判所判決で否定される。
 
1999(平成11)年6月9日、覚せい剤取締法等違反事件は最高裁判所で上告棄却、懲役2年8月が確定した。
2000(平成12)年10月25日、銃砲刀剣類所持等取締法・覚せい剤取締法・火薬類取締法・関税法違反事件の一審で懲役5年6月の実刑判決を受ける。
西崎義展側は不服として控訴。
2001(平成13)年9月18日に控訴棄却されたが、これも西崎義展側は不服として上告する。2003(平成15)年2月20日、上告棄却により懲役5年6月が確定し収監された。
 
 
『宇宙戦艦ヤマト』は、1990年代末以降、譲渡契約の正当性や翻案作品製作、著作者表示等、著作権やその他知的財産権を巡ってトラブルや訴訟が頻発した。
しかし、2009(平成21)年に公開されたアニメ映画『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』以降の作品については、全ての権利関係がクリアになり、トラブルは起こっていない。
 
『宇宙戦艦ヤマト』第1作の著作のクレジットは、西崎義展の個人会社であるオフィスアカデミーである。
第1作の企画原案としては、西崎義展と山本暎一がクレジットされていた。
松本零士は原作者ではない。
但し、松本零士はかねてから自分は原作者であると主張しており、西崎義展が破産し逮捕され、『宇宙戦艦ヤマト』シリーズの著作権が譲渡された1990年代末以降、自分が原作者であると主張し始めた。
 
後の、西﨑義展と松本零士の著作者人格権を巡る訴訟において一審判決で製作当初の西﨑義展が書いた企画書を原作と認めており、西崎義展を著作者と認め著作者人格権が確定した。
 
原作権は西﨑義展にあり、東北新社、及び関係各社もそれに基づいて、以降の新作作品の権利処理が行なわれている。
西崎義展は釈放された後、精力的に活動を再開し、2009(平成21)年公開のアニメ映画『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』を製作・監督した。
 
しかし、2010(平成22)年11月7日午後0時35分頃、東京都小笠原村父島の海で、遊泳目的で停泊中のウエスト・ケープ・コーポレーション所有のクルーザー『YAMATO』から転落、午後2時58分に医師により死亡が確認された。
75歳没。
2010(平成22)年12月10日午後2時より、東京青山斎場にて「お別れ会」が開催され、歌手のささきいさおら約400名が参列した。
 
『宇宙戦艦ヤマト』の著作者人格権は、著作者、西崎義展が有していた。
1998(平成10)年までの『宇宙戦艦ヤマト』シリーズの著作権譲渡対象映像作品の映像著作権(監修権を除く商品化権を含む)は、1998(平成10)年に西崎義展から東北新社に著作権譲渡されている。
 
西﨑義展と松本零士の著作者人格権を巡る訴訟が進行していた2000年代前半頃、拘置所にいた西崎義展に、平野彰司という人物が接触した。
 
平野彰司は元々、画廊を経営していて松本零士と面識があり、また、音楽業界にも係わりをもっていた。
 
【高橋信之氏のfacebookより】

ちなみにこのヒト(平野彰司)、美大出身でシンコー・ミュージックにデザイナーとして入ったんですが、取材やらデザインやらで矢沢永吉と知り合い、草野社長(作詞家・漣健児)の慰留を振り切って独立直後の矢沢事務所に移籍してプロデューサーになったヒト。

 
 
平野彰司は、『宇宙戦艦ヤマト』の権利を西崎義展がもつことを聞き、株式会社エナジオを設立して、西崎義展と『宇宙戦艦ヤマト復活篇』の制作委託契約を締結し、西崎義展と養子縁組する。
ここに、西崎彰司が誕生した訳である。
 
【西崎義展の狂気『宇宙戦艦ヤマト』をつくった男・該当部抜きだし】

 

【本ブログ編注】

上記の証言だと、

平野彰司氏が最初に接触したのは松本零士氏だったが、

一行に具体的な進展がないため見かぎり、

西崎義展氏に乗り換えたらしい。

 

エナジオで私の連絡窓口だったF氏も、

同様の主旨(松本零士では企画が実現しない)を述べていた。

 

大戸天童という人は、

1961.4.28福井県生まれ。

一世風靡セピア代表を経て、

「ベンチャーソフト」代表。

2000年1月25日の、会社設立&松本零士の誕生日パーティにおいて、「新 宇宙戦艦ヤマト」製作の発表があったが、その後、実現していない。

 

義展氏の事故死直後に、

彰司が後を継ぐとし、

松本零士氏の新作介入を遮断したのも、

こうした経緯があったからこそだろう。

 

養子について話を戻すと、

西崎義展(本名:西崎弘文)には実子の長男がおり、
彼に「ヤマト」の権利を譲ろうとしたが失敗している。
 
【西崎義展の狂気『宇宙戦艦ヤマト』をつくった男・該当部抜きだし】
【本ブログ編注】
「ヤマト」を次世代につなぐには、
養子をとるしかないという考えは、
漠然と芽生えていたようだ。
 
【西崎義展の狂気『宇宙戦艦ヤマト』をつくった男・該当部抜きだし】
【高橋信之氏のfacebookより】
永ちゃんの親衛隊が組んだバンド、クールスの事務所の社長も務めてます。

訳あって郷里の博多に帰って父親の焼き鳥屋を継いでいた時に、実兄が岩田屋デパートに出していたデザイン雑貨店が委託販売で扱っていたアーティスト「326」みつると知り合い、東京にもどってキャラクターマネジメントの会社「HAL@」ハルアットを創業してヒットさせてます。

後に独立した326とは著作権の帰属を巡って裁判になり勝訴(職務著作として会社が保有)。

 

【本ブログ編注】

つまり、西崎義展氏の獄中の手紙で書かれている、

「ハル・アット・マーク」と言う会社は、

キャラクターマネジメントの会社「HAL@」ハルアットのことで、

平野詔士とはもちろん、平野彰司の誤記である。

 

【西崎義展の狂気『宇宙戦艦ヤマト』をつくった男・該当部抜きだし】

 

【高橋信之氏のfacebookより】

2003年〜2005年頃、『ヤマト復活篇』の資金集めの最中、タカハシは東北新社、バンダイとの共同歩調を何度も平野社長に提案したんですが、頑として受け入れられませんでした。

 

どうもHAL@時代またはベンチャーソフト(大戸天童の路線)時代に何か軋轢(あつれき)があったようでした。

当時、「いきなり劇場映画じゃなくてテレビのリメイクから始めるべき」と主張してて、これも受け入れられませんでした。

ま、この辺りが、エナジオに行かなくなった・呼ばれなくなった理由なんですけどね。

 
【2007〜2019・さらにその先】
2007(平成19)年12月19日、刑期を終えて出所した。
その間、西崎義展は1999(平成11)年に下肢麻痺となり、車椅子を使うようになる。
さらに服役中、自身が『宇宙戦艦ヤマト』シリーズの原作者と主張する漫画家の松本零士と、『宇宙戦艦ヤマト』シリーズの著作者は誰かを巡って裁判となり、2002(平成14)年3月に勝訴。
翌年7月に控訴審で裁判外の和解が成立した。
 
2007(平成19)年12月19日、刑期を終えて出所した西崎義展は、『宇宙戦艦ヤマト復活篇』に向けて本格的に動き出す。
『宇宙戦艦ヤマト復活篇』は、1994(平成6)年、及び2004(平成16)年に製作発表されながら実現せず、2008(平成20)年に3度目の製作発表が行なわれ、ようやく実現している。
 
制作期間には約1年半を費やしており、携わった制作スタッフは約900名で、その中におけるCG制作スタッフは約130名。全1850カットの内、CGカット数は750カットに及んでいる。
エンディングクレジットでは、最後に「第一部完」とテロップが出ており、続編の構想があることが示唆されている。
 
西崎彰司は、資金確保のために奔走する一方、西崎義展に対する献身的とも言えるケアを、物心両面で行ない、自由奔放で知られた西崎義展も、西崎彰司には感謝の念を表したという。
 
『宇宙戦艦ヤマト2199』の企画は何度もの頓挫を経て、2007(平成19)年後半に始動した。元々はアニメ映画『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』や
ふっかつやまと
実写特撮映画『SPACE BATTLESHIP ヤマト』と併せて

ゆゆゆ

3作品セットという方向で企画され、
2199
リメイク版の『宇宙戦艦ヤマト2199』から先に公開するという話もあった。
 
しかし、諸般の事情により決定が遅れ、2010(平成22)年9月に西﨑義展から原作の使用許諾が降りた。
つまり、西崎義展の出所による復帰と、西崎彰司の活動によって、『宇宙戦艦ヤマト2199』が日の目をみるようになった訳である。
 
2010(平成22)年に西崎義展が亡くなった後、西崎義展の養子である西崎彰司が、続編、及び新作(実写作品、過去作品のリメイク化作品を含む)を製作する権利、及び旧作品を含む『宇宙戦艦ヤマト』シリーズ全作品映像の翻案権、作品(タイトルを含む)を利用することについての監修権を含む、全ての決定権を有しており、東北新社とも合意している。
 
『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』以降の新作作品の商品化権については、東北新社が作品により商品化窓口業務を行なう場合(作品毎に都度協議して決定)があるが、ライセンシーの契約条件(契約書の内容に含まれる全ての条件)について、二次利用における翻案権、監修権を含む全ての決定権は西崎彰司が有している。
また、歴代の作品の主題歌、挿入歌(一部アーティストは除く)、BGM等の音楽原盤権は、西崎義展から西崎彰司に生前に譲渡されている。
 
西崎彰司は、『宇宙戦艦ヤマト2199』とアニメ映画『宇宙戦艦ヤマト2199 追憶の航海』『宇宙戦艦ヤマト2199 星巡る方舟』では、「企画」としてクレジットされている。
 
【高橋信之氏のfacebookより】
平野彰司(養子縁組して西崎彰司)さんとは縁あって西崎御大が収監中に暫く会っていました。

 

このヒト、結構面白くて大の「面倒見好き」なんですね。

 

青山に打ち合わせに呼ばれて酒食を共にすると「うちへ泊まりなよ」と麻布十番のマンションに誘われるんですね。

僕は早稲田だから深夜ならタクシーで帰っても15分くらいなんですが、なんか断りきれない流れで何度かお世話になりました。

 

で、翌朝の朝飯が凄いんですわ。
焼き魚、出汁巻き卵、煮付けと本人と奥さんが旅館の馳走レベルでもてなしてくれる。

そういうのが好きなんですね。

でなかったら、あの怪人(義展氏)のケアは出来ないと思う。

 

【本ブログ編注】

以上、いささかまとまりにかけるものの、

平野彰司→西崎彰司氏について総ざらい。

 

全てとは行かないため、

これ以上は本書をご参照下さい。

 

「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気 (講談社+α文庫)
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