ACT2:星は雲を掴む

 敵機はさっそく攻撃を仕掛けてきた。右肩のチェーンガンが火を吹き、エストは廃ビルの陰に隠れて攻撃を回避。弾痕が小爆発と共に刻まれていき、ハイパー超軽量鉄骨コンクリートと癒着した樹皮を吹き飛ばしていく。

 おそらくあいつは〈クリムゾン〉ではない。記憶が確かで、まだ奴が装備を捨てていないのだとしたら、〈クリムゾン〉は〈ネペンテス〉の〈Astra Regulus-71〉と同じような固有兵装を所有していた。有り合わせのCV兵装——コーパルギアだけの武装ではないはずである。


 敵の武装は右肩の二五ミリ口径のチェーンガンと、左肩のコーパルパルスシールドユニット、右腕のハンドグレネードランチャー、左腕のコーパルブレード。

 全体的なフォルムはスマートな男性的なそれで、エストの重量級アセンブルの〈ネペンテス〉と違い見るからに四五トン以上七〇トン以下の中量級アセンブルである。一般的と言えばそれまでだが、目立った弱点がなく扱いやすいという利点は非常に大きい。

 こちらが七六・二トンもあるグラマーな機体構成なのに対し向こうは研ぎ澄まされた筋肉質な印象を受ける。

 脚部は中量二脚、全体的に流線型のフォルムで高さは十三メートルと少し。典型的な第四世代機だ。

 ルナほど高度な戦術補助コーパロイドは載せてはいまい。通常、CVは単独操縦だからだ。


「応答しろ所属不明機。お前は誰だ。何の目的があって襲ってきた」

「俺のことはパーソナルネームで呼んでくれればいい。〈エリュトロン〉だ。〈ネペンテス〉、お前が目障りなんだよ。この十三年、こそこそとうちのボスを嗅ぎ回ってくれたな」

「……〈クリムゾン〉を知っているんだな。いいだろう、締め上げて殺す前に聞き出してやる」

「エスト、冷静に。乗せられてはダメです」

「わかっている」


 エストは深呼吸。ヘルメット内の酸素マスクから酸素を吸い込んで、思考をクリアにする。強化人間といえど、血中酸素濃度が下がったりすればさまざまなデメリットが生じ、多くの不都合を生む。特に脳へ酸素が行き渡らないとまともな思考力を発揮できない。くだらない妄想——怒りに支配され、扁桃体が悪い意味で興奮し、冷静さを欠く要因になる。

 優れた戦士は殺意と狂気を飼い慣らし、冷静にその手綱を握る者だ。エストは十三年の戦歴で、二十七歳という若さでその答えを掴んでいた。


 加えてCVは最低でも優に時速二五〇キロは超える速度で縦横無尽に移動し、エストの機体は最高時速三八〇キロに達する。肉体にかかる負荷は、尋常ではない。こんなもの、常人に操縦できるはずがなかった。

 激しい重力加速による血流の圧迫、阻害、ブラックアウト現象をはじめとした意識障害。加えて凄まじい量の判断を超高速で行う高度なマルチタスクは、強化人間をしてようやく可能な境地だ。


 廃ビルの合間を縫って〈エリュトロン〉の側面に回り込み、コーパルライフルブレード〈Astra Regulus-71〉を射撃。バースト射撃で三点射するが、〈エリュトロン〉はすかさず瞬間加速機能であるアクセルブーストを駆使して回避。おそらく、被照準を気取られていたに違いない。

〈ネペンテス〉は構わず射撃。ライフルがオーバーヒートするまで撃ち続ける。

 敵は素早く小刻みな動作で回避し、直撃軌道にあるエナジー弾はシールドで防いだ。コーパルをパルス照射して斥力フィールド化し、あらゆる攻撃を減殺するシールドユニットである。

 故にコーパルパルスシールドは、現在様々な場で用いられる。当然、CVに積載するためコーパルギア化し、販売する企業も存在した。


 だが、どんな兵装にも弱点はある。

 エストは八連装ミサイルをロックし、発射。敵はダッシュブーストで一気に加速してミサイルを振り切らんとした。

 地上をスケートリンクの上を滑るように滑走し、邪魔な障害物を軒並み吹き飛ばしながら、ミサイルの弾着を回避。

 一五〇メートルを一瞬で駆け抜けたそこへ、エストはルナの照準補助を受けた二〇〇ミリハイパワーランチャーを叩き込む。

 ミサイルはこのための布石だ。

 飛翔した二〇〇ミリ特殊榴弾が接近、〈エリュトロン〉は咄嗟の判断でシールドを展開する。


 爆轟衝撃波が駆け抜け、凄まじい勢いで〈エリュトロン〉がノックバック。爆炎が尾を引いて棚引き、もうもうと舞う土埃が風に吹き払われると、〈エリュトロン〉のシールドの放熱ユニットが高速で回転し、冷却モードに入っていた。

 これで一定時間の間、鬱陶しいシールドは防げる。

〈ネペンテス〉がダッシュブーストで〈エリュトロン〉に接近した。左腕の可変式作業アームを手指型作業アームの状態で拳を握り込み、思い切り殴りつける。

 エストとルナの愛機は馬力からして違う。一般的な第四世代機を一〇〇%とした場合のおよそ四九七%の馬力を誇り、単純計算で五倍のパワーがある。

 当然、パンチだけでもバカにならない威力を生む。総重量が七六トン以上もある重量級機体なのに時速三八〇キロも出せるのも、その馬力を生む特別なリアクターが理由だ。


〈ネペンテス〉の左拳が〈エリュトロン〉の左肩、シールドユニットを粉砕した。左肩部が砕け散り、油圧ブレーキオイルであるフルードが撒き散らされるがすぐさまダメージコントロールが働き、回路をシャットアウト。ダメージを最小限にとどめる。

 フルードは二〇四度以上で発火することが確認されており、非常に高温に達するコーパル系兵装の前では引火しやすい。ダメージコントロール回路によるシャットアウトシステムがなければ延焼をおこし、機体は内側から焼かれ、最悪パイロットは蒸し焼きになる。


 左拳で相手の胸をぶん殴った。CVの胸部はそのままコクピットである。だから大抵のCVは胸を分厚くし、男性型のデザインのそれは胸筋の張ったマッチョのように見えるし、女性型の意匠を取り入れたCVは乳房の豊かなグラマーなヒトに見える。

 強化セラミックとラハトラム合金の複合装甲がひしゃげた。純粋なパワーは圧倒的に〈ネペンテス〉が勝っている。だが敵もさるもの、即座にオートリカバーウェアを作動させ、装甲と腕部の傷を再生させる。

 コーパルを利用したナノエイドと呼ばれる、修復用ナノコーパル補修剤を使ったのだ。ナノエイドを受容する装甲やパーツをオートリカバーウェアと呼び、それは流行りのカードゲーム風に言えばヒットポイントを回復するポーションのようなものである。

 あろうことかシールドユニットまで再生。どうやら形状復号を司るコアを破壊できていなかったらしい。


「特殊交差星型五六気筒コーパルリアクターだな。そんなものをどこで手に入れた。特研局特務研究技術開発局の遺産じゃないか」


 チャンネルを無理やりこじ開けて、暗号通信が入ってきた。ルナが即座にウイルス解析。問題がないことをモニターに映し、エストは応答する。


「拾った」

「運がいいな。〈ネペンテス〉を売ってくれるなら金輪際困らんだけの"メタル"とコーパルを恵んでやろう。どうだ?」

「ことわる」


 エストははっきりと言った。

〈ネペンテス〉だけあっても意味がない。〈ネペンテス〉には高度なパイロット認証機構が組み込まれており、エストが死ぬまでエスト以外をパイロットとは認識しない、生存前提の認証機構が働いているのだ。それをあいつが知れば、エストの身の安全の保証なんぞは塵紙のように破り捨てられるだろう。

 それにこの機体の複雑な制御を可能とする人工知能は高度なホロブレインでなくてはならず、つまりそれは生前人間であった者がコーパロイドになるか、初めからコーパロイドとして生み出されたルナでなくてはならない。

 特殊交差星型五六気筒コーパルリアクターは確かに凄まじい出力だが、極めてじゃじゃ馬だ。素人が乗り回そうとしたって振り回されて満足に自走もさせられまい。ルナなしに、この機体はあり得ないのである。


「お前はなぜ〈クリムゾン〉を追う?」

「お前には関係ない」

「なくはないだろう。紅緋色の名を借り受けた者として知る必要がある。それに俺の敬愛するボスだ。答えてくれ」

「……復讐。それ以上に理由なんてない」


 奥歯を砕きかねんばかりに吐き捨てる。

 ライフルブレードを赤色の名を冠した〈エリュトロン〉に向け、エストは言う。


「俺が勝ったら奴の居場所を答えろ。さもなくば生きていることを後悔する目に合わせる」

「いいだろう。俺の知る限りは答えてやる」


〈エリュトロン〉が右手に握るハンドグレネードランチャーをぶっ放した。八〇ミリの榴弾が迫り、〈ネペンテス〉を右にアサルトステップさせて回避。榴弾が弾着、爆風と破片が散る。〈ネペンテス〉は全身エルメリアン合金装甲。高速徹甲弾や特殊化学榴弾に対して高い耐性を持ち、融点、硬度、靱性においても一般的なコーパル金属の上をゆく合金素材だ。

 榴弾の破片程度では大したダメージにはならない。生身で喰らえば全身ズタズタに引き裂かれるだろうが、CVであればなんら問題にならない。

 エストは左腕部の格納式二〇ミリマシンガンを撃った。即座にシールドが作動し、コーパルのパルスシールドがそれを弾く。


「同じ手は通用しないとして、どうしたもんかな」

「パルスシールドは継続的に接触するものに弱いという弱点があります。物理的なシールドは別ですが、コーパル由来の斥力系フィールド装置は特に顕著です」

「なるほど、その手があったか」


 エストはミサイルをロック。相手は気づいていない。当然だ。被照準は奴に向いていない。

 狙いは〈エリュトロン〉の左脇にある朽ちたビル。

 発射。

 八連のミサイルがコンテナから射出され、咄嗟に〈エリュトロン〉がチェーンガンで二基撃墜。だが六基のミサイルがビルに直撃し、崩壊を招いた。

 瓦礫が落下し、シールドに接触。弾丸やエネルギー弾、爆発のように一瞬の接触ではなく継続した接触が続き、オーバーヒートを起こす。


「くそっ」


 無線越しに舌打ちが聞こえた。


〈エリュトロン〉がブレードを振り回して瓦礫を吹き飛ばし、遠距離からの引き撃ちを警戒して敢えて突っ込んできた。

 右手のグレネードランチャーを乱射。エストとルナは短くスラスターを吹かしながら榴弾の直撃を避ける。すぐに〈エリュトロン〉はランチャーを投げ捨て、格納式のコーパルダガーを展開。さらに左腕のコーパルブレードの出力を上げる。


 エストも左腕部の格納式コーパルダガーを展開した。ダガー同士が激しく激突し、火花を散らす。第四世代機は一般的な人間を一七五センチとしたら、およそ八倍の大きさ。ダガーも、通常三〇センチとしたらCV用のそれは二四〇センチ。立派な巨大剣だ。

 上段から迫る相手のブレードを、エストは〈Astra Regulus-71〉の刃で受け止めて弾き返し、頭部の脇を掠めたダガーに肝を冷やしつつ相手の腹部を蹴り付ける。

 ナノエイドは積載量の観点から一個、ないしは二個が持ち込み量の限界だ。よくてあと一度回復してくるが——。


「まずはシールドのコアを破壊しましょう」

「肩の付け根からぶち壊すのが速い」


 エストは言い切って、加速。肩からタックルをかまし、相手を怯ませて半壊したビルにめり込ませる。粉塵が激しく舞い、砂礫と瓦礫がパラパラ落ちた。放熱器が回転するシールドユニットにライフルブレードの刃先を捩じ込んで、肩口まで一気に切り下ろした。

 激しい火花が散り、油圧作動油の類が引火。ダメージコントロール回路が次々機能を切り捨てていき、予備回路と接続。延焼部位に冷却水を吹きかける。


「シールドを執拗に狙うな」

「鬱陶しいものから潰すのは定石だ」

「メインのおかずは最後に取っておくタイプか?」

「食事の嗜好に口出しされていい気になるやつはいないとだけ教えておいてやる。何をどう食おうがそいつの勝手だ」


 エストは——〈ネペンテス〉は左拳を振りかぶった。〈エリュトロン〉が瞬時に、不自然な体勢からメインブースター、スラスター、姿勢制御バーニアを点火。めちゃくちゃな勢いで加速し、その場から逃れる。

 鉄拳が戦車砲さえ防ぎ切るハイパー超軽量鉄筋コンクリートのビル壁をぶち抜き、エストはすぐさまクイックターン。背後でダガーを振りかざす〈エリュトロン〉の右腕を、左腕のダガーで押さえ込んだ。

 エストは頭突きで相手の虚を突くと、脇腹にライフルブレードの柄を叩き込んで衝撃を加える。

 CVは一定の間隔で、閾値いきちを超えた衝撃度数が加わると制御機構の麻痺が生じる。戦闘補助AIの一時的な機能不全と言い換えていい。


 さらに蹴りを二発、足裏を叩きつける一撃の後一気に踏み込んで膝蹴りを加え、左拳のアームハンマーを右肩のチェーンガンに叩き込んで銃身をへし折り、顔面にパンチ。流線型のヘッドパーツが歪み、モノアイがいびつに輝く。


 相手の動きが明らかに鈍った。

 スタン状態だ。エストはサイドスカートからワイヤーを取り出して相手を縛り上げ、その場に転がしてコクピットにライフルブレードの銃口を向ける。


「答えろ。〈クリムゾン〉はどこだ」

「やるな……純粋に、喧嘩が強いようだ。それで、それを知ってどうする」

「知れたこと。わかりきったことを聞くな」

「お前じゃああの方には敵わんぞ」

「てめえが決めることじゃねえ。答えたくないならこのまま殺す。五秒以内に答えればコクピットを切り離してその辺に転がしといてやる」

「……西の城跡にいる。そこが〈クリムゾン〉の現在の拠点だ」


〈エリュトロン〉は意外なほどあっさりとゲロった。もう少し粘られると思ったが、そんなことはなかった。

 あるいはそれは、〈クリムゾン〉への信頼かも知れない。奴が負けるはずがないというある種の信仰が、そうさせるのだろう。

 エストは宣言通りブレードで相手のコクピットブロックを丁寧に切り出し、そこに転がした。うまくいけば誰かと合流できるだろうが、十中八九ドリュアスか"マシナリー"の餌である。

 コクピットのフロントアーマーが爆圧で弾き飛ばされ、カービンライフルとサバイバル用品を詰めたザックを背負った、コーパル式の強化機械鎧パワードメイルに身を包んでいる男が降りてきて、彼は〈ネペンテス〉を見上げたのち、去っていった。


 エストは渇いた喉を潤すために伸びているマウスピースを加えて塩分とハチミツ、レモンを混ぜ込んだ補水ドリンクを飲み込み、一呼吸つく。

 ルナがエストの肩に手を添えた。気遣わしげなその手つきに、エストは多少の鬱陶しさと苛立ちのようなものを感じる。

 俺は他者から気遣われるほど弱い人間ではない。その反骨精神が湧き上がり、エストは肩を跳ねさせて手を弾いた。

 十三年前のあの日から、エストは人に頼ることをやめた。より正確には、他者と繋がることをやめた。

 失い傷つくくらいなら、得ない方がいい。お偉いカウンセラーという連中は典型的な回避性パーソナリティ障害だとか言ったが、別に、障害だとは思わない。ただ、自分なりの生存戦略としてそれを選んだだけで、事実、それで十三年生き延びてきた。


 村に残っていたオンボロの作業ローダー——CLコーパルローダーで屑浚いの仕事を始め、パーツを買い漁って、三年前、迷い込んだ特研局の軍事施設の跡地でルナと〈ネペンテス〉を見つけた。CV操縦の基礎はCLと原則変わらない。十年の経験があったエストは、ルナの補助もありすぐに〈ネペンテス〉をモノにした。

 だから決して、自分は他者を恐れているわけではない。自分についてこれない弱者に興味が湧かないだけだ。

 この世界は弱肉強食という絶対の掟がそこにあり、あらゆる生物は、その掟に従って生きている。

 その上で群れずに、己とルナと〈ネペンテス〉だけで生きると決めたのならば、それは識者ぶったやつらが後ろ指をさして半笑いで見下しながら病気だ障害だなどと揶揄されるものではなく、立派な生き方なのだ。


「……亜空間サブスペースポーチに色々詰め込もう。オカムシペの蟹卵は金持ち階級の間じゃ珍味だ」

「そうですね。手分けしましょう」


 エストたちは〈ネペンテス〉をビルの陰に駐機し、片膝立ち状態にしてコクピットから飛び降りた。

 倒したドリュアスの素材は新たな武装開発、食料、あるいは何らかの宝飾品に用いられる財源だ。そのあとは〈ネペンテス〉に戻り、より大きなサブスペースポーチに破壊したCVの残骸を回収し、廃品回収に回すことで小遣いを稼ぐ。屑浚いの鉄則であり、彼らが屑を浚うと、そう呼ばれる所以だった。

 エストとルナは機内に置いてあった銃を握り、折りたたんでいたストックを伸ばし、銃身を切り詰めたカービンライフルを構え、倒したオカムシペの解体作業に取り掛かる。


 そうやって、エストたちの仕事は最後の仕上げに差し掛かるのだった。

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