【石毛博史 火消しは任せろ(10)】堀内恒夫投手コーチも大きな出会いでした。いい時の僕を知ってくれていて、線路から軌道が外れそうになったら「いい時はこうだったよ」と元に戻してくれるような人です。石毛をもっとよくしようとか、こうしなさい、ではない。フォームを触りたがるコーチはたくさんいると思うんですけど、僕は出会ったことがない。教え魔に当たらなかったことが運がよかったです。他球団だったら…とか、ほっといてあげればいいのにな、とか。つぶれていった選手をいっぱい見ましたし、教えないのも指導なんです。
堀内さんは「ホームベースを踏ませなければいい」という考え方。走者を何人出そうが、点を取られなければ負けない。野球は点取り合戦であり、点取られない合戦でもある。うまく僕を誘導してくれ、メンタル面で支えてもらっていたと思います。
ファンをハラハラさせながら抑えることで「石毛劇場」なんて言われましたが、堀内さんからは「点を与えてないならお前の勝ちだ」って言われていました。悔しいし、今に見ていろって思いはありますよ。開き直って自分で「石毛劇場」って言ったことも(笑い)。僕がコールされると相手のファンが沸いたりね。
1990年代はヤクルトが強かったですし、乱闘なんかもあったけど、やはり甲子園での阪神戦が異様な空気でしたね。僕がマウンドにいて相手を追い込んでいると、怒った阪神ファンが外野にラジカセやウイスキーのボトルを投げ込んで、試合が中断したこともありました。それは「石毛劇場」とは逆で僕が出たらもうやばい、みたいな時ですね。
後年、阪神ファンからの声は「石毛には勝たせてもらった」もあれば「石毛が出たらテレビを消した」とか、いろいろですよ。成績を見れば阪神からのセーブが一番多いんですが、押し出しサヨナラとかのイメージが強いのかもしれません。
甲子園で投げていると地鳴りがするんです。1球投げるごとにウワ~っとなるんで、それに気持ちが揺さぶられることはあったと思います。後年、阪神に移籍しての巨人戦では、僕が投げている時は相手の攻撃なんで、逆にすごく静かに感じました(笑い)。それもまた異様でしたね。
巨人で優勝して銀座のパレードもやったし、阪神で優勝して大阪・御堂筋パレードもやらせてもらった。巨人では「優勝、おめでとう!」で、阪神では「優勝、ありがとう!」なんです。巨人ファンは他人事で阪神ファンは自分事。巨人は全国にファンがいると思っていましたが、愛され方が全然違うんだなって思いましたね。
巨人時代は長嶋茂雄監督と一緒にできてよかった。セーブ王を取らせてもらい「勝利の方程式」という洗脳を他球団に与えてくれた。ずっとスターだった人で、何よりファンのことを第一に考えている人でした。












