第4話

文字数 1,804文字

第四章 幻が、ひとり歩きしている

『少しは社会の役に立ってから、一人前のことを言えよw』
障がい者であることを明かしていると、障がい者は社会で何の役にも立たないお荷物的存在であると決めつけたコメントを、しょっちゅう投げつけられる。
そう言っておけば、社会に対する後ろめたさから何も言い返せないと思っているのだろう。

だが、残念。
Zユーザー・カモミールも、現実世界ではひとりの社会人だ。
四年制大学を卒業してすぐに採用してもらえたこの職場で、障がい者雇用枠の正職員として働き始めて、もう随分経つ。 文章力高い、分かりやすい、読みやすいがウリの事務員さんです。
文章力を褒めてくれたのは上司なので、自画自賛ではない。
週五日、朝から夕方まで力の限り働いていると、Zの中で他人を踏みつけにしてはしゃぎ続けているくだらない人間たちを頭の中から追い出すことができる。

あの品性下劣なセクハラ被害に遭ってなお、人間不信にならずに済んだのは、職場があったからだ。

職場の同僚や上司のような、実力も品格も兼ね備えた素晴らしい人たち。
インターネットで他人を潰すことに快楽を見出している節すらある、誰かさんたち。

どちらを信じるかなんて、言うまでもない。

セクハラ被害については、業務外の事で申し訳なく思いながらも、上司に報告をあげておいた。 今回のセクハラ被害よりも更に前から抱え込んでいる誹謗中傷被害について、法的措置に踏みきる可能性の報告も、ついでに。 被害を受けた証拠として問題の画像を提出すると、そのあまりの気色悪さに、普段温厚な上司すら絶句していた。 常日頃大切にしてもらっている上司にこんな気色の悪いものを見せて、申し訳ないなんてものじゃなかった。

「新調した私のアイコンだけじゃなく、あるゲームの仕様も悪用したセクハラ動画もばら撒かれてます」

などと報告しようものなら、多忙な上司を失神させてしまいかねない。
だから、それ以上は報告しなかった。

誹謗中傷の被害に遭うのは、今回が初めてではない。 今回の被害で、三回目だ。

一度目の被害については、敢えてここでは語らないでおく。
二度目の被害の時は、加害者側の陰湿で卑怯な振る舞いがバレて形勢が逆転。
時間が過ぎると同時に、雲散霧消した。

セクハラ画像や動画という、常軌を逸しているにもほどがある嫌がらせを受けてもまだ社会人の端くれとして機能できているのは、過去のいじめと誹謗中傷被害で耐性ができていたから。
そうとしか思えないし、言いようがない。

誹謗中傷を受けたからといって、天から生活費が降ってくるわけではない。

基本無料で誹謗中傷し放題、情報開示に成功しても「僕お金ありません」で逃げ続ける顔の見えない誹謗中傷犯たちとは違い、いじめや誹謗中傷の被害者とその家族が背負わされるものは重い。 身勝手な理由で誹謗中傷され、自尊心も、自信も、将来も、音もなく見えないまま粉々に砕かれて、残るのは、人間不信と恐怖、自己否定。 

それを、死ぬまで抱え続けなければならないのだから。
それは決して、若気の至りなんて言葉で済まされていいものじゃない。

成人してから、子どもを持つ親になってから、かつて自分がしたことを後悔して懺悔している加害者を見かけるが、何もかもが遅すぎる。
武勇伝として語っていないだけ、まだましだが、それだけだ。

(今インターネット上で私を叩いている奴らは、都合のいい幻に踊らされている)

そういう奴らのブロフィール欄や文章を確認する限り、確実に成人は済んでいるだろう。
とうに成人が済んだ人間が、暇を持て余してすることがこれか。
他人が部分的に明かしている情報をもとに都合のいい幻を作りだし、こいつなら反撃してこないから、自分たちはこいつより上だからと理由をつけて誹謗中傷の限りを尽くすのか。

怒りとか、憎しみとか。 そういう感情を超えて、ただ笑えてくる。

そんな奴ら相手に何ひとつ諦める必要はないし、Zを通じて得た大切な繋がりを自ら断ち切る理由もない。他人を攻撃することで生を実感し、楽しみを見出すような惨めな人間たち相手に、私が何を後ろめたく思い、引き下がる必要があるだろうか。

頭ではそれを理解していても、体は正直だった。

何をしていても、受けてきた誹謗中傷がちらつく。
気分が落ち込んで、胃が縮む。
食事の量が減って、睡眠に入りにくくなる。

そういった症状の行きつく果てを、私はよく知っていた。
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