pixivは2024年5月28日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴
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最近の流行りと言えば何を壊せて何を壊せないのか試す作業である。
自身の能力であるが、今まで余り良く考えずに使ってきた。姉にもしもの時しか使ったら駄目だよと言われてきた事もある。
だが、どうして壊れるのか? どう壊れるのか? 等を考えだしたら居ても経ってもいられずに、少しくらいなら良いかと軽い気持ちで始めてしまったのだった。
今までに壊した物。椅子、机、雑誌、床、土等など。身近にあったものは大概を試した。
色々と壊してみたが、ふと思い至る。自分の能力は対象の『目』を右手に持ってきて握り潰すことで『壊す』。此処で言う壊すとは存在の消滅をあらわし、モノは砂の様になって最後あとかたも無く『消える』
……半分だけ壊せるだろうか? 目の前に有る、姉がくれた新しい椅子の目を触る。これを握れば椅子は消える、つまりこの目=椅子みたいなものだと思う、多分。
なら……この『目』を半分握れば椅子も半分壊れるのでは? と思ったのだ。
えいっと。
半分握る。
ぐりゅっと。
半分消えた。
椅子は半分になり、半分の椅子になった。
面白いけど余り使い道が無いかもしれない。
そろそろ飽きてきた。部屋に有る壊せるものは大方壊してしまったからだ。
退屈。暇である。
暇を潰せることは何かないだろうかと考えて、閃く。
暇を壊そう。
自身の暇を思い浮かべ右手に目を持ってくる。
来た。本当に来るとは思っていなかったのだが来たものはしょうがあるまい。
潰す。
暇が潰れた。
そういうものも壊せるというのはこの495年生きてきて初めて知った。
これは面白いかもしれない。
試しに図書館へ行ってパチュリーの本に対する感情でも壊してやろうか等と考えていたら、部屋をノックする音が聞こえた。
姉である。
いつも変な所で空気が読めない姉である。
運命みえている癖に間の悪い姉である。
本当にみえているか少し疑問な姉である。
だけど本当にちょっぴりだけど私の大――
「フランドール、寝てるの? 入るわよー」
「……はいはい、どうぞー」
まあ読めていたが。
何、どうかしたの? と不思議そうな顔をして姉がこちらを見てくるが曖昧な笑顔で返しておいた。
「そう、そうだ、そんな事より! 聞いてフランドール!!」
急に興奮しだした姉に少し引きつつもどうしたかと聞いてみる。
「それがね!! 私、神経衰弱めっちゃ強いって事が分かったのよ!!!」
「へー」
姉の神経衰弱の才能をどーん。
その後、姉と勝負し10連勝した所で止めました。
頻りにおかしいなあと呟いていたが姉は今後一生神経衰弱で勝つ事は出来ないだろう、まあ直ぐ飽きるだろうが。
飽きたらその飽きを壊して一生勝てない神経衰弱をするだけの人生を歩ませてやろうか。
ふむ、この能力は結構使えることが分かった。
見えないものでも存在していたら壊せる。
……『姉』を壊してみようか。
私のベッドで不貞寝している『姉』の目を右手に持ってくる。
ぐちゃり。
壊した。
今、私のベッドで寝ているのはレミリアだ。
もう姉では無い。
「ねえ、起きてレミリア」
「うーん。……あっ、ごめんなさい、他人のベッドで寝るなんて私ったらはしたない」
「……レミリアは私の何なの?」
「えっ? ……何だろう? でもフランドールは私の妹よね、私は姉じゃないけど」
……なるほど、レミリアの『姉』は壊したけれど私の『妹』はまだ残っている訳か。まあ面倒くさそうで面白いからこのままにしておこう。
夜。
眠気を壊してオールの予感。
空腹を壊して満腹気分。
気分は絶好調である。
さて、何をするかといえば特に決まっておらず何となく上に出る。
紅魔館は悪魔のお城、夜になると皆が活発に動き回る筈なのだが、皆寝ている。
この静かな空間を破壊してやろうかと、右手をあげる。
壁をばーん。
蝋燭びたーん。
硝子にぺちーん。
この空間程度を壊すのに右手を握る必要すら無いわッ!!
……無言で右手を握ると無駄に上がっていたテンションが壊れ、落ち着いた気分になった。
昔から、どうしても自分の感情を制御する事が苦手であった。
気分が高揚すると周りが見えなくなるくらいはしゃぐし、落ち込む時は死にたくなるくらい落ち込む。余りに極端なのだ。
いっその事感情を壊そうかと考えるが、やはり怖い。ただの人形になってしまいそうな予感がする。
はてさて考えれば考えるほど何も思い浮かばないものだ。特に目的も無いのにこんな大層な能力があるのは困ったものである。
能力壊すか。
ありとあらゆるものを破壊する程度の能力を破壊する。
……でも能力が無くなるのは寂しい気もする。
そうか、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力から破壊の部分だけを破壊してみようか。そうすると『ありとあらゆるものをする程度の能力』になって凄い!! 凄い万能そう。何でも出来そうな気がする。
早速、右手を握る。
目の前が一瞬真っ暗になり、一筋の光が頭に差し込む。
一気に視界が開けた。
私はフランドール。
只一つの神である。
悟ってしまった。悟りを開いてしまいました。
何か全部見えた。
世界の危機とか隣の晩御飯やら全てを知りえました。
しかし私は思うのです。あの頃、まだ何も知らずに吸血鬼として暇を暇として楽しんでいたあの頃。あの頃は良かった。
まだ神になって、一分位しか経って無いけど過去を振り返り後悔する。全てを知った今、物事を純粋に楽しむこと等出来やしない。
知らぬうちに涙が零れた。
帰りたい、二、三分前に帰りたいよ。
帰れました。
何か思ったら帰っていました。流石、神。万能である。
能力も元に戻っていたようで一安心である。
悟った事も忘れてしまったようだ。
結局、如何したものだろうか。
今日の成果といったら、姉の神経衰弱の才能を壊したのと姉の姉を壊した、後は神になっただけである。
これで良いのだろうか? 毎日を惰性で生きるだけの暇職人。
暇職人の朝は早い、起きて暇を潰す事を続けるだけの作業。無駄な時間を無駄に使い無駄に時間が過ぎ去って行く。無駄、日々が無駄、過去が無駄、未来も無駄だろう。無駄に生きて無駄に生きて無駄に生きて無駄に生き続けて無駄に死ぬのだろうか。吸血鬼の寿命は無駄に長い、私はまだ無駄に若いから無駄に将来がある。
将来か、私は今後どうなるのだろうか。姉は家を継ぐのが決まっている。現に当主として滞り無く立派に務めを果たしている。では私は、私は何をしているのだろうか。姉の脛を齧り全てを与えられるがままにそれを甘受している愚かさ。
自立しなけければいけない。
家を出るか……それはまだ早いかも。
いや、そんな事を言っている場合では無い。
思い立ったが吉日という、早速準備に取り掛かろう。
持って行くものはこの体一つ。
姉に家を出る事を伝え、外に出る。
初めての外の世界、四百九十五年目のはじめてのおつかい。
そう、おつかい。家を出ると言ったら猛反対されたのである。当然であった、今まで一度も外に出たことの無い私が生きていけるほど外は甘くは無いらしい。段々と馴らしていく必要があるという事でおつかいを頼まれたのだ。
ちなみに今は夕方を少し過ぎた時間、咲夜が何時も買い物に行く時間らしい。
メモには人参とジャガイモ、牛肉にちくわと書いてある。今日はカレーだな。
外というのは暖かいものだと知った。
気温的な意味と人の優しさ的な意味でだ。
いつの間にか来ていた竹林の道で迷い、途方に暮れていた私を道案内してくれたのは可愛らしい兎さんだった。名前はてゐと言うらしい。
何でもこの竹林の迷子を人里まで送る役目を師匠という方から任されているとの事だった。
迷子、まあ迷子だな。
二人、竹林を歩きながら会話する。今日が初めての外出だとか今日の夕食はカレーだとか他愛の無い会話だ。
そんなこんなで人里に着いた。ありがとうございますとお礼を言い、にやにやと笑いながら手を振り帰って行く兎さんに手を振り返す。見えなくなった所で前を向き進んで行き気付く。
絶対ここは人里じゃ無い。
見渡す限り木、木、木。つまり森だった。
空は既に暗くなりかけており生い茂る木々の所為か光は限りなく無い。今まで差していた傘を閉じ木の根に腰をかけた。
虫と鳥の声が辺りに響いていた、鳥の方は何か歌っていた。
良い声である。
蟲達がそれに合わせるように羽を震わせ木々が風に任せ葉を揺らす、森が一つのオーケストラになったみたいだった。
これは私も何かしなければいけない。
踊ろう。
リズムに合わせて腕を振る、足を上げる。鈴虫の様に羽を振り宝石を鳴らす。月の光が木々の合間から差し、スポットライトの役割を果たして私を照らした。
いつの間にか終わっていた舞台から降り、先の場所にまた腰を落ち着かせると空から拍手が聞こえた。
「君は踊りが上手いね」
緑の髪をした少女だった。
綺麗に光り輝く蛍達が彼女の周りを飛び、その存在をより高貴にしていた。
「貴方がこの森の指揮者?」
「そんなに大層なものじゃないよ、私は只の観客の一人。まあ特等席でお姫様の踊りを見られたけどね、運が良い」
「お姫様って私のこと?」
「そうだよ、綺麗なドレスに優美な装飾。何より君はとても美しい」
「いやん、照れる」
「本当の事さ、虫は嘘をつかない」
それはさて置き、カレーの材料を買いに行かなければならない。彼女、名前はリグルと言った。リグルに人里までの道を教えてもらおうと聞くと連れて行ってくれるらしい。先ほどの失敗もあったが、今は何より時間が惜しかった。
「さあ、行こうか」
リグルが指をパチンと鳴らすと、地面が宙に浮き、空に光が道を創った。
下を見ればカブトムシの雄と雌が何千匹と羽を羽ばたかせて空飛ぶ絨毯を造っており、前を見れば蛍達何億匹が懸命に光り人里までの道を示していた。
初めての体験に心が躍る、誰が蟲で空を飛ぶ事が出来ようか? この人は王様なのかもしれない。蟲達の王、ムシ……バグキング。
数分も掛からずにパレードは終わりを告げ、私は人里に降り立った。
また月が綺麗な日に君を誘いに行くよと言い残し、投げキッスをしてリグルは空に帰って行った。満月に小さくなっていく影に大きく手を振り、住所知らんがなと思う。
が、今はカレーだ。
人里の中を歩くが既に何処の家も寝静まっていた。暗く静かな通りが寂しい。
どうしようもないので帰ろうかと思ったその時、殺気を感じた。
「……お前は誰だ、そこで何をしている。夜に人里に入るのは規則違反だぞ、すぐに立ち去りなさい」
「角が生えている貴方はだあれ?」
「私は上白沢、人里を守っている者だ……もういいか? 早く此処から立ち去れ、でないと力ずくになるぞ」
一気に殺気が増す、眼つきが鋭くなり髪が逆立ち、爪が伸びて牙が覗いた。
これは不味いと慌てて訳を話す。
「いや実はカレーを食べたくて」
盛大にはしょり過ぎた。
「……家は今日カレーだった、何故知っている?」
正解だった。
どうしたものかと考えていたら溜息を吐かれ肩を竦められた。
「……まあ良い、此処で暴れない事と作業の邪魔をしない事を約束出来るのだったら家に来てカレーを食べなさい。そしてそれに満足したら帰りなさい、いいね?」
カレーの材料は買え無さそう→家に帰ってもカレーは食べられない→カレーが食べたい。
「はい、約束します」
先生(教師をしているらしいのでこう呼ぶ事にした)の家の中に入ると本が山になっていた。大図書館でも良く見る光景だが、本の種類が違うようだ。パチュリーが良く読んでいるのは魔導書の類、ここに有るのは歴史書と呼ばれるものだろう。
特に本には興味が無いので台所でカレーをよそっている先生を見る。
「……もう用意できるから其処で座って待ってなさい」
「あい」
素直に炬燵に入って待つ。
ぬくぬくとして眠気が……。初めての外出で緊張もあったのか一気に疲れが……。
「……カレーは食べないのか?」
「いただきます」
「……」
「?」
「……何でも無い。ゆっくり食べなさい、水はそこに有るからな。私は作業を再開するから食べ終わったらちゃんと帰りなさい、別に声はかけなくても構わんからな」
「あい」
カレー美味しい。家のカレーとはまた違った味が良いね……少し残念なのはちくわが入って無い事かな、まあそれを差し引いても美味しい。多分明日になればもっと美味しくなる、明日も食べたいが明日は家のカレーを食べよう、やばい材料買って無い、つか今何時だ、絶対怒ってる、おつかい一つ出来ないなんてアイツはやっぱり引き籠りだとか言われてる、あっやばい眠い。お腹一杯だから眠い。カリカリカリと鉛筆の音がする、それがまた中々の子守唄に聞こえて、少し横になって考えるかとか思って、座布団を半分に折って枕にした所までは覚えているんだけどそれからの記憶は無い。
気付いたら布団で寝てた。
「知らない天井だ」
「おはよう、フランドール嬢」
青髪の綺麗な人に挨拶された。声が先生なので多分先生だろう。
「おはよう」
「……まあ朝まで気付かなかった私も悪い、だが昨日帰りなさいと言っただろう。家族が心配するのはお前も分かっているだろう? ……迎えが来ているぞ。ほら、顔を洗って早く行きなさい」
迎え? 窓から外を見ると姉と美鈴と咲夜が居た。パチュリーも居るが何故か美鈴におんぶされている。
先生にお礼を言い、外に出た。
姉に大変怒られる。
酷く心配したらしい。人里に行って帰るにしては時間がかかり過ぎだと一度人里に迎えに来たのだが、私が来たという話は聞かず何処で迷っているか分からない為に紅魔館総出で幻想郷中探しまわったらしい。で、最後に人里にもう一度戻ったらカレー食べて寝ていたという訳だ。
ごめんなさい。
悪い物は悪い、頭を下げた私を姉が抱みこんだ。
「……もう、心配かけなさんな」
「……うん」
「帰りましょうか、みんなで」
「うん」
咲夜と美鈴が両手に袋を提げて笑う。
今夜はカレーですよ。
暖かい我が家の自慢のカレーだ。
カレーを楽しみ、自室に戻って考える。
はじめてのおつかいは失敗だったのだろうか?
いや、そんな事はないだろう。
部屋に篭っている時には考えもつかない事が沢山あった。
知識だけでは無く経験を積むことが出来たし、知りえもしない事も体験できた。
だから私はまた外に出てみようと思う。
もしかしたら、嘘つき兎がまた私を騙してくれるかもしれない
もしかしたら、満月の夜に蟲達がダンスの誘いに来るかもしれない
もしかしたら、家のカレーからちくわが無くなるかもしれない
私が知らない楽しい事はまだまだ沢山あるのだ。
取りあえず明日は先生の家へ二日目の熟したカレーを食べに行こう、そう決心して目を瞑った。