幸せとは手をつなぐこと。
東京在住の女性S様から「病気が見つかって一回死にかけたけれど、無事に生還した。生還したら坂爪さんに会わなくちゃと思った」と連絡をもらった。私の正しい使い方である。病み上がりの私に、S様は料理を作ってくれた。同じ料理でも、生命力を感じるものと、まったく生命力を感じないものがある。生命力があるものは栄養になっている気がするが、生命力がないものは空洞を作っている気がする。料理に限らず、人も、時間も。
病気になった時は、病気を治すことだけが目的になっていた。病気の自分がアイデンティティになっていて、病気を治したいのに、病気を治したくない自分もいて、私は何をやっているのだろうと思った。病気を作ったのは自分だから、病気を排除することは、自分が生んだこどもを排除することと同じだと思った。だから、病気の声を聞くようにした。最初は「いてもいいよ」と思ったが、自分のこどもに「いてもいいよ」と言うのは、優しいけれど、どこか冷たいような気がした。いてもいいよではなく、いたらいいよと思ったら、病気が消えた。S様は、そのようなことを言った。
療養中は、自分の体を撫でながら、自分に声をかけ続けた。ゆっくりと自分の心が語り出して、本音が出てきて、涙が出ることもたくさんあった。病気を治すとか、病気を治さないとか、愛されたかったとか、愛されなかったとか、そんなことよりも私は魂が喜ぶ生き方をしたいんだと思った。あれをしなくちゃとか、これをしなくちゃとか、自分を役に立つ人間にするために急き立てるのではなくて、ただ、ここにあることの幸せをたたえながら、魂が喜ぶ生き方をしたいんだと思った。
熱海の家では、日光浴をしたり、読書をしたり、音楽を聴いたり、横になって眠ったりしながら、私は私のやりたいことをやり、S様はS様のやりたいことをやった。時折、S様は「ここにいることが不思議だ」と口にした。静かで、なにもなくて、光にあふれていて、鳥の声だけが聞こえている。世界から優しく放っておいてもらっている気がする。豊かで、充実している。ここにいると、先のことを考えない。S様は、天国みたいだと言って泣いた。言葉は、あまり交わさなかった。涙が、たくさんのことを語っているように思った。
S様は「こんなことをお願いするのはおかしいかもしれませんが、少しだけ手をつないでくれませんか」と言った。言葉ではなくて、手にふれること、体にふれることで、頭ではなく、心で感じられることがある。過去や未来ではなくて、いま、ここにある幸せを感じることができる。人間の形をしたさみしさが溶け出して流れて、人間ではない一匹の動物のようになる。一つの生命になる。別れ際、S様は「ハグしてください」と言った。S様は、人間にはこう言う時間が必要だと思うと言った。幸せとは、手をつなぐことだと思った。
おおまかな予定
1月11日(土)静岡県熱海市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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