裁判官に「極刑」、評議一度だけ 元高裁判事への弾劾裁判

 高い独立性を守るため、身分が保護される裁判官。その職を奪う弾劾(だんがい)裁判の結論を決める「評議」が、3時間で終わっていた。非公開の評議の実態が明らかになるのは異例だ。専門家からは、裁判のあり方を見直すべきだ、との声が上がった。(遠藤隆史)▼1面参照

 ■「あるべき裁判とほど遠い」

 「まだ結論を出さず、議論を尽くすべきだ」

 昨年2月28日の弾劾裁判の評議。裁判長役の船田元(はじめ)・衆院議員が「評議を終える」と告げた後も、議員からは「後日集まって議論したい」との異論が出た。

 ただ、「議論は今日で終わるべきだ」「改めて集まるのは無理だ」との声もあり、最後は船田氏が評議の終了を決めた。

 その後も評議はなく、1週間後の3月6日に12人の議員が無記名で投票。8人以上が罷免(ひめん)に賛成した。

 弾劾裁判の罷免は「裁判官にとっての死刑判決」と称される。判決が不服でも控訴の仕組みがなく、弁護士への転身もできなくなるためだ。判決から5年が過ぎれば法曹資格の回復を求める裁判を起こせるが、必ず認められるわけではない。

 戦後10件目となる岡口基一氏の弾劾裁判は、罷免すべきか否かで対立した。これまではストーカーや児童買春など刑事事件で有罪が確定した例が多いが、岡口氏は起訴されていない。職務外のSNSでの表現行為が問われた初のケースだった。

 岡口氏と弁護側は「罷免にあたらない」と主張。計16回の公判は公開で開かれ、証拠調べや証人尋問、岡口氏への質問、罷免の是非に関する検察官役の国会議員や弁護側の意見陳述が行われ、約2年を要した。1年を超えた弾劾裁判は初めてだった。

 長期間に及んだ公判で、議員らはどう議論を進めたのか。

 複数の議員は取材に「公判の途中での論点整理はなく、評議は(昨年2月の)結審後の1回だけ」と証言した。

 ある議員は「『死刑判決』を出すのにあるべき裁判とはほど遠い内容だった」と語った。評議では、問題となった岡口氏の13件の行為への検討や罷免の是非に対する意見表明などがあり、各議題に十分な時間をかけられなかったという。

 異なる手続きであり単純比較はできないが、市民も裁判官役となる「裁判員裁判」では、23年度の評議時間は平均約14時間。被告が起訴内容を争う事件では、平均約17時間だった。

 評議が3時間だった点について、船田氏は取材に「議員の日程を考えると評議はかなりコンパクトにやらざるを得なかった。3時間であっても、非常に中身の濃い議論ができたと自負している」と答えた。

 ■裁判官役、国会議員から選出 「本業」忙しく、途中交代頻発

 今回の弾劾裁判で浮かんだのは、規定が乏しい制度が抱える課題だった。

 裁判官役を衆参の両院議員が務めることは、憲法で明記されている。裁判官の身分を奪う重大な手続きは国民の代表として国会議員が担うべきだ、との趣旨とされる。

 「裁判官弾劾法」には、評議の方法に関する詳細な規定はない。公判は公開されるものの、評議にかけた時間すら公表されず、事後的に検証する手がかりも得られない。

 多忙な国会議員が審理を担う難しさも浮き彫りになった。

 定員14人の裁判官役の裁判員は、衆参両院の与野党から7人ずつ選ばれる。ただ、議員たちは「本業」の国会や政党の仕事で忙しい。岡口氏の公判では欠席が相次ぎ、14人全員がそろったのは16回中4回だった。

 長期化した公判のため、裁判官役の途中交代も多かった。判決を決める評議に関わった12人のうち、初公判から結審まで全てに参加したのは3人のみだった。

 特殊な事情もあった。地裁や高裁の裁判官は10年に1度、裁判官の任期を更新されるが、岡口氏は弾劾裁判の途中で「再任を希望しない」と表明した。裁判官の任期を満了する4月12日までに判決を出す必要があった。

 一方、市民が裁判官とともに刑事裁判を審理する「裁判員裁判」では、争点や証拠、日程を事前に整理する手続きがある。弾劾裁判でも、同じように計画的・集中的に審理していれば、議員の入れ替わりを回避して、評議の時間をさらに確保できた可能性はある。

 裁判官役だったある議員は指摘する。「国会などの仕事とどう調整するかを考えていく必要がある」

 ■適切な制度設計、国会の責任

 日本大学の柳瀬昇教授(憲法)の話 弾劾裁判は憲法が保障する裁判官の身分を奪う極めて重い手続きで、慎重な議論と判断が求められる。1回のみの3時間の評議で十分な議論ができたのか、非常に疑問だ。結論を決めてから、理屈を構成した恐れがぬぐえない。

 弾劾裁判の目的は、不適格な裁判官を排除することで公正な裁判を維持し、国民の司法への信頼を確保することだ。そのため国会には適切な制度設計をする責任がある。議員たちが争点を十分に理解して判断するため、裁判が長期化した場合は中間の評議も行うべきだし、審理を迅速化させる改善策も必要だ。今回の裁判の問題点を踏まえ、制度の見直しに取り組むべきだ。

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