第33話 使い手を選ぶ妖刀

「お会計ありがとうございます」

「はーい、ご馳走様です。美味しかったです」


 そういうと、店員は嬉しそうに微笑んだ。暁人は幼い頃から感謝は素直に口にしろ、と教育されてきたので、飲食店だろうがコンビニだろうが店員にはありがとうございます、という。

 中学の頃「恥ずかしいからやめろよ」と言ってきたやつもいたが、暁人はそいつとは早々に縁を切った。なんとなく、こいつといると感謝を蔑むカス野郎だ、と思われそうだったからだ。そういう冷淡さも、暁人には少なからずある。

 その点梶原はわかりやすい男で、「ごちそーさまでしたー! 美味しかったでーす」と厨房に声をかけていた。本当に純粋で、いいやつなのだ。走るスピーカーという欠点さえなければ完璧である。


 口直しのハッカ飴をもらい、暁人はそれを舐めながら車に乗る。子供の白奈にはいちご飴が握らされ、彼はそれを少し難儀しながら開けて食べた。車には、井上の兄の几帳面さゆえか列ごとにゴミ箱があり、そこにゴミを入れる。


「呪具屋ってどんなとこ?」白奈が聞いてきた。

「ひょっとしたらつまらない店かもしれないけど、呪具がいっぱい並んでる店だ。陰陽師用のものや、自衛用の呪具……ひょっとしたら白奈もそのうち握ったりするかもしれないな」

「父上が呪具の数珠飾りを持ってるけど、それは術を吸収して無効化するものなんだって」

「凄い性能だな。普通は抵抗力を増すとかって性能なんだけど、吸収か。俺の法陣みたいなことができるんだな」


 焜が、「桜花さんの術式もそんな感じじゃなかった? 吸収とストックと放出。なんだっけ、〈百鬼万劫ひゃっきばんこう〉とかって術。攻撃無力化された挙句奪われるなんて凄い術よね」

「噂には聞いたんだが、適応過程無視して吸収だからな。確か八龍の空龍がそんな能力だったが」

「何よ、ヤマタノオロチ無敵じゃない」

「問題は俺自身の龍化だ。八岐が俺の自我を奪う気ないって分かっただけ安心だが、力が馴染めば馴染むほど俺はファンタジー小説的な龍人に近づいてく。まあ、俺は別にどんな姿になろうが、俺は俺だと自覚できるがな」


 図太いというか我が強いのは、溟月人、そして妖怪の特徴である。自己を強く保持し、保全することは妖力の制御力にも通じる。自分を見失った術師はその力を著しく失い、いわゆる、迷走期に入る。スランプというやつだ。

 暁人は中学時代それに浸る時間が一年ほどあり、苦しんだ。妖力を感じられず、己が揺らぎ、何をしても上手くいかず中途半端で逃げてしまう、気持ち悪い時期。

 そんな時期に天城に見出された。今思えば臥龍のネームブランドで断られたことがきっかけでスランプだったが、スランプ状態で応募していたので余計採用されなかった。


(天城さんは俺に可能性を感じてくれた。答えなきゃ、男じゃねえ。俺を許せなくなる)


 暁人が座卓にも、臥龍本家にも属さないのはそれが根底にあった。

 最悪あのままずるずる落ちていた暁人を掬い上げてくれたのだ。

 戦う理由はいくつもある。だが、それはいずれも己がそう信じるからだ。

 ——信じている俺がブレてどうする。信じてもらった俺が揺らいでどうする。

 ——俺が誰よりも、突っ張っていなくてはならない。突き通せ、己を。


 車が東町に入った。暁人がエレフォンから送信した位置情報がカーナビに表示されており、マイクロマシンが充填されたフロントガラスにはARでナビ情報が薄く透過されている。

 それから十分としないうちに呪具店についた。こぢんまりとした店で、駐車場も三台分。がらりと空いていて、暁人は店の規模的に「焜と二人で行ってくる」と言って、車を降りた。

 白奈は美琴と輝子の列に任せる。仮にも鬼と燭陰を完全支配した龍人だ。下手したら暁人といるより安全だろう。

「輝子、ボインボインだね」と白奈が何気なく言い、輝子は「龍だからね」と笑いながら答えていた。


 暁人は焜を伴い店に入る。

 天灯屋。

 事前に聞いた話では、五〇〇際の天灯という千疋狼が営む店であるらしい。

 店内に入ると瘴気避けの青い蝋燭とカンテラが灯され、深海のような光が発せられている。並んでいる呪具は安いものなら三〇働貨ほどだが、高いものだと数万、数十万働貨に達する。

 カウンターの革張りのチェアに座っているのは少年。狼の耳と六本の尻尾。左目に刀傷があり、隻眼。和服に水煙管を吹かし、こちらを見ていた。


「禮子から聞いているよ。天城のところの子飼いだそうだね。私は天灯淵染てんとうえんぜん。一九九九年から二〇〇四年にかけて起きた『溟體戦争めいていせんそう』に関わった武器商人だ」


 溟體戦争——およそ五年間続いた、直近で起きた最も巨大な溟人集団との正面切った戦争。その首魁は影法師と言われ、各地の一等級以上の溟人を集い、座卓に対し宣戦を布告。各地の拠点を同時多発的に襲撃し、座卓は対策のため黒塚商会にも賞金を出し、協力を要請するほど追い詰められた。

 二〇〇四年の九月七日に終戦。決め手となったのは当時座卓の六座だった、一位の稲尾燈真——現在一位の稲尾桜花の父が、敵の総司令である禁忌級・閻掠えんりゃくを討ったことにある。


「初めまして。臥龍暁人です」

「千穂川焜です」

「焜……〈夜宵葛やよいかずら〉の使い手だね。天城が僕から買っていった妖刀でね。使い心地はどうかな」

「一等級の〈庭場〉を崩壊させる、とんでもない性能でした。に到達していないのにですよ」

「あれは良い品だからね。天城がうちに投資してくれるという条件も兼ねて売ったんだ。値段は内緒だけど」

「余計気になります」

「当時のレートで二億円」

「二億っ……!?」

「地下相場なら五〇億円だよ、あれは。取られないようにね」


 淵染はなんでもないように言って水煙管を吹かす。

 それから暁人をつま先から頭のてっぺんまで眺めて、「なるほど、ヤマタノオロチを真の意味で手にした男か」と見抜いた。

 それを踏まえて八岐が肩から顔を出し、「なんでだろうな、あんたからのっぴきならねえ古い友の匂いがするぜ」と言った。

「おっとっと、それ以上は言わないでもらおうか。ネタバレは白けるものさ。暁人、私はヤマタノオロチの懐柔者が現れたなら譲ろうと心に決めていた逸品がある。値がつけられるようなものではないが、ここは骨董屋じゃないからそんなのがあっても困りものでね。受け取ってもらえるとありがたいんだが」


 そういって淵染は一旦奥に引っ込んだ。ガタゴトと何かを引っ張り出す音が聞こえ、ややあって彼は一抱えある木箱を持って現れた。

 子供の体で難儀しながら木箱をカウンターに置く。


「開けてみなさい」

「失礼します」


 暁人は木箱の紫色の紐を解いた。その上に巻かれている、龍封じの縛妖索・五色の糸を難儀しながら解き、木箱の蓋を開ける。

 白木の油鞘に入れられた刀が一振り。目算で二尺七寸五分の幅広の戦太刀。鋒は、刀身の二分の一が両刃の作り。わずかに青みを帯び、根本は紫色を帯びる。


「溟體戦争の際、葉蔭と名乗る、臥龍とは別の龍人がどうしてもというから三日間貸し出した妖刀。そいつは二日で妖刀に魂を喰われた。そいつは、臥龍の嫡流、その中でもとりわけヤマタノオロチにしか適応しない特別な刀だ。武器としての市場価値はつけられないんじゃなくて、ない。振るえる人間が事実上この世に一人なんだから当然だ」

「銘は?」

「真名でもあるから、君自身がそいつから聞き出せ。妖刀の本領に至る第一段階は、真名の掴むこと。他人から教えられた名を口にしても意味がない。魂でその輪郭を掴んで握らねば、妖刀は応えない」

「本当に、受け取ってもいいんですか」

「私にとっては厄介払いだ。武器商人にとって値段がつかない骨董品なんて、邪魔でしかない」


 淵染はキッパリそう言い切って、本当に興味なさげに拵え一式を持ってきた。


「手入れ諸々は、そこの焜というお嬢さんに聞くといい。錆びると厄介だから、手入れは怠らないこと。武器は女心よりも繊細だ。蝶のように花のように、丁重に扱うこと。最近の術師は乱暴でいけない」

「はあ……」


 暁人は焜に倣いながら白木の刀装具を外し、馴染みのある拵えに変えていく。目釘穴に目釘を通し、柄紐を丁寧に巻いて、諸々をセットして緩みや妙な遊びがないようにチェック。ゆっくりと鞘込めし、腰に差す。


「分類的には太刀だね。暁人、君、剣術は」

「剣術は親父が生きてた頃から護身術で習ってた。今思えば、親父は俺がこの道に入るってわかってたと思う」

「臥龍暁久か……本当に若くていい奴から早死にする世の中だ。ままならんものだね。君らは長生きしてくれよ。私のような嫌なやつばかりの未来なんて、うんざりだろ」

「妹と友達を置いて死ぬ気はないですよ。命を投げ打つ気もありません。死んでも勝ちに行きますが、死んで勝つことはしないんで」

「右に同じく」

「ならいい。その他呪具、式符はもちろん有料だ。術が使えるからと呪具をおろそかにしてはいけない。おすすめは一等ランクの縛妖索なんだが、一巻き百働貨で仕入れてる。今なら特価、八〇働貨だ。どうかな、呪術師の捕縛から溟人捕獲まで用途は広い」


 ここまできて買わないわけにもいかないだろう。

 暁人たちはその後縛妖索を始めいくつかの、術では補いきれない補助呪具を購入し、補充した。

 それなりに働貨は使ったが、それに見合うだけの呪具は揃えたという満足感はある。

 暁人は店を出る際にあらためて礼を言い、妖刀については何も語らない八岐を不思議に思ったが、彼もあえて言わないんだろうと思い、車に乗り込むのだった。

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