信頼され評価が上がる話し方をテーマに「話すこと」のプロ2人が熱く語ります。『「よい説明」には型がある。』著者で元・駿台予備学校の人気講師・犬塚壮志さんと、『最初の15秒でスッと打ち解ける 大人の話し方』著者でNHKキャスターとして17年活躍したスピーチコンサルタントの矢野香さんのオンライン対談。聞き手は日刊書評メールマガジン「ビジネスブックマラソン」編集長の土井英司さん。第2回はビジネスパーソンがすぐに使える3つのスキル。
コミュニケーション本が売れる理由
土井英司さん(エリエス・ブック・コンサルティング代表取締役。以下、土井) 最近のベストセラーランキングを見ると、「お金の本」が占めています。これは新NISA(少額投資非課税制度)が始まった背景もあり納得できるのですが、それ以外では『 頭のいい人が話す前に考えていること 』(安達裕哉著/ダイヤモンド社)、『 人は話し方が9割 』(永松茂久著/すばる舎)など、コミュニケーション関連本が人気です。今、改めてコミュニケーションを学ぶ必要性は何だと思いますか。
犬塚壮志さん(教育コンテンツプロデューサー。以下、犬塚) 僕は2つあると思っています。1つはマクロ的な視点で、インターネットの発展によって知の高度化や細分化が進み、人間同士のつながりが分断されているためです。インターネットの普及によってつながりが増えるはずなのに、かえって社会的なサークルが縮小したり、うつ病が増えたり。
もう1つはミクロ的な視点で、誰もが発言する機会が増えているのに話し方はごまかしが効かないためです。文章であれば後から書き直したり、匿名で発表できたりしますが、話し方はリアルタイムでは修正ができません。長い話は構成案も組み立てないといけませんし、話すことが苦手、どうにかしたいという人が増えているのだと思います。
矢野香さん(スピーチコンサルタント。以下、矢野) 私も時代の変化による2つの理由があると考えます。1つは「全員がリーダーになってしまった」こと。スピーチなどの情報発信スキルは、かつては政治家や社長といった限られたリーダーだけが身に付けていればよかった。しかし、今や誰でもSNS(交流サイト)で発信できますから、全員がリーダーともいえます。ビジネスでもフリーランスやプロジェクト型が増えたことで、全員にリーダーとしてのコミュニケーションスキルが求められるようになってしまいました。
もう1つは「コミュニケーションの正解が分からない」こと。昔は終身雇用制で、ひとたび会社に入れば定年まで人間関係が変わりませんでした。たとえ第一印象が悪くてもどこかで挽回できたり、口下手でも徐々にその人の良さが分かってもらえたりしました。でも、今は、「このプロジェクトにアサインして、終わったら解散」などと、次々に新しい人間関係に飛び込まなければいけません。年功序列がなくなって年上の部下もいるし、コミュニケーションの正解が1つではないことが難しいという声を多く聞きます。
土井 確かに、ネット社会はすごく人と人を結び付けそうだけど、実際の接点となるのは「話し方」なので、そこにある種の教養や知性が感じられないと波長が合わない、それによってチャンスを逃すということも多い。話し方に格差が生まれていますよね。『 「育ちがいい人」だけが知っていること 』(諏内えみ著/ダイヤモンド社)という本がベストセラーになりましたが、実は話し方はその人のマナーやにじみ出る教養、知性を伝えてしまうツールでもあります。
矢野 話し方はスキルですから、先天的な才能ではなく後天的に身に付けられるのが希望です。ぜひとも話し方を学んで、望むキャリアを築いていただきたいですね。
話すことは生きた証し
土井 話し方を学びたい人が増えていますが、ゴールはどこに設定したらいいと思いますか。何を目指したらいいんでしょうね。
犬塚 僕はもともと予備校講師として話すスキルを身に付けましたが、振り返ってみると「相手に自分の言葉をいかに残すか」がミッションでした。自分自身も浪人時代、予備校で苦手科目の先生が教えてくれた言葉が「自分の足りないものを埋めてくれた」ものとしてすごく心に残っています。
矢野 私は「話すことは生きた証し」だと思っています。誰かに言われた言葉が、その人との思い出としてずっと心に残っていることがありますよね。私たちは相手に伝える自分の発言の一つ一つに責任を持つ必要があります。適当に発言したり、その場をしのいだりせず、一挙手一投足に意図を持ってコミュニケーションを取ってほしいですね。
土井 「何かを残す」というと「本を書く」というイメージですが、実はソクラテスやブッダなど偉人と呼ばれる人たちも、話したことを弟子が書き留めています。話し方には人の気持ちがこもっているんでしょうね。
矢野 もしかしたら、ソクラテスやブッダから見ると、「ああ、大事なのはそこじゃないのに」という部分が後世に伝えられているかも(笑)。情報の価値は受け手が決めますから、発信者は言いたいことを明確に伝える。そして、受け手は正しく読み取らないといけませんね。
すぐに使える3つのスキル
土井 確かに。では、話し手と受け手の齟齬(そご)がないよう、若いビジネスパーソンでも今日から使えるスキルはありますか。
犬塚 はい。3つありますが、1つ目は「聞き手の分析をする」。相手の価値観をしっかり見極めることです。これは、自分が言葉を投げかけたときの相手の表情やリアクションで、ある程度は分かります。僕も以前、企業研修を行った際に、「みなさん、もうリスキリングという言葉は聞き飽きていますよね」と言ったら、参加者がいっせいにうなずきました。外圧をかけられて何かを学ぶのはつらいですから、「本日のプログラムでは自主的にアプローチできるような学びにしていきたいと思います」と提案したことがありました。
2つ目は「カットダウン」。「一言でまとめると○○です」などと、相手の受け取る情報を減らすスキルです。これは今の情報過多時代には必須ですね。例えば、30ページぐらいある契約書を送りつけるより、「○ページの○○部分をご確認ください」としたほうが親切です。カットダウンは準備できるので、相手と話す前に整理しておくといいですね。
土井 そういえば、728ページもあるトマ・ピケティの『 21世紀の資本 』(山形浩生、守岡桜、森本正史訳/みすず書房)が出たとき、「資本収益率(r)は、経済成長率(g)より大きい。r>gである」と説明する要約本が売れました。カットダウンは親切ですね。
犬塚 はい。ぜひとも使ってほしいスキルです。そして3つ目は話し手の「希少性」。今の時代は多くの人から話を聞けますから、「オフレコの話ですが」「ここだけでしかお話しできないのですが」と話し手の価値を上げることが大事です。
矢野 私も3つ挙げると、1つ目は「良い話か、悪い話かを伝える」です。今はとにかくタイパ(タイムパフォーマンス。費用対時間)重視。時間がないという方が多いですよね。ニュース番組でも「問題の解決に向けた新たな動きです」と冒頭に入れるといった伝え方をします。効率よく分かりやすく話すためには、最初に良い話か、悪い話かを伝えて、相手に心の準備をしてもらう方法があります。
2つ目は「話し方より聞き方」です。よく「会話には相づちを」と言われます。でも、「なるほど」「おっしゃる通りです」と言葉をはさむのは難しいですよね。そこでお勧めするのは「はひふへほ」。「はあー」「ひえーっ」「ふうん」「へえー」「ほほう」と一言だけの相づちでリアクションします。そうした言葉ではないノンバーバル(非言語)のスキルを磨いてほしいですね。
3つ目は「環境を味方につける」。例えば、相手と同じ飲み物を飲むと話すタイミングを合わせられます。しんみりした話だったら一緒に温かいドリンクを飲んでほっこりしながらとか、楽しい計画を話すならソーダ系のドリンクにするとか、話す以前の環境を整えておくと、いわゆる息の合ったコミュニケーションを取ることができます。
土井 どれも若いビジネスパーソンが今日から使えそうなスキルですね。次回はリーダーが使えるスキルについて教えてください。
取材・文/三浦香代子 構成/酒井圭子
元・駿台予備学校人気日本一のカリスマ予備校講師が、1000人以上の説明を分析して見いだした「よい説明の型」。実践で即使える11個の型に絞って一挙公開。聞き手を観察し、最適な「型」に当てはめるだけで説明上手になれる。
犬塚壮志著/日本経済新聞出版/935円(税込み)
元NHKキャスターで「話し方指導」のプロが教える、信頼され・評価される「はずさないコミュニケーション」。相手に心を開いてもらうには“最初の15秒”が肝心。心理学の知見を踏まえ、好印象を与えるスキルを徹底解説。
矢野香著/日本経済新聞出版/880円(税込み)