高校の「応援歌指導」という病理

2025年、あけましておめでとうございます。 
新年最初のnote更新です。今回は重めの話題です。
この記事は主観が多く客観的な話ではないことをご了承ください。

前提として…

この記事を読まれる際には以下の記事を参照していただくとわかりやすいと思います。だいたい御三家の話が中心になりますが今回の記事で取り上げる私の出身校も話としては本質的には同じことをやっているのでイメージしやすいと思います。

クッキングパパのこの話は、まことの通う高校のモデルである福岡高校と原作のうえやまとち先生の出身校である筑紫丘高校をミックスしているものだと思われる。

応援歌指導とは?

 応援歌指導と言っても大多数の高校生やかつて高校生だった九州以外の皆様にはあまり馴染みはない話だと思われる。これは、九州の一部高校(福岡御三家と呼ばれる名門公立高校や福岡中央高校など歴史の長い高校に多い印象)特有の新入生の通過儀礼の1つとして存在する。(ただ埼玉の浦和高校など東日本にもあるそうだが)読んで字のごとく応援歌や校歌を新入生に教える行事だ。ただし、私の出身校では体育大会でしか応援歌を歌わないため集団行動と校歌の指導がメインだったが。この応援歌指導だが、応援団や選抜された生徒によって行われるのだが、この指導のメインが「罵倒」になっており、一部で問題視されている。一方で宮崎大宮高校のようにOB連中の強い希望で復活している事例もあり、賛否が大きく分かれる話題となっているのだ。

今回の記事では、応援歌指導について「断固反対」の立場から論じてみたいと思う。(CV:三原じゅん子) 以下の文章では応援歌指導ではなく上級生指導と書いているが、応援歌指導=上級生指導である点にご留意していただきたい。

私の体験

 私が高校に入学して数日後、「上級生オリエンテーション」という行事が3日間続いているのを見た。私の従姉が同じ高校だったので「あそこ入ったら最初の数日間に何をやっても怒鳴られる行事があるから覚悟しておいた方がいいよ~」と聞かされていたのである程度は覚悟していた。ただし、私以外にも他の生徒も噂として聞いていたらしく、皆うっすら知っていたんだろう。修猷館ほど情報統制していないので大体の生徒は気が付いていたのだろうな。そして授業が終了し全員が体操服に着替えさせられ体育館に集められた。体育館の中は異様な空気に包まれており、上級生(生徒会や運動部の一部生徒)が入口からもう「早くしろ!!」と怒鳴っていた。覚悟はできていたが「とんでもない学校に入ってしまった…」と改めて入学したことを後悔した。ちなみに体育館に向かう途中の上級生(指導側ではない一般生徒)の目は少し憐れんでいるように感じた。
 授業開始のチャイムが鳴ると体育館の扉は閉じられ、いよいよ狂った行事が始まる。まず最初は持ち物の点検である。体育館シューズや体育用シューズに名前が書かれているか確認されるのだ。もちろん記載漏れがあればこれでもかと怒鳴られます。そして上級生の集団行動(解散集合・方向転換・体操隊形)を見本で見せられ、その後、1年生が行うという流れが1日目だ。1日目はひたすら集団行動を2時間続けて行う。どんなに急いで解散集合をやっても、どんなに急いで体操隊形に開いても、どんなに絶叫して方向転換しても、「遅いんだよ!!」、「声が小さいんだよ!!」と言われ、真面目な顔をしても「へらへらするな!」と言われ、アリーナにいる生徒会長も「動くな!」、「へらへらするな!」と罵声を飛ばしていた。なんていうバカバカしい光景なのかと思われるかもしれないが、前部実話である。前日までの新入生を歓迎する上級生の優しい表情から一転した鬼の形相を見てかなり参ったわ。こうして書くと彼らがまるでハラスメントの権化である極悪人のようにしか見えないのだが、クラス単位で練習する際には流石に上級生は優しく丁寧に指導してくれた。まあ何も分からない個人に対して「なんでこんなのも分からんのか!」とか怒鳴ったら大問題だしね。1日目は集団行動で終了した。1日目は褒められることが無く、ただ罵倒され続けるだけであった。「こんな怒鳴られるだけの行事があと2日間も続くのかよ…」と絶望しながら教室に戻ったのを覚えている。その時は2日目の方が地獄であることを知らなかった…
 
 2日目は本番である「校歌」の指導だ。私の出身校の校歌は歴史のある高校の校歌にふさわしく格調高い歌詞に、有名作曲家の荒谷俊治先生が書いたメロディが加わるものだったのだが、そんなものは関係ない。校歌を絶叫するのである。ただ中学校も絶叫校歌をさせていたので校歌とは歌うのではなく絶叫するものだと個人的に考えていたところはあるが、音楽的に正しくないのでは?作曲家の感情を損ねているのでは?と今になっては思う。
 新入生は合格発表日にある合格者招集で大量の配布物が配られる。その中に校歌・旧校歌・応援歌が収録されたCDが同封されており、何だろうなと思っていたが、要するに「入学前から覚えろよ」と言っているのである。「この学校に入学するのなら、入学式前から校歌なんて知っていて当然」と学校側の思いがあるのだろう。実際にこのCDから無断転載されたYouTube動画のコメント欄には「これわざわざ保存して1.5倍速再生で必死に歌詞覚えたわ」や「校歌おぼえれん」という当時の新入生と思われるアカウントからのコメントがあり、この上級生指導までに覚えてこなければならないということが容易に想像できるだろう。(ようつべのコメントなんて正直アテにならないので釣りである可能性は十分にあるだろうけどね) 2日目に備えて家のCDプレーヤーで何度も聴き、必死に歌詞を覚えようとした。付け焼刃なので効果はお察しだが…
 当然のことだが、多くの生徒はうろ覚えの状態で2日目に臨むため、上級生から「ありがたい指導」が飛ぶ。いやお前らも同じだったやろって思うが。うろ覚えなのでサビの部分しか覚えていないのだが、絶叫しているうちに大体歌えるようになっていた。体に叩き込むというのは文字通り、このことを指すのだ。文筆家の西田藍さんは「顎関節症になった」と語っているが、必ずしも大声を出すことに慣れている人ばかりではいないので、実際に顎関節症になったり精神的に参ってしまった人はいると思う、私が知らないだけで。

 3日目、ここまで来るとあともう少しだ。最終日は流石に指導の上級生も優しくなっており、褒めるようになってきた。そして絶叫集団行動に絶叫校歌、これで3日間の長いのか短いのかよくわからない上級生指導は終わりを告げる。最後はあんなに鬼の形相で恐ろしい上級生も「みんなよくやった!」、「これで立派な〇〇生だな!」と2日前からは想像できないくらい褒めるのだ。当時の私は「ようやく認められた!嬉しい」という気持ちになったのだ。大多数の生徒もそういう感情であっただろう。(一部の生徒はそうではなかっただろうが) 最後の挨拶で上級生の一人が「もっと声出るだろ~~~~~~!!」と叫びもう一度挨拶をしたのを覚えている。(今考えると気持ち悪いが)
 最終日の帰りのHRでは教室にそのクラスの「指導」を担当した上級生がやってきて1年生にお褒めの言葉を授けるのだ。そこには上級生指導のボス的存在だった3年生も来ており、おっかない生徒会長もその場にいた記憶がある。その言葉は詳細には覚えていないがボスの3年生は「俺、今度の体育大会でブロック長やるから」的なことを言っていたのは覚えている。体育大会でも同様のハラスメントが出てくるんだろうなと思うとゲンナリするが。そのような感じで上級生指導は終わりを告げたのだ。ちなみにOBの教員曰く「僕の頃は応援団がいたからもっときつかったね~」とのこと。これより激しかったって昭和って本当に狂った時代だったんだな。なお1年の担任・副担任は体育館の後ろでただずっと見ていただけである。ただの税金泥棒やん。

これは「教育」ではなく「洗脳」

 最初のうちは「これで俺も〇〇の完全な一員なんだな」と思ってはいたのだが、よく考えると「このような通過儀礼がなければ学校の真の一員になれないのなら、あの厳しい高校入試っていったい何のためにあるのか」という感情が出てくる。結局高校入試は通過儀礼ではなく、「真の〇〇生」として受け入れられるためにはこのような行事を通過しないとならないのだ。これは70年以上続いてきたものでそう簡単には変えにくいというところがある。冒頭に取り上げたトゥギャッターまとめでは筑紫丘高校において応援歌指導の是非について相当揉めた件が取り上げられており、長年染み付いた慣例を変えるというのは非常に難しいことを示している。

 前置きが非常に長くなってしまったが、この上級生指導(=応援歌指導)というもの、流れとしては新入生の一挙手一投足の全てを否定し大声で罵倒を加え、最終的に自分たちの思うような行動ができるようにされ、最後に「これでお前らも〇〇の真の一員だな」と褒め称えるものだ。あれ… これ、カルト宗教を少し齧った人ならお気づきだろうか。典型的な洗脳(brainwashing)の手段なのだ。何も知らない新入生を恐怖で縛り付け洗脳し、駒にしていくのである。駒にしていくという言葉はやや語弊があるかもしれないが、センター試験や共通テストで大抵の生徒の点数が振るわずにそのまま国立大学に特攻させている私の出身校の例を見ると生徒なんて使い捨ての駒でしかないのだろうなとは思うのだ。(実際に私の出身校の教師らは学校の世間体や同窓会の顔色を常に窺っているので生徒は捨て駒として見做している可能性は十分にある) 結果として、フレッシュな新入生は洗脳された使い捨ての駒に数日間で変貌するのである。県立高校というのは公教育の柱の1つであり、中学校卒業後のほぼ全ての者に対して、社会で生きていくために必要となる能力を共通して身に付けさせることのできる最後の教育機関(文部科学省HPより引用)であるというのを踏まえると、このような新入生の通過儀礼は「社会で生きていくために必要となる能力を共通して身に付けさせる」ことに繋がっているのだろうか。現在の日本はブラック企業の問題が盛んにクローズアップされており、餃子の王将の激しい新入社員研修が未だに強い批判に晒されている現状を踏まえると、今後に一切役に立つことはないと考えられる。実際にこのような行事のない高校を卒業しても世間に十分適合している人は大勢いるのだから、中学校を卒業したばかりの高校1年生に対してカルト宗教ばりの洗脳を施すのは、公教育として適切なのだろうか。私に言わせれば、県民の血税を用いてカルト宗教をやっているのと同じことだ。県営オウム真理教という誹りは免れない。

学校のイメージとの剥離

 御三家の応援歌指導は割と有名であり、修猷館や筑紫丘、福岡高校は戦前は旧制中学の男子校だったというのもあり、入る生徒はある程度覚悟はできているという話は聞く。実際に御三家出身の妹曰く「うちは別にそういうのを覚悟して入っている人が多いからね」とのことで、実際に入る側は覚悟がある程度できているのだろうと推測される。果たして、私の出身校はどうなのだろうか。
 私の出身校は旧制高等女学校で伝統的に女子生徒の比率が高く、のんびりおっとりした校風というのが世間のイメージであったし、私の中学3年の時の担任も同じことを言っていたし、学習塾の教室長も「あの学校は厳しい」などのようなことは一切言っていないため、「もともと女子高でのんびりおっとりした校風の落ち着いた良い高校」というのが世間の共通認識であるし、私もずっとその言葉を信じていたからこそ、ずっと第一志望にしていたのだ。だがこの言葉は嘘であったことを知ったのは入学式の当日であった。西田藍さんも同様のことを書いているため、多くの生徒は違和感に気が付いたであろう。

実際に私の周りでも「入学式の日に来る高校を間違えたと感じた」と語る生徒が多くいたため、入学式の日に希望ではなく絶望に追いやられるなんて前代未聞だろう。そしてその後に恐怖の上級生指導が待ち構えているのだ。もうどうしようもないし逃げる場所がないのだ。そして親も出身者ではないし経験していないのでこの気持ちを理解してくれないのだ。それだけでゲンナリする。

上級生指導の存在を大っぴらにアピールする「潔さ」

 これは大学に入学してインスタグラムのアカウントを開設してから知った話なのだが、私の出身校がインスタグラムを開設し、おすすめユーザーの欄に出てくるようになった。非常に不愉快だが同じ高校出身者をフォローしているのでそれは仕方のないことだと甘んじて受け入れる。近年では広報活動においてインスタグラムやTwitter、YouTube活用の重要性が大きく叫ばれており、福岡市内の多くの高校でSNSアカウントが開設され盛んに広報活動が行われている。出身校のインスタグラムでこんな投稿を見かけた。

〇〇チャレンジ1日目‼️

今日から一年生の〇〇チャレンジが始まりました。

1日目の今日は、開講式のあと学年団の挨拶や〇〇講話、校内施設見学など、午後からは2、3年生の先輩たちによる新入生指導が行われました。

出身校のインスタグラムの投稿より

極端に言ってしまえば「私たちには人権尊重という思想はありません。学校の捨て駒にするために生徒を徹底的に洗脳しています!」とアピールしているのである。オープンスクールなどでこの行事の存在を徹底的に無視して入った後に絶望させるよりはこちらの方がまだ潔いと思うが、このような生徒の人権を無視した行為を行っているということを全世界に発信してしまう出身校の人権意識の低さには閉口するばかりである。平気でハラスメントを行うセクハラ爺やパワハラ爺とどう違うのだろうか。まあ、徹底的に隠ぺいするよりはマシではあるが… こういう詰めの甘さがあの学校を象徴しているとは思う。

何が言いたいのか

 長く書いたのだが、要するにこの行事は生徒に多大な苦痛を加えるだけ加え、「社会で生きていくために必要となる能力を共通して身に付けさせる」ことに何ら寄与しない無意味な行為であることは疑いようがない。即刻廃止すべきだと私は考えている。そして私は強く言いたい。

これは断じて「学校教育」ではないし、青少年の健全な育成を目指す公教育としてあるまじき行為だ!「人権尊重」と口で言うが学校自体が組織ぐるみで生徒の人権を侵害していることに何も気が付かず、それを正しい行為だと疑いもしない、オウム真理教や統一教会と何が違うのか?県営オウム真理教と言われて反論できるのか?自分たちが「教育」の名に値しない行為を働いていると十分自覚しろ!

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高校の「応援歌指導」という病理|🎃机さん🎃
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