実況・小野塚康之 時代を越える名調子

縦断高校野球列島(36)~山口県~ 父が語ってくれた池永正明物語 「大けがで完封だぞ!我慢強いし度胸があって頭もいいと来た。どうだ!」

そんな中池永は別人のようなフォームで投げ始めた。剛速球も影を潜め、ドロップを多投したんだそうだ。そりゃそうだ。本当は続投できる状態ではなかったろうと思う。現在の高校野球なら間違いなく降板だ。『へんてこりんな投げ方だった。ほとんどドロップよ。力入ったねぇ。いつも安心して見てたけど冷や冷やだったなぁこの試合は』。父が自慢していたグラブを付けた左手は全く使えず、『キャッチャーの返球もまともに取れんのだぞ!』。

はた目には激痛に耐えているように映ったそうだが9回を投げ切った。『この大けがで完封だぞ! 我慢強いし度胸があって頭もいいと来た。どうだ! 参ったか!』とこれまた今しがた試合が終わったかのようなライブ感で迫ってくる。もちろん酔っぱらいに逆らう気もなく『参りました』と返すと『うんうん』とご満悦だった。

池永は3回戦の首里戦は出場を回避し治療に専念したが、再び準々決勝から戦列復帰した。強豪、強打者を相手に決勝のマウンドにも立ち続け〝下商〟を準優勝に導く超鉄人ぶりを発揮した。父の〝池永正明物語〟はまだまだ多くのネタがあり子供の頃の楽しみだった。レジェンド話はその瞬間を目撃していた〝語り部〟から聞くと実に味わい深く父の声も蘇る。

その後池永は西鉄に入団し大活躍したが黒い霧事件(1970年)に巻き込まれ永久追放された。その時の寂しそうな父の表情も忘れられない。長い年月をかけ多くの人の嘆願で2005年処分は解かれた。2018年には高校野球100年の山口大会で始球式に登場した。その姿を父に見せたかった。 =次回は香川県

■小野塚康之(おのづか・やすゆき) 実況家。1957年5月23日、東京都生まれ。80年学習院大を卒業し、NHKに入局。以降41年間、主に高校野球、プロ野球の実況を担当する名物アナウンサー。2019年からフリー。現在はDAZN、日テレジータス、JSPORTSなどで野球中継に携わる。

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