pixivは2024年5月28日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴
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ヒナタは目蓋をぎゅっとつむった。
身体中でそこ以外に、まともに動かせる部分がなかったからだが、とにかく状況を把握したかったのだ。寝起きでまともに動けない。重い目蓋をなんとか開くといつも通りの天井。開け放たれた障子の向こうが日中であることを告げている。ただまどろむつもりだったのに寝込んでいたらしい。近づいてくる気配に、修行の約束をしていたことを思い出す。今の時間がいつか直ぐに確認できないが迎えに来るくらいには盛大に遅刻しているはずだ。飛び起きて服の乱れを直す。わざわざ約束をしているわけではないけれど、上忍の数少ない空いた貴重な時間を彼は必ずヒナタに優先して回してくれるのだ。
厳しくて優しいあの人に、なんと言って謝ったらいいか。
まだ見ぬ人が入ってくるまでのコンマ何秒かの間に、幾通りも脳裏を流れた。
開け放たれている障子のそばに彼はさっと座り、こちらをうかがっている。和解したばかりの少しだけ幼い時はあまり気にせず部屋に入ってきたものだが、ヒナタが成長するにしたがって、さっさと成長していた彼は節度ある態度をきちんととってくる。今となっては断りなく部屋に入ってくることなどない。
「ネジ兄さん、あの、すみません。私、‥‥」
「‥‥ヒナタ様?具合が悪いわけではないか?」
体調を案じている声。ヒナタは全然健康で、申し訳なく感じる。
「はい!あの、ごめんなさい、私、‥‥眠ってしまったの」
思い切って正直に告げると小さく笑う音がする。あの精美な顔で笑っている様を想像するといたたまれないくらいの恥ずかしさがあった。
「それならよかった。修行場に来ないから、心配した」
「ありがとう、ネジ兄さん」
「ああ、ヒナタ様」
「うん、何?」
わたわたと身支度を整えながらヒナタは答える。ふたりの時間が合う時はなかなかない。久しぶりの修行なのだ。忍具もきちんと揃えなくては。全然用意ができていない。
「ちょっと言いたいことがあるんです」
「はい、なんですか?」
「あ、わざわざこっちに来なくてもいいですよ。準備しながらでも」
「わかりました。もう少しだけ待ってください」
「急がなくていいからな」
「はい。でも、ネジ兄さんが私に言いたいことですか?ふふふ。なんだろう」
とても楽しみでヒナタは忍具の調整をしながらうきうきとする。ヒナタの調子に乗せられたのか、障子の向こうのネジもやはり軽い調子で笑った気配があった。
「ああ。今が最良の機会だとは判断出来かねますが、まあ他に時間もないのです。言ってもよろしいですか?」
「もちろん」
「オレはあなたを」
「ネジ兄さんが、私を?」
「愛している」
ぱちりと、ヒナタは目を丸めた。
「まず」
言葉に詰まったヒナタ。それでも何かを言うことを探しているうちに、先に告げられる。
「あなたの外見が好きです。顔、同じ白眼、胸、首、手、足、髪‥‥」
部位を挙げられるたびに、ヒナタは思わずいちいち手を宛がってしまう。姿の見えないネジがその通りにヒナタのそこを見ているかのように感じてしまうのだ。
「挙げれば切りがないですね」
「ちょ‥‥ネジ兄さん‥‥っ!」
ネジは驚きを然程意に介さない。
「自信を持てない下がり気味の眉も強い気持ちで仲間を守る眼差しもオレに何かを聞いてくる時に傾げられる首や唇に当てられていた手も、好きです」
滑らかに、並べ立てられる些細な仕草。
「修行の時や偶然に触れる、あなたの肌の感触が好きです」
反射的にヒナタは自分の腕をつかむ。その動作を見越したかのように、ネジは意味を重ねた。
「もちろん、抱いている時に触れる肌の感触も堪らない」
あまりに朗らかな雰囲気だと言うのに、ヒナタの身体に生々しい感触が思い起こされてしまう。
「オレが知る限りのあなたの性格が好きです。優しくて穏やかで曲げない一途なところが」
ヒナタの生き方を丸ごと認められて、とうとう準備している忍具も放り出して固まってしまう。
「共に切磋琢磨できた修行の成果を見せてくれる、あなたの戦っている姿が好きです」
そうですね。
「ナルトを思っている、オレを見ない横顔が好きです」
それから。
「オレを見る、焦がれている目が好きです」
ああ、これも。
「頑固で家族思いで仲間思いなところが好きです」
ネジはヒナタとずっと一緒にいてくれたのに、一度だってこれらのことを口にしなかった。
混乱して、しまう。
こんなことは、ない。今まで生きていてこんなに素直に向けられた好意は、無かった。ヒナタは、昔から一族にすら見放されていたから。そして共に過ごした仲間たちは言葉にするような人たちじゃなかったから、彼らはヒナタを大切に思っていることを全く隠さなかったから。ヒナタはちゃんと愛情を受け取ることができていた。
優しさを、知っていた。厳しさを、知っていた。
ネジの思いの深さを。向けられていた思いの大きさを、こんな風に告げられてようやく理解する。
本当に細やかに、ネジはヒナタを思ってくれていた。
ただ無垢だった子供の時から、誤解をぶつけられて享受していた10年間と、和解して見詰め合えた今までに、ゆっくりと時間を重ねたからかもしれない。向けられる思いに喜び、怯えて、安心した。
今、向けられている心を揺さ振るあふれる思慕に、何を返せばよいのかどんな言葉を紡げばよいのか、見つけられない。見つけられないことが切ない。
「他には・・・ああ」
逡巡しているヒナタを見越して、納得したように頷く。
「何より、オレがあなたにどんなことをしてもそうやってオレの総てを受けとめてくれる心が好きです」
ヒナタは驚いてしまう。なぜならば実際、ネジの訴える通りに聞き入れようとしていたのだから。小さな頃からネジにどんなことをされても、ヒナタは受け入れ続けてきた。それが当然だと思っていた。ヒナタにとってネジは特別なのだから。
一方、ネジの声はずっと普段と変わらない。
ヒナタはもう相づちのためにだって言葉を紡げなかった。なぜか涙が出てきそうなのだけれど、ネジからの気配は相変わらず穏やかだから、ヒナタはただ、自分が感じるままに嬉しく思えばいいのだとネジに言われているとわかる。
ネジは声音と同様に普段と何ら変わらない表情をしているのだろう。ヒナタはこみあげるものを押さえ込んで笑った。驚きと切なさを混ぜて。ネジが言ってくれたように、ストレートに告げられた全部の言葉を、きちんと受けとめていると感じてほしくて。
ネジは少し間を空けてから、また口を開く。
「オレはあなたが好きでした」
どうしよう。
どう、したら。
「あの、‥‥ネジ兄さん」
ようやくこぼれた、言葉を探す声が涙を押さえようとして擦れた。
「私‥‥あなたを‥‥」
「ああ」
吹っ切れたため息にヒナタはまたさえぎられる。
「すっきりしました」
あまりにも晴れ晴れとした声音だったので、ヒナタはそのまま震わせた唇を閉ざした。
「オレは普段、思っていることを何も言わないから」
それで散々敵を作ってきたというのに。
「今の今まであなたには言わなかった。いや、言えなかった。やはり溜め込むのはよくないのだな」
ネジは心の奥をぎゅっとさせる声でヒナタに言った。
「こんなにも明確に、オレはあなたに思いを寄せていたんだな」
今日はよく晴れた日だった。ヒナタは障子の向こうを覗きたくて、覗けない。
ネジはどんな顔をして言っているのだろう。見たいのに、自分の顔があまりに変なことになっていると容易にわかるからネジに顔を見せられない。ネジ自身もこちらにわざわざ顔を見せないまま言うということは、十分に恥ずかしいのだろうか。
「オレの思いを他でもなくヒナタ様にお伝えすることができて、よかった」
「私は‥‥」
ヒナタもちゃんと答えなければ。ちゃんと。
「ああ、本当にすっきりした」
ネジが急に口調を軽くしてばさりと話題を切ろうとする。
「オレはあなたを困らせるつもりは毛頭にないのです。気分を変えましょう。ヒナタ様、もう修行の準備はできた‥‥」
「やめて」
ヒナタが今度はネジを遮った。
「気分を変えないで」
「ヒナタ様」
「ネジ兄さんにもらったこの気分を、変えたくないの」
ヒナタを思って話題を切ろうとしていたネジは、思わぬ主張に驚いた気配を伝えてきた。上忍のネジだから感情を封じ込めることなど訳ないことを知っている。いちいちあらわにするのは顔を合わせていないヒナタにきちんと気持ちを伝えてくれようとしている誠意なのだ。
「ならば、オレの望みも言ってよろしいですか?」
尋ねられて、ヒナタは幾度か頷く。頷いてから、ネジには見えていないことに気付いて声にする。
「何ですか?」
「オレに、触れてください」
障子の向こうから恐る恐ると手が出てくる。慣れ親しんだネジのごつくて細い手。ヒナタはわずかに手を震えさせた。
「ヒナタ様のその手のひらで、その指で」
ヒナタは少しだけ間をおいて、にじり寄った。ネジの自分のための望みは、なんて謙虚なものなのだろう。今まで彼の望みなんて、ヒナタは聞いたことがあるだろうか。中忍試験の時の、ヒナタが傷つくのを避けるためにヒナタを傷つけるのを避けるために繰り返し、出場するな、と訴えてきたこと以外に、記憶にない。
「ありがとうございます」
ヒナタは、まず、覗いていた手を取って、きちんと部屋から出た。そこにはネジが、綺麗に座ってヒナタを見上げている。ヒナタのように恥ずかしがって顔を赤くしているかと期待していたが、いつも通りの秀麗な姿がそこにあった。
立膝をついたヒナタは願われた通り、ヒナタの身体の全部を知っている手を、丁寧に触る。指が一本一本交互に絡んでぎゅっと握りあう。もう一方の指を顔に伸ばす。じきに指先を、頬に触れた。流れて、親指で下目蓋を擦った。目尻に逸れて、最初の指先は耳たぶを挟んだ。そして手のひらは頬に。額は晒しでいつも通りまかれているが、ネジを包むそれに頬摺りする。
ネジは微動だにせず、再度の感謝を述べる。
「ありがとうございます」
そして 繰り返し、ネジは好意を告げてくる。
「やはり、あなたの肌の感触が、オレは好きだ」
ヒナタはネジにくっついているままなのに、この機会にひとつも言い逃すまいとしているかのようだ。
「ネジ兄さん、恥ずかしいよ。でも、ありがとう」
ペタペタとネジに触りながらヒナタは笑った。
「ああそうだ」
あの時、時間がなかったから。
ネジはまた何気なく言う。あのとき、と、ヒナタはネジの顔を見下ろした。
「さようなら」
震えた手のひらに口付けを。
「オレの、愛する人」
顎でそっと押されて手を離すことを要請される。どうしてだか、くっつこうとしているヒナタの手が離れてしまう。手が離されていくのと同時に確かに重なったネジとの境界が、開いていく。ネジの晒しがほどけて、綺麗な額があらわになった。綺麗なのだ。
呪印が、ない。
「‥‥オレがいたことを、忘れないで」
無声音で綴られた願望は稚拙だった。
息がうまくできない。喪う覚悟を押しつけられて、どうして狂わないでいられるのだろう。唐突に失われてしまったあの瞬間にさえ、狂わなかったのに。
カタリ。
小さな音。どこか遠くでヒナタを呼ぶ声。
宗家の慣れ親しんだはずの自分の部屋がぼやける。
「時間が来たようですね」
ヒナタは首を振った。何度も。ヒナタは生かされて、死に逝った彼の生きてきた証を胸に抱くことになってしまう。
「私、ネジ兄さんを‥‥!」
「ヒナタ様」
また穏やかにさえぎられる。
「オレの最期の願いです」
ネジは微笑んでそれ以上を言わなかったけれど、ヒナタは正しく理解した。
それはネジを知り、命が尽きるまで覚え続けること。
「わかってる‥‥わかってるの‥‥」
もうネジが、この世にいないことを。
「ネジ兄さんは‥‥私が生きている限り、私の中で生きる」
理解を示せば心からの安堵を見せた。
「オレにとってこれ以上無い、光栄です」
だからヒナタは、ネジの言葉に返事をする。
「さようなら、ネジ兄さん。‥‥私、」
この人が、ヒナタの願望で作った幻だとしても、かまわなかった。ヒナタの知らないネジの思いまで教えてくれたのだから、このネジに言うことは許されていいと思った。
「ネジ兄さんのことが好きだった」
あふれて、弾けた。
「ヒナタ」
「おかあさん」
「おきた?」
ヒナタは淡い白い眼をぱちりとした。三者三様の色彩から覗き込まれている。
「うん、おはよう」
「ヒナタ、どうした?」
「あ、あのね、あの‥‥とてもうれしかったことを思い出したの」
「ん、そうか。ヒナタがうれしいならよかったってばよ」
夫と子供たちがヒナタを囲ってくれていた。
ヒナタはこれ以上ないくらいに満たされている。
積年の思いを告げられて、積年の思いを返した時、ヒナタを見てくれた表情が、胸に在る。泣きたくなるくらいに嬉しそうに笑っていた。
だが、細やかにずっと慈しんでくれた、自分と同じ色をしたその人はもうどこにもいない。
以上
夏休み利用して突発で書いたのでちょっとかち合わないかもしれないですが、ネジヒナが好きなんですよね。
ある舞台の影響がすごい大きい内容ですが、ネジヒナ好きさんの糧になれば幸いです。
ちなみに自分は、ネジ兄さんの最期を知っているだけでもう原作は最後まで読んでいませんが、テレビを見ているとボルトの名前が出てきて噂だけで家族構成など知ってしまうんですね。
ナルヒナの子供がボルトって名前ってことは、ネジ兄さんはナルヒナにとって命を張れるほどに恩義を感じる相手として、死ぬために登場させられた人物だったと思うと、ネジ兄さんが好きな自分としては本当に辛くて仕方がないのです。
ネジヒナの薄い本がとても欲しいです。あ、薄い本は厚くてもいいです。結婚してて子供いるネジヒナが読みたい!ネジヒナー!
9月4日追記。
最初で最後のつもりでこの話を発表しましたが、我慢できず自分用に覚書としてネジヒナの1部と2部の間から最期までの流れを軽く作りました。そして思う。
なぜ失われてしまった。
作者さまは1部と2部の間位にナルヒナを確定されていたようですが、どおりで自分は1部の記憶しかほぼないわけだ。まだ確定してないからネジヒナに傾いちゃったままなんですね。
少し書いてみたい部分ができたので、また機会があったら発表したいと思います。現在進行形でネジヒナされている希少な方がいることを知って勇気が出ました!
あ!タグありがとうございます!うれしいのでロックさせていただきました!