マンスプレイニングとは何か?
結論から言えば被害妄想である。マンスプレイニングとはsports-for-socialによれば「男性が女性を見下した態度で、知識をひけらかしたり解説したりすること」だ。これに「男性が女性の話を遮ったり話題を奪う」等も加わる。主にSNSの女性による迷惑な?男性の報告や男女間でレスバでよく使われる言葉である。
さてこのマンスプレイニングは本当にある現象だろうか?それとも「カサンドラ症候群」や「ぶつかりおじさん」等と同じく、ある種の不器用な女性が不器用な故に自身の至らない点が分からず、全て男性が悪いと決めつける恒例の他責ワードなのだろうか?とりあえずまずはマンスプレイニングという言葉の歴史を見てみよう。
マンスプレイニングという概念は2008年にロサンゼルスタイムズ紙に寄稿されたRebecca Solnitの「私に説教する男性(Men Explain Things to Me)」という論説が起源である。論説には彼女のパーティーにおける出来事が書かれている。彼女が退屈なパーティーに出ていたら、ある男性が話し掛けてきて写真家の話題になった。その写真家の名前が出た時、男性は「最近その写真家に関する本が出たらしいね。私は読んでないけど」といい、本の内容を延々と話したそうである。しかし実はその本は彼女が書いたものだった。男性は得意げになり無頓着に延々と話していたものの、何度か話を中断されて初めて自分がその本の著者と話してたと気づき、唖然としたという。
https://www.latimes.com/archives/la-xpm-2008-apr-13-op-solnit13-story.html
この嘘松構文みたいな出来事に、彼女は衝撃を受けた。そしてこう考えた。「私が男性だったら彼はあんなに得意げに上から目線で話すものだろうか?いいや話さないに違いない!私は女性だから男性に下に見られたんだ!これは性差別なんだ!」。そして彼女は出来事は女性に対する蔑視と支配の表れであり、社会全体の進歩を阻害するものとして警鐘を鳴らすことにした。この警鐘は「マンスプレニング」という言葉として拡散され、今に至る。
しかし1方的に話す、或いは話を中断させる現象は男性特有のモノではないことが示唆されている。例えば話し相手の性別が、会話における言語にどのような影響を与えるかを調査では面白い事実が示唆された。
研究では参加者40名…男性20名、女性20名…が訓練を受けた男性および女性のコミュニケーションパートナーとそれぞれ3分間の会話を実施し、それを文字起こしして、従属節、フィラー、付加疑問、強意副詞、否定、ヘッジ、人称代名詞、自己言及、正当化、中断等の言語要素を分析した。結果は話し手の性別による言語の変化は有意ではなかった。噛み砕いて言えば、話す側に立つ場合は男性も女性も同じような話し方をするということだ。しかし話し相手が女性の場合、参加者は男性相手に話す時よりも、より多くの中断とより多くの従属節を使用されたのが確認された。
しかし、これをもって単純に「やっぱり女性は女性という理由で話を遮られるんだ!軽視されるんだ!」と解釈することは出来ない。何故なら女性は女性は男性より遥かに多い頻度で、女性の話を妨害することが確認されたからだ。
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/0261927X14533197
女性は女性から最もマンスプレイニングされる。しかも女性は男性とより同性である女性と話すことが多いはずなので、マンスプレイニングされる頻度は男性とは比にならないはずである…というか女性は男性以上に同性と喧嘩しまくったり性加害してる事も確認されている。
にも関わらず「マン」スプレニングなのは何故か?更に言えば女性の方が男性に説教・見下し・嘲笑したがることは市場という形でハッキリ可視化されている。例えば恋愛や生き方等に関して女性はご覧の有様だよ。
キリがないのでここら辺で止める。この手の女性が男性に説教する本は無限にあるのに対し、男性が女性に説教する本は全くない。amazonで検索しまくってようやく見つけたのがXやYoutubeの男性インフルエンサーニャン氏による女性の恋愛や生き方について口を出す本であるが、その口出しは説教ではなく励ましベースだ。
あと早稲田大学の男性教授も女性の生き方に対して口を出す本を出しているのを確認したが、それは少女に「女性は変な偏見やバイアスに囚われず自由に生きていいんだよ」と語り掛ける、なんとも名状しがたいナニかだ。とりあえず説教や嘲笑ではないだろう。見下しではあるかもしれない。
結論から言えば、これは性的権力の非対称性だ。要するに女性は気に入らない態度をとってきた男性をdisれるが、女性には出来ず、ましてや男性が女性に対して「言ってる内容はともかく貴方の態度が気に入らない」とやれば大問題になるからだ。実際「男性が女性の言説自体ではなく、その態度に対して注意すること」は「トーンポリシング」として女性差別問題になっている。
因みに余談だが、何故こうした言葉の女性バージョンがないか?というと、それはフェミニストや騎士達がありあまる暇を駆使してマンスプレイニングのような性差別用語をリストに追加する1方、女性バージョンのそれはクレームを出して消させているのが原因だ。実際欧米では「女性が男性に対してジェンダー的な説教すること」として流行した「Womansplaining」が、2025年1月14日現在googleでそれについて説明してるサイトを見つけることは出来ず、それが流行った形跡を伺いしれるだけになっている。こうした騒動は日本だとpixiv辞典の「マ×コ二毛作」騒動が有名だが、海外では彼女達はオクスフォード英語辞典に圧力をかけbesom、piece、bit、mare、baggage、wench…等の性差別用語を削除させている。例えばオクスフォード英語辞典からは「bitch」という項目から、その言葉が貞操観念の薄い女性や売春婦を指すという説明が消去された。リアルニュースピーク。
さてマンスプレイニングという言葉が女性に流行る原因には3つの要因があると思われる。1つは女性が女性自身を「女性だから話を遮ったりマウントしても大丈夫やろ」と軽視してるから、男性もそうに違いないと考えてること。2つは女性は男性に「話し方が気に入らない!マンスプレイニング!」と言っても許されるが、男性が女性に「話し方が気に入らない!ウーマンスプレイニング!」と言うのは許されず、性差別主義者(トーンポリシング)として処刑されること。そして3つ目は被害妄想と何でも性と結び付けて考える被愛妄想である。
インターネットをやってる人間なら女性が萌え絵を指して「いやぁぁ!!私が性的消費されてる!!男性にエッチな目で見られてる!!」と集団ヒステリーを起こす光景は何度も目にしてきたことだろう。当然萌え絵に描かれてる美少女がエッチな目で見られてるからと言って、その女性が男性からエッチな目で見られてる事にはならない。例えば私がスマイルアップのsnowmanのセクシーショットにキャーキャー言う女性を指して「私がエッチな目で見れてる!」と騒いだら、間違いなく全方面から笑われることだろう。「貴方はsnowmanじゃない。女性は相手がsnowmanだからキャーキャー言うのであって、男性なら無条件にキャーキャー言うわけではない。snowmanと性別以外に共通する属性がない貴方に女性がsnowmanに向けてる視線と同種の視線を向けてるというのはあまりにも無理がある。自意識過剰の1言」と。全くの正論だが、同じことを男性が女性に言っても納得しないのは改めて説明する間でもない。この性差を別けるモノこそが披愛妄想だ。
披愛妄想とはザックリ言えば、女性が持つ「全ての男性は私が欲しくてたまらず隙あらばエッチな事をしようとしてくる」という世界観だ。女性はこのような世界観と被害妄想を抱いている…という補助線を引けば、男性のスマホのカメラが自分の方を向いているだけで「盗撮された!」と騒いで盗撮したあげくネットにアップしたり、「女性は男性と違って襲われる可能性が高い!」と男女の犯罪被害者割合と正反対の事を言ったり、AEDを使われるのを嫌がったり、男性に入浴介助される事を「性犯罪被害に遭っているのと変わらない」と感じたり、乳腺外科医を「医療にかこつけてエッチな事したでしょ!」と訴えたりする現象がすんなり理解出来るだろう。
満員電車
— 🇯🇵megu🇯🇵💕💖 (@XMMWOB8JUZ84aCN) January 13, 2025
女の子が乗るのを諦めたらみんなも諦めるってなんなの? pic.twitter.com/9eb96sxe8F
満員電車で最前列の女子高生が乗るのを諦めたのを見て、後続も諦めて移動する…だけの動画だが、これを「女子高生が乗らなかったから諦めたんだ!彼等は満員電車で女性と密着したかったんだ!」とするポストが万イイネされている。この現象は披愛&被害妄想以外で説明することは不可能だ。
端的に言えば女性は男性より遥かに何でもかんでも性に絡め、男性に何かされたら即座に「キャッ私が女性だからだ!」と思う傾向が強いということだ。これを実証する直接的研究も勿論ある。
102組の混合性別のペアに性差別的なシナリオのビデオを見せ、それぞれの登場人物の行動が性差別的かどうかを判断させた。またここでいう「敵意ある性差別」は女性に対するあからさまな敵意や差別を指し(ex.女性は嘘を無限につくから信用するな)、「好意的な性差別」は1見親切に見えるものの、女性を劣った存在として扱うような性差別を指す(ex.貴方は女性だから重い荷物は男性の私が持つよ)。その結果、以下のことが判明した。
・女性は男性の敵意ある性差別を過大評価する: 女性は男性の行動を性差別的だと判断する傾向があり、特に敵意ある性差別を実際よりも多く知覚した
・女性は男性の好意的な性差別を過小評価する: 女性は男性の好意的な性差別を見逃す傾向があった。
・男性は女性の敵意ある性差別を過小評価する: 男性は女性の敵意ある性差別を実際よりも少なく知覚した。
・男性は女性の好意的な性差別を過大評価する: 男性は女性の好意的な性差別を実際よりも多く知覚した。
噛み砕いて言えば「女性は男性の親切心に気付きにくく敵意ばかり気付き、男性が逆に女性の親切心に気付きやすく敵意に気付きにくい」ということだ。男女ともにある種の披愛妄想は有している。しかし男性のそれは謂わば「正の方向」に行きやすく、女性のそれは「負の方向」に行きやすいのだ。
https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/1368430216638530?journalCode=gpia
また敵意ある性差別と好意的な性差別のメタ知覚の正確性について調査した上記の研究の先行研究である、敵意ある性差別と好意的な性差別のメタ知覚の正確性について調査した研究では以下の点が明らかになっている。
・敵意ある性差別と好意的な性差別のメタ知覚の間には負の相関がある:噛み砕いて言えば、自分が敵意ある性差別を受けていると知覚すればするほど、好意的な性差別を受けているとは知覚しにくい傾向がある。
・この負の相関は性差別の標的となる人(女性)と性差別を行う人(男性)の両方において見られた: これは性差別の標的となる人と性差別を行う人の両方が性差別のメタ知覚においてバイアスを持っていることを示唆している。
・好意的な性差別は敵意ある性差別よりもメタ知覚が難しい:雑に言えば、人間は自分が好意的な性差別を受けていることに気づきにくい傾向がある。
大事なのは「敵意ある性差別と好意的な性差別のメタ知覚の間には負の相関がある」だ。これと「女性は敵意ある性差別を知覚しやすい」と組み合わせれば、当然に「敵意ある性差別ばかり知覚してる女性は男性の親切心に気付きにくい」という事実が浮かび上がる。ここにある種の女性が「マンスプレイニング」という言葉を使いたがる理由の全てが詰まっていると言っても過言ではないだろう。
https://psycnet.apa.org/record/2014-29579-016
研究者も実際こうした傾向から、例えば男性が女性の能力を疑うような発言をする場合は女性はそれを性差別だと感じる可能性が強い事を述べている。例えそれが男性は単に女性の能力を正確に評価しようとしているだけで性差別的な意図はないにせよ…だ。
1方で男性は逆である。実際研究でも男性は女性が男性に対して偏見に基づいた発言をしても、男性はそれを性差別だと認識しない傾向があることが示唆されている。ここら辺は最近まで女性による男性説教本への批判が男性から起きなかった現象を説明出来ると思われる。
皮肉な事にマンスプレイニングという言葉を使う方々は、「貴方は男性だから女性である私にそういう言動とってるんだ!」と性別を理由に相手の話を遮ったり高圧的に話したりマウントする…と自分達が軽蔑していると主張してる性差別的行為…マンスプレイニングに自らが耽っている。もしマンスプレイニングが本当に男性→女性に対する1方通行な現象ならば、女性が男性について「男性より私の方が詳しいんだ!」と主張する事も、女性が女性の話を遮ったりする事もないはずである。勿論現実世界では全く当てはまらない話だ。
端的に言えば、女性は男性の親切心による知識披露、アドバイス、訂正、話題提供…etcを「私が女性だからされる性差別!」と捉えやすい。そしてそう叫べば何人もの同種の女性が共鳴し、騎士がやってきてそれっぽい理屈をつけてくれる。マンスプレイニングとは、こうして生まれた女性の性差別的意識に基づく被害妄想なのである



コメント
2≫何故こうした言葉の女性バージョンがないか?というと、それはフェミニストや騎士達がありあまる暇を駆使してマンスプレイニングのような性差別用語をリストに追加する1方、女性バージョンのそれはクレームを出して消させているのが原因だ。
弱者男性の別の呼び名としての「チー牛」が主に女性の間で人口に膾炙しすぎてただの悪口になっていることの意趣返しとして弱者女性を「豚丼」と呼び始めた人たちに、秒で「そういうのは良くないと思う」とシュバってくる勢力がいたのは記憶に新しく、そのダブスタぶりに呆れてしまいましたが、海外でもビッチなどのふつうに知っていたほうが良さそうな単語でさえ言葉狩りされているのですね。
英語のそういう単語は「洗浄」されすぎてふつうのコンテンツを観ても知れないので、リアルの米国人のゲーム実況(そのまま放送禁止用語が出てくる)とかホラー映画(特定の人たちしか見ないとされる)を見てやっと勉強できる有様ですね。
我が忠勇なる男性達よ、今やクソフェミの半数がこの記事によって宇宙に消えた。
この輝きこそ我等男性の正義の証しである。
決定的打撃を受けたクソフェミに如何ほどの屁理屈が残っていようと、それは既に形骸である。
敢えて言おう、カスであると!!
「ある命題は極点に達すると対立物に転化する」という法則のとおり、現在の女尊男卑が極点に達して男尊女卑に転化した時に使うことのできる知識として永久保存しておくべきものです。