「命は当り前じゃない」朝ドラ「おむすび」で使われた紙芝居 伝え続ける震災の記憶 #災害に備える
6千人を超える犠牲者を出し、兵庫県を中心に大きな被害をもたらした阪神・淡路大震災。1995年1月17日の発生から、間もなく30年がたつ。被災地の街並みはきれいに再建され、復興を果たしたように見えるが、被災者の心に残された爪痕が癒えることはない。そんな被災地で課題になっているのが、被災の体験や教訓の後世への継承だ。兵庫県西宮市の米光智恵さん(39)は、自身の被災体験を紙芝居で次世代に伝える「語り部」のひとり。紙芝居は、美術教師として赴任した母校の小学校で防災教材として制作した。2011年1月17日にその読み聞かせが校内放送されたのが、語り部活動の始まりだ。それからコロナ禍での中断をはさんで13年間、市内の学校などで紙芝居を上演してきた。「私は生き残ったのではなく、生かされた。そこから私の人生が始まったといっても過言ではない」。こう話す米光さんの活動に迫った。Yahoo!ニュースドキュメンタリー
「9歳だった被災当時の記憶を17枚に描き語る紙芝居」
「『何、何が起こったん?』『生きてるん?』。重たいタンスが乗っかっていて、動くことができません。『いま助けたるからな!』と、お母さんがタンスをどかしてくれました」
米光さんが描いた紙芝居『じしんがおきた日』は、9歳で迎えた1月17日の鮮明な記憶をもとに描かれた。その日、米光さんは崩れた自宅から母と命からがら逃げだし、学校へ避難した。家を失い、友人や先生が亡くなった。
米光さんのように、兵庫県内では13の施設・団体に属する158人が、10年以上にわたって語り部活動に取り組んでいる。このうち84人が70代以上で、次世代への継承が課題になっている。(神戸大の調査による)
米光さんは震災から11年後の2006年、被災時に通っていた母校に初めて美術教師として赴任した。2010年に防災担当の同僚から「生徒たちに被災体験を話してくれないか」と頼まれる。「とても言葉だけでは子どもたちにあの日のことを伝えらません。絵を描かせていただいてもいいですか?」。こう答えたことが、紙芝居をつくるきっかけとなった。
同僚の賛同を得て、米光さんは子どもなりに印象的だった場面を思い出しながら描き下ろしていった。子どもたちのトラウマにならないよう気を遣いつつ、命があるのは当り前ではないという死生観、そして身近な人たちとの絆の大切さを伝えたい。そんな思いを込めたという。
「写真では生々しくて、子どもたちには伝わりにくいんです。紙芝居なら物語なので、子どもたちの感情も入りやすい。これは美術教師としても知っていましたし、写真よりもアートが心と心の仲介や癒しになると自身の体験から知っていましたから。私の記憶がなくなる前に残さなくてはと、必死でした」
「語り部歴13年の中で経験した光と影」
紙芝居はその後、毎年1月17日に西宮市内のほかの学校でも上演されるようになった。2014年からは市が制作する「人権冊子」として配られている。
米光さんがこれまで直接読み聞かせてきた児童・生徒は1万人を超える。その子たちからは、さまざまな声が届く。震災の年に生まれたという子は「母さんがこんな大変な地震の中でも僕を生んでくれたことに感謝したい」と感想を送ってくれた。刑務所の中から手紙が来たこともある。家族を震災で亡くした受刑者が紙芝居の新聞記事を読み、「励まされた」という。
ところが、時がたつにつれ「紙芝居によってつらい思いが掘り返された」といった批判も聞かれるようになった。震災から25年たつと、語り部の依頼も減ってきた。「私がやらなくても、誰かがやってくれるだろう」。米光さんはこう考え、活動をやめようとした。
それを思いとどまらせたのが、西宮市人権教育推進課の田中幸作さん(65)だ。田中さんは、米光さんが卒業した小学校の元校長で、米光さんの活動を支援してきた。「米光さんの紙芝居の本質は、命の大切さや、人と人との絆を伝えること。ただ悲しさを伝えるだけじゃない。米光さん自身の語りでしか伝えられないことがある。だから、米光さんには『もう一度原点に戻ればいいんじゃないかな?』と話をしました」
田中さんの激励を受けて、米光さんの決意は固まった。「これでいいんだ。この紙芝居と私の読み聞かせを必要としてくれる人がたった1人でも、その1人に歩み寄って語り続けるんだ」
「アートとの出会いは被災後に訪れたセルビアでの療養プログラム」
30年前の被災で生活が激変した米光さんは、極度のストレス状態となり、感情をうまく表現できなくなっていた。そんな時、新聞記事を読んだ母の勧めで参加したのが、セルビア(当時はユーゴスラビア)政府が主催した被災児童を励ます招待旅行だった。諸外国からの被災地支援の一環だ。
米光さんはホストファミリー宅に2週間滞在し、難民キャンプや国立ガンセンターなどを訪れた。首都ベオグラードでは民族間の武力紛争により家族を失った子どもたちともに、アートや心理ワークショップによって心の傷と向き合うプログラムに参加した。
「震災も戦災も傷ついた心は同じ。痛みを分け合いましょう。あなたを愛しています」。劣化ウラン弾などによる攻撃で家族を失い、自らも傷ついた児童から、こんな言葉とともに渡された作品に衝撃を受けた。自分たちの気持ちを表現し、共有できる芸術の力。米光さんは、自分の心に自然と笑顔が戻ってくるのを感じたという。
どんな環境でも、心の痛みを分け合える仲間がいることの大切さ。そして、芸術は心の傷への特効薬となり得るという確信。まだ9歳だったが、旅ではそんな収穫を得た。
「笑うこともできなくなっていた私を救ってくれたのは、セルビアで出会った心理カウンセラーや聖職者、そして傷ついた子どもたちです。 紛争地の難民キャンプには、親を殺されたショックで自分の名前さえ口に出せなくなった子がいました。 アートと音楽はそんなトラウマに優しく働きかける特効薬になるのです。その重要性を温かな絵画や音楽に乗せ、メッセージとして届けていきたい。そう思っています」
米光さんはやがて美術の道を志し、教師となった。2022年に退職した後はボランティアで語り部を続けながら、「会いに行く美術教仕」として、アートと音楽で不登校支援や教育事業を行っている。
「30年先も仲間と共に語り継ぐ」
『じしんがおきた日』には米光さんの幼なじみも登場する。24時間以上も家屋の下敷きになっていた大川瞳さん(37)だ。7歳だった当時、救出されるまでは死を覚悟していたという。語り部として、子どもたちにこんなメッセージを伝えている。
「命は当り前じゃない。私は助かったけど、友達は亡くなってしまった。だから、日頃から全力で『ありがとう』と家族や友達に伝えてあげてね。防災意識も忘れないで、万が一になった場合の行動は確認しておくこと」
米光さんと一緒に1月17日の語り部をするようになったのは、2016年から。お互いの活動をSNSを通じて知り、再会した。30年目の1月17日は、卒業した小学校と西宮市役所で読み聞かせをする。
米光さんは、大川さんとの共演の効果をこう説明する。「紙芝居から出てきたリアルの登場人物が命の話をすることで、子どもたちがただ聞くだけでなく、対話できる場になるんです。今後の語り部には、子どもたちが自分から質問を積極的にしたくなる環境づくりが大事だと思っています。だから、彼女が絶対に必要なんです」
「紙芝居がいつでも手に届くテーブルの上のフルーツのように」
30年の節目を控え、米光さんは西宮市とともに『じしんがおきた日』の英語吹き替え動画を制作している。「かつての自分を立ち直らせてくれた外国からの支援へ感謝を込め、震災を知らない世代が声を吹き込み、世界中に伝えたい」との思いからだ。吹き替えは、米光さんの出身高校に通っている生徒が担う予定だ。
2024年12月、NHKの朝の連続小説「おむすび」に、神戸で子どもたちに紙芝居を読み聞かせ、震災の様子を説明するシーンが登場した。演出を担当した小野見知さんは、ドラマに取り上げた狙いをこう説明した。「実体験に基づいた物語。そして実際に子どもたちに読み聞かせで使用されてきたという2点が最も大きい理由です。ドラマは、〈あの日、あの時代にあったこと、感じたこと〉を大切に描いています。震災に関しては特にその点を強く意識しており、被災された方々に取材を重ねてきました。『じしんがおきた日』という作品を知った際には、これだ!と思いました」
被災から30年。多くの人々がそれぞれのやり方でその記憶を伝えようとする中、紙芝居には何ができるのか。「30年という時間が経ったことで、震災を次世代の視点からも見てみてほしいし、見られるようになった。ドラマで取り上げられたのは、正にその観点からだったと思っています。この紙芝居が、逆境にある時や癒されたい時に、テーブルの上にあるフルーツのように、自分から取りに行ける、自然に寄り添える作品であってほしい。それが私の一番の願いです」と米光さんは話す。
米光さんは2024年から読み聞かせに音楽を取り入れている。震災から30年をテーマに作詞作曲した曲を歌ったり、ハンドパンという打楽器で雰囲気づくりをしたり。
「語りの場に音楽を入れることで、子どもたちに興味が湧くんです。『何をやっているんだろう?』と、自分から参加したくなる要素を伝えたいんです。そこから紙芝居の話に入ってもらう。アートに音楽の要素を取り入れることによって、震災の傷というシリアスな部分を子どもたちと共有できると信じています。9歳の私がそうだったように」
監督・撮影・編集・記事: T.K戎
プロデューサー : 小林実歩
記事監修 : 国分高史
音楽 : Audiostock
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