Conversation

今から数か月前、私は年間換算で1200万円ほどの年収も、科研費も、友人も失いました。世界初の社会実証研究として上場会社を再建したいと思ったことに端を発します。すべてを失うほどの人生をかけた試みについてのご報告ですから、長くなりますがお付き合いください。 私とWHY HOW DO COMPANY社との関係は1年ほど前に始まりました。元社長で大株主の田邊会長が、私の講演会に受講者として参加していらしたのです。そのときは数多くの受講者の一人としての関係でした。その数か月後に、経営について真剣に議論する場をとのことで、ごく少数で食事会を開き、そこに田邊会長も参加なさりました。 そんな中、田邊会長の真剣なお悩みをきき、「それならば私にすべてを任せて、私を社長にして欲しい。報酬は1円、株もストックオプションもいらない」といいました。そして、田邊会長は即断即決で、「岩尾先生にすべてを託したい」とおっしゃりました。 私にすべてを任せてくださるという田邊会長のトップマネジメント(社長を連れてくるのがトップマネジメントです)の下ならば、力を発揮できると思いました。任せる、これこそが日本に足りない本当のトップマネジメントだと思ったのです。「岩尾先生ではなく、今後は岩尾さんでいきましょう」と答え、まずは社長候補者として非公式に会社を再建していくこととしました。 私の友人の中にはこの決断に対して「理解ができない。なぜこんなことをするのか。何のメリットがあるのか」と反発する人もいました。面白がってバカにしてくる人もいました。そうした人たちとは疎遠になりました。その中で、複数社を合算すると月100万円(年1200万円)近くいただいていた社外取締役も、整理しました。私が学生起業した会社の代表取締役社長の職も秘書だった末永さんに譲りました。 私の実践面の師匠である一兆円企業創業者の方にも、「この案件は最難関だ。何年かかっても営業黒字は無理だ」と言われました。 しかし、私はこの会社に「日本」を見ました。勤勉で優秀な国民が苦しむ構造がある。そんな日本をみたのです。私は自衛官として一度は日本のために命を捨てる覚悟をした人間です。この再建を可能にすれば、日本再建の道も見えると思いました。だからこそ、賭けてみたかったのです。報酬を今もらうのはおかしいでしょう。黒字にして、さらに黒字を恒久化させ、安定した形を一年後に見せてから初めて報酬を受ける権利があります。 この数か月、私は土日含めずっと当社再建業務をおこなっています。睡眠時間は毎日4時間ほどでしょうか。 結果として、3カ月で営業黒字を達成しました。1兆円企業創業者さえも不可能といった営業黒字です。しかも、かなり保守的な会計判断をおこなっており(開示済です)、通常の、世の中の9割の会社ならば落とさない減損や貸引を計上して堅く堅くいきました。これらを計上しなければ、経常利益も税引き後当期純利益も黒字でした。 こうした再建業務をおこなっていたので、Twitterも半年ほど辞めていました。なお、短期の黒字化はできましたから、次はもう少し仕込みをおこない、通期(通年)で黒字化していくよう目指したいと思っています。数か月単位だとやはり災害やなんやで変動もあるので、再建はごく短期の数か月か年単位かというスパンが変動が少なく確実だと思っております。 友人を失った代わりに、今は「同志」を得ました。慶應義塾大学商学部も、教授会で私のこの挑戦を後押しして下さりました。残った友人も同志として日々戦っています。一社の株価向上に研究費を使ったと思われたくないので、慶應義塾大学という最高の場に迷惑をかけないためにも、科研費も辞退しました。 まだ再建。これからは再起業です。引き続き何卒よろしくお願い申し上げます。