藤あや子さん 子宮体がんを経験 いま伝えたいことは

藤あや子さん 子宮体がんを経験 いま伝えたいことは
歌手の藤あや子さんは、2024年、子宮体がんと診断され、子宮と卵巣の摘出手術を受けたことを公表しました。

診断に至った経緯は?
手術を決断した時の心境は?

病気を経験し、それでも前を向いて一歩を踏み出す力はどこから来たのでしょうか。

多くの人を歌で魅了してきた藤さんの「病(やまい)体験」を聞きました。

(報道局 機動展開プロジェクト記者 金澤志江)

感じた異変、でも“放っておけば治るはず…”

藤あや子さんが体調に異変を感じたのは2024年3月のことでした。

長く続く不正出血とこれまではなかった腰痛の症状でした。

ただ、不正出血は過去にも経験したことがあり、腰痛もどこかで痛めたのかなという程度の受け止めでした。
「一瞬止まったなと思うとまた出血したり。3年ほど前に不正出血の経験があり、今回もまた薬で止めてもらえばいいんだろう、ぐらいの判断でした。腰痛についてもヨガやキックボクシングをふだんからやっているので、そのトレーニングで痛めたのかな、くらいで。『大丈夫、もうこんなのは放っておけば治るから』と思っていました」
夫に話すと「すぐに病院で検査をした方がいい」と言われましたが、当時は大阪公演が控えていました。

そして、腰痛に苦しみながらも、なんとか公演を成功させ、帰宅したところ…
「夫が勝手に婦人科を予約していたんですよ。私はようやく公演が終わって家に帰ったので『ちょっとのんびりしてから』と言ったら、『いや、そんなこと言ってられない』って。『翌日にもう予約入れておいたから』って」
藤さんは毎年受けている人間ドックの婦人科検診で、子宮の壁が厚くなっているものの治療までは必要ないと言われていました。

そのため、それほど深刻なものだと考えていませんでした。

しかし、大阪公演中に藤さんの症状について、いろいろと調べていた夫は本人以上に心配していたのです。

第一線で長年活躍する藤あや子さん

秋田県角館町出身の藤あや子さんは地元で民謡歌手として活動し、26歳の時に上京。1989年、藤あや子の名前で歌手として本格的に活動を開始します。

1992年に発売した「こころ酒」がヒットし、第43回紅白歌合戦に初出場。現在に至るまで第一線で活躍し続けています。大の猫好きで、保護活動にも取り組んでいます。

迫られた“子宮全摘”

婦人科を受診すると、検査を受けることになりました。

医師からは「黒に近いグレー」と言われましたが、その時点での診断名は「子宮内膜異型増殖症」。

子宮内膜が異常に分厚くなり、子宮体がんの“前がん状態”とされる症状でした。

さらに詳しい検査を受けることになりましたが、「がん」とは言われなかったため、どこかで楽観的に考えていました。

医師からは今後、がんになるリスクがあるため、子宮の摘出を提案されましたが、現実的なものとは受け止められなかったといいます。
「『私は絶対そんなことないから、がんでもないし、そんな増殖症ぐらいの感じで全摘なんてありえない』と夫に言ったんです。思い入れがありますし、夫に『全摘した方がいい』と言われた時には『あなたは男性だから分からないでしょうけれども、女性にとって子宮を取るということはすごく重いことなのよ』ってその時に言いましたね。取った場合に自分の体調にどのような影響があるのかもすごく心配でした」
それでも…

――もしがんだったらどうしよう。

検査の結果を待つ間、心の片隅に不安はあったといいます。

子宮内膜異型増殖症はがんになるリスクが高いという話を聞き、がんになって進行すると子宮以外の臓器にも広がっていくと説明も受けました。

そうなった場合のことを想像すると、怖くなりましたが、それでも「まだがんではないから」と思う自分もいたといいます。

そして、検査結果が告げられました。

「細胞の一部が『がん化』しています」

藤さんは「子宮体がん」と診断されました。


(※子宮体がんについての詳しい原因や症状、治療などは記事の後半に記載しています)

がんの診断 そして手術

がんの診断を受けてからの決断に迷いはありませんでした。
「『一部がん化しています』と言われた瞬間にもう決意が固まりました。『じゃあ、先生、すぐに取ってください』って。“うわっ体の中にがんがいるんだ、育ってるんだ”と思ったら1日も早く取りたいという気持ちに変わりました」
それまで感じていた抵抗感も無くなり、「悪いものは取ってしまおう」と子宮と卵巣の全摘を決意しました。
幸い早期の発見でした。

がんは初期で子宮の外への転移もなく、抗がん剤などの治療は必要ないとされました。

手術は「ダビンチ」と呼ばれる手術支援ロボットを使った内視鏡手術で行われました。

その際に医師に言われたひと言が印象に残っています。
「全身麻酔で手術を受けたのですが、自力呼吸ができないのでのどの奥に器具を挟む必要がありました。そのとき主治医の方から『歌手の方だから声帯に傷がつかないように器具を入れますね』と言われて、その瞬間『私、歌手だからのどを守らなきゃ』って思いました」
無事、手術は終わりました。

夫は術後すぐに、主治医から説明を受け、その中で、実際に摘出した子宮と卵巣を確認したそうです。

摘出したばかりの臓器を目の当たりにした夫がショックを受けているのでは、そう心配した藤さんに思いもかけないことばが返ってきました。
「『ショックじゃなかった?』って聞いたら、夫がひと言『いや、赤ちゃんのベッドを見せてもらったから』って言ったんです。私泣いちゃいましたね。子宮って言われてみれば『赤ちゃんのベッド』ですよね。そういう表現をしてくれたことがすごくうれしかったんです。

私と今の夫の間には子どもはいませんし、夫が父親になることはおそらくないので、それでも『赤ちゃんのベッドを見せてもらったから』っていう表現をしてくれた夫に対してありがたくて。体も心も傷ついている時に家族の温かいことばがあると、そうやって一緒に体のことを考えてもらえるとうれしいですよね」
手術後、藤さんは、すでに入っていたレコーディングや舞台の仕事に間に合わせようと、翌日から8階の病室と1階までの階段を往復するリハビリを始めました。

夫も一緒に歩いてくれました。

藤さんは順調に回復し、5日で退院しました。
「うちの夫、結構スパルタで『さあ歩こう』みたいな。『きついときは肩貸すよ』って言ってくれるのですが、こっちも意地を張って『大丈夫』とか言っていました。

外に出て青空を見たときに『わぁ、幸せ』って。ふだん感じることができない開放感や青空の美しさ、夫がそばにいてくれること、いつも当たり前に思っていたことがこんなにありがたいことなんだって感じました。前よりも一つ一つにすごく感情が入り込むようになりましたね」

病を経て歌に変化が

そして退院から10日後、仕事に復帰します。

吉幾三さんが作ってくれた新曲のレコーディングもありました。

民謡歌手出身の藤さんですが、民謡の歌い方でいきなりおなかに圧をかけ過ぎないように、ゆっくり、少しずつ腹圧をかけながら声を出していきました。
「声を出した瞬間、『ああ、よかった。声が出る』って。レコーディングでは私がスムーズに歌えるように、スタジオに入った瞬間に歌えるようにと、吉さんとスタッフが一生懸命作ってくれていて安心して歌うだけだったので、本当にありがたかったです。第1歩、声を出した瞬間『ああ、歌えた』っていう喜びがありました」
病気を経験して藤さんは自身の歌が変わってきたと感じているといいます。
「歌うこと、声を出すこと、これまでふつうにやってたことは当たり前じゃないんだなって。私の代表曲『むらさき雨情』も、何十年も歌ってきた歌なのに何かすごく気持ちが入り込んで。

リハーサルで歌ったら舞台の袖で聞いてた冬美さん(友人で歌手の坂本冬美さん)が『今までにないくらいすごくいい歌』って言うんですよ。自分の中でも今までと違うなって思いながら歌っていたんですけど、何十年もそばにいた彼女が聴いて感じてくれたんだと思ったらすごくうれしくて。歌にも影響があったんだって思いました」
坂本さんとは家族ぐるみのつきあいで、入院中におでんを作って持ってきてくれたそうです。

すべての女性に伝えたい

藤さんは、自身の子宮体がんの経験をブログなどで公表しました。

婦人科系の病気でもあり、公表することにためらいがなかったわけではないといいます。
「正直、婦人科の病気ということもあって、初めはこれを皆さんに報告しようかどうか、どういう影響があるか私なりに考えました。でも、今まで歌手としていろんな女性を歌ってきましたので、私はやっぱり女性側から女性を応援していく立場にもっともっとなっていかなくてはいけないんだとこの病気を機に特に思いました」
「歌でお返しするだけではなく、こういうことでヒントになること、皆さんの力になることにつながれば、という。年齢的、キャリア的にもそういうところに入ってきていると思うんです。若い時は『頑張ります』、『応援してください』って言っていたのが、今は自分が皆さんを応援してあげたい、特に若い女性を応援してあげたい。同世代の方もそうですけども。頑張ってる女性をもっともっと応援して元気になってほしいっていうことを病気を機に特に強く思うようになりましたね。人生の先輩として生きたいなと思います」
藤さんは実際に自分がかかるまで、子宮体がんという病について何も知らなかったそうです。

こうして発信することで、少しでも多くの女性にこの病気について知ってもらい、不調や異変を感じたらすぐに婦人科を受診して早期発見、早期治療につなげてほしい。

藤さんの願いです。
「時間が早ければ早いほど手術も簡単に済みますし、日常生活に戻るスパンも短くできますし、いいことだらけなんですよ。ですから自分もそうだったのですが『まあいいや』と思うのではなくて、やっぱりちょっとこう後押してくれる家族がそばにいてね、やっぱり誰かしらに相談することも大事だと思います。とにかく女性の皆さんは我慢しないで今の状態、今の自分の体を見つめ直して、病院に足を運んでほしいなと思います」

子宮体がんって?原因や症状、治療は?

子宮体がんとはどんな病気なのでしょうか。
女性の健康問題に詳しい、医師で東京科学大学の寺内公一教授に聞きました。

《1.原因は?》

「子宮体がん」は女性ホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)のバランスが何らかの原因で崩れ、子宮内膜の増殖が異常に進むことで起こるケースが多いとされています。

ウイルスが主な原因とされる「子宮頸(けい)がん」とは異なり、予防のためのワクチンはありません。

《2.検診は?》

子宮頸(けい)がんは国が定めるがん検診の対象となっていますが、子宮体がんは対象とはなっていません。

厚生労働省によりますと、これは無症状の人を対象に広く検査を行うことで死亡率が下がるという、科学的なエビデンスがないためだということです。

また、寺内教授によりますと、検査は子宮に器具を入れて内膜の細胞を削り取る必要があるため、体への負担もあり、何も症状がない場合は推奨されていないということです。

《3.気をつけるべき自覚症状は?》

子宮体がんは不正出血の症状がある人が多く、患者の9割にみられたというデータもあるということです。

国立がん研究センター「がん情報サービス」の統計では子宮体がんの患者は2020年に1万7779人で子宮頸(けい)がんよりも多くなっています。

40代後半から患者が増え始め、50代、60代でピークを迎えます。

更年期に伴う生理の不順なども起きやすい年代のため、不正出血なのかどうかを自分で判断するのは難しいこともあるということです。このため寺内教授は、通常の生理期間ではないのに出血する場合や生理のあとも出血が続くなどの異変を感じた場合は婦人科を受診してほしいとしています。

《4.治療は?》

子宮と卵巣、卵管を摘出する手術が標準的な治療となっています。

国立がん研究センター「院内がん登録2014ー2015」によりますと、がんが原因で亡くなった人だけを推定して算出する「ネット・サバイバル」と呼ばれる生存率の値は初期にあたる「ステージ1」で診断された場合は、5年で94.7%となっています。

初期の患者で、本人が妊娠を強く希望している場合は、がんの状態などの条件が整えば、一時的に子宮を温存して妊娠・出産できる場合もあるということです。
報道局 機動展開プロジェクト 記者
金澤 志江
2011年入局
仙台局や政治部を経て現所属
更年期障害や子宮体がんなど女性の健康問題について取材
藤あや子さん 子宮体がんを経験 いま伝えたいことは

WEB
特集
藤あや子さん 子宮体がんを経験 いま伝えたいことは

歌手の藤あや子さんは、2024年、子宮体がんと診断され、子宮と卵巣の摘出手術を受けたことを公表しました。

診断に至った経緯は?
手術を決断した時の心境は?

病気を経験し、それでも前を向いて一歩を踏み出す力はどこから来たのでしょうか。

多くの人を歌で魅了してきた藤さんの「病(やまい)体験」を聞きました。

(報道局 機動展開プロジェクト記者 金澤志江)

感じた異変、でも“放っておけば治るはず…”

藤あや子さんが体調に異変を感じたのは2024年3月のことでした。

長く続く不正出血とこれまではなかった腰痛の症状でした。

ただ、不正出血は過去にも経験したことがあり、腰痛もどこかで痛めたのかなという程度の受け止めでした。
「一瞬止まったなと思うとまた出血したり。3年ほど前に不正出血の経験があり、今回もまた薬で止めてもらえばいいんだろう、ぐらいの判断でした。腰痛についてもヨガやキックボクシングをふだんからやっているので、そのトレーニングで痛めたのかな、くらいで。『大丈夫、もうこんなのは放っておけば治るから』と思っていました」
夫に話すと「すぐに病院で検査をした方がいい」と言われましたが、当時は大阪公演が控えていました。

そして、腰痛に苦しみながらも、なんとか公演を成功させ、帰宅したところ…
「夫が勝手に婦人科を予約していたんですよ。私はようやく公演が終わって家に帰ったので『ちょっとのんびりしてから』と言ったら、『いや、そんなこと言ってられない』って。『翌日にもう予約入れておいたから』って」
藤さんは毎年受けている人間ドックの婦人科検診で、子宮の壁が厚くなっているものの治療までは必要ないと言われていました。

そのため、それほど深刻なものだと考えていませんでした。

しかし、大阪公演中に藤さんの症状について、いろいろと調べていた夫は本人以上に心配していたのです。

第一線で長年活躍する藤あや子さん

第一線で長年活躍する藤あや子さん
デビュー当時の藤さん
秋田県角館町出身の藤あや子さんは地元で民謡歌手として活動し、26歳の時に上京。1989年、藤あや子の名前で歌手として本格的に活動を開始します。

1992年に発売した「こころ酒」がヒットし、第43回紅白歌合戦に初出場。現在に至るまで第一線で活躍し続けています。大の猫好きで、保護活動にも取り組んでいます。

迫られた“子宮全摘”

婦人科を受診すると、検査を受けることになりました。

医師からは「黒に近いグレー」と言われましたが、その時点での診断名は「子宮内膜異型増殖症」。

子宮内膜が異常に分厚くなり、子宮体がんの“前がん状態”とされる症状でした。

さらに詳しい検査を受けることになりましたが、「がん」とは言われなかったため、どこかで楽観的に考えていました。

医師からは今後、がんになるリスクがあるため、子宮の摘出を提案されましたが、現実的なものとは受け止められなかったといいます。
「『私は絶対そんなことないから、がんでもないし、そんな増殖症ぐらいの感じで全摘なんてありえない』と夫に言ったんです。思い入れがありますし、夫に『全摘した方がいい』と言われた時には『あなたは男性だから分からないでしょうけれども、女性にとって子宮を取るということはすごく重いことなのよ』ってその時に言いましたね。取った場合に自分の体調にどのような影響があるのかもすごく心配でした」
それでも…

――もしがんだったらどうしよう。

検査の結果を待つ間、心の片隅に不安はあったといいます。

子宮内膜異型増殖症はがんになるリスクが高いという話を聞き、がんになって進行すると子宮以外の臓器にも広がっていくと説明も受けました。

そうなった場合のことを想像すると、怖くなりましたが、それでも「まだがんではないから」と思う自分もいたといいます。

そして、検査結果が告げられました。

「細胞の一部が『がん化』しています」

藤さんは「子宮体がん」と診断されました。


(※子宮体がんについての詳しい原因や症状、治療などは記事の後半に記載しています)

がんの診断 そして手術

がんの診断を受けてからの決断に迷いはありませんでした。
「『一部がん化しています』と言われた瞬間にもう決意が固まりました。『じゃあ、先生、すぐに取ってください』って。“うわっ体の中にがんがいるんだ、育ってるんだ”と思ったら1日も早く取りたいという気持ちに変わりました」
それまで感じていた抵抗感も無くなり、「悪いものは取ってしまおう」と子宮と卵巣の全摘を決意しました。
幸い早期の発見でした。

がんは初期で子宮の外への転移もなく、抗がん剤などの治療は必要ないとされました。

手術は「ダビンチ」と呼ばれる手術支援ロボットを使った内視鏡手術で行われました。

その際に医師に言われたひと言が印象に残っています。
「全身麻酔で手術を受けたのですが、自力呼吸ができないのでのどの奥に器具を挟む必要がありました。そのとき主治医の方から『歌手の方だから声帯に傷がつかないように器具を入れますね』と言われて、その瞬間『私、歌手だからのどを守らなきゃ』って思いました」
無事、手術は終わりました。

夫は術後すぐに、主治医から説明を受け、その中で、実際に摘出した子宮と卵巣を確認したそうです。

摘出したばかりの臓器を目の当たりにした夫がショックを受けているのでは、そう心配した藤さんに思いもかけないことばが返ってきました。
「『ショックじゃなかった?』って聞いたら、夫がひと言『いや、赤ちゃんのベッドを見せてもらったから』って言ったんです。私泣いちゃいましたね。子宮って言われてみれば『赤ちゃんのベッド』ですよね。そういう表現をしてくれたことがすごくうれしかったんです。

私と今の夫の間には子どもはいませんし、夫が父親になることはおそらくないので、それでも『赤ちゃんのベッドを見せてもらったから』っていう表現をしてくれた夫に対してありがたくて。体も心も傷ついている時に家族の温かいことばがあると、そうやって一緒に体のことを考えてもらえるとうれしいですよね」
手術後、藤さんは、すでに入っていたレコーディングや舞台の仕事に間に合わせようと、翌日から8階の病室と1階までの階段を往復するリハビリを始めました。

夫も一緒に歩いてくれました。

藤さんは順調に回復し、5日で退院しました。
「うちの夫、結構スパルタで『さあ歩こう』みたいな。『きついときは肩貸すよ』って言ってくれるのですが、こっちも意地を張って『大丈夫』とか言っていました。

外に出て青空を見たときに『わぁ、幸せ』って。ふだん感じることができない開放感や青空の美しさ、夫がそばにいてくれること、いつも当たり前に思っていたことがこんなにありがたいことなんだって感じました。前よりも一つ一つにすごく感情が入り込むようになりましたね」

病を経て歌に変化が

そして退院から10日後、仕事に復帰します。

吉幾三さんが作ってくれた新曲のレコーディングもありました。

民謡歌手出身の藤さんですが、民謡の歌い方でいきなりおなかに圧をかけ過ぎないように、ゆっくり、少しずつ腹圧をかけながら声を出していきました。
「声を出した瞬間、『ああ、よかった。声が出る』って。レコーディングでは私がスムーズに歌えるように、スタジオに入った瞬間に歌えるようにと、吉さんとスタッフが一生懸命作ってくれていて安心して歌うだけだったので、本当にありがたかったです。第1歩、声を出した瞬間『ああ、歌えた』っていう喜びがありました」
病気を経験して藤さんは自身の歌が変わってきたと感じているといいます。
「歌うこと、声を出すこと、これまでふつうにやってたことは当たり前じゃないんだなって。私の代表曲『むらさき雨情』も、何十年も歌ってきた歌なのに何かすごく気持ちが入り込んで。

リハーサルで歌ったら舞台の袖で聞いてた冬美さん(友人で歌手の坂本冬美さん)が『今までにないくらいすごくいい歌』って言うんですよ。自分の中でも今までと違うなって思いながら歌っていたんですけど、何十年もそばにいた彼女が聴いて感じてくれたんだと思ったらすごくうれしくて。歌にも影響があったんだって思いました」
坂本さんとは家族ぐるみのつきあいで、入院中におでんを作って持ってきてくれたそうです。

すべての女性に伝えたい

藤さんは、自身の子宮体がんの経験をブログなどで公表しました。

婦人科系の病気でもあり、公表することにためらいがなかったわけではないといいます。
「正直、婦人科の病気ということもあって、初めはこれを皆さんに報告しようかどうか、どういう影響があるか私なりに考えました。でも、今まで歌手としていろんな女性を歌ってきましたので、私はやっぱり女性側から女性を応援していく立場にもっともっとなっていかなくてはいけないんだとこの病気を機に特に思いました」
「歌でお返しするだけではなく、こういうことでヒントになること、皆さんの力になることにつながれば、という。年齢的、キャリア的にもそういうところに入ってきていると思うんです。若い時は『頑張ります』、『応援してください』って言っていたのが、今は自分が皆さんを応援してあげたい、特に若い女性を応援してあげたい。同世代の方もそうですけども。頑張ってる女性をもっともっと応援して元気になってほしいっていうことを病気を機に特に強く思うようになりましたね。人生の先輩として生きたいなと思います」
藤さんは実際に自分がかかるまで、子宮体がんという病について何も知らなかったそうです。

こうして発信することで、少しでも多くの女性にこの病気について知ってもらい、不調や異変を感じたらすぐに婦人科を受診して早期発見、早期治療につなげてほしい。

藤さんの願いです。
「時間が早ければ早いほど手術も簡単に済みますし、日常生活に戻るスパンも短くできますし、いいことだらけなんですよ。ですから自分もそうだったのですが『まあいいや』と思うのではなくて、やっぱりちょっとこう後押してくれる家族がそばにいてね、やっぱり誰かしらに相談することも大事だと思います。とにかく女性の皆さんは我慢しないで今の状態、今の自分の体を見つめ直して、病院に足を運んでほしいなと思います」

子宮体がんって?原因や症状、治療は?

子宮体がんとはどんな病気なのでしょうか。
女性の健康問題に詳しい、医師で東京科学大学の寺内公一教授に聞きました。

《1.原因は?》

「子宮体がん」は女性ホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)のバランスが何らかの原因で崩れ、子宮内膜の増殖が異常に進むことで起こるケースが多いとされています。

ウイルスが主な原因とされる「子宮頸(けい)がん」とは異なり、予防のためのワクチンはありません。

《2.検診は?》

子宮頸(けい)がんは国が定めるがん検診の対象となっていますが、子宮体がんは対象とはなっていません。

厚生労働省によりますと、これは無症状の人を対象に広く検査を行うことで死亡率が下がるという、科学的なエビデンスがないためだということです。

また、寺内教授によりますと、検査は子宮に器具を入れて内膜の細胞を削り取る必要があるため、体への負担もあり、何も症状がない場合は推奨されていないということです。

《3.気をつけるべき自覚症状は?》

子宮体がんは不正出血の症状がある人が多く、患者の9割にみられたというデータもあるということです。

国立がん研究センター「がん情報サービス」の統計では子宮体がんの患者は2020年に1万7779人で子宮頸(けい)がんよりも多くなっています。

40代後半から患者が増え始め、50代、60代でピークを迎えます。

更年期に伴う生理の不順なども起きやすい年代のため、不正出血なのかどうかを自分で判断するのは難しいこともあるということです。このため寺内教授は、通常の生理期間ではないのに出血する場合や生理のあとも出血が続くなどの異変を感じた場合は婦人科を受診してほしいとしています。

《4.治療は?》

子宮と卵巣、卵管を摘出する手術が標準的な治療となっています。

国立がん研究センター「院内がん登録2014ー2015」によりますと、がんが原因で亡くなった人だけを推定して算出する「ネット・サバイバル」と呼ばれる生存率の値は初期にあたる「ステージ1」で診断された場合は、5年で94.7%となっています。

初期の患者で、本人が妊娠を強く希望している場合は、がんの状態などの条件が整えば、一時的に子宮を温存して妊娠・出産できる場合もあるということです。
報道局 機動展開プロジェクト 記者
金澤 志江
2011年入局
仙台局や政治部を経て現所属
更年期障害や子宮体がんなど女性の健康問題について取材

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