続幕 九の章 雪色の日常
第31話 龍骸溟人
「羅剛が逝ったか。紅月も」
〈
「仲間が減るのはつらいのう」
上等級、
影法師は皆現世では人間として暮らし、偽の戸籍情報を持っている。こんな治安の悪い島だ。裏に流れてくる戸籍情報は金さえあれば買えるのである。全くの他人になりきるのはのっぺらぼうクラスの妖怪でなければ無理だが、変化術で多少顔——最悪鼻の高さや髪型、目などの色はいじれるので、他人のフリができる。
「厄介なのは六座が本格的に動き出したことだ。特に蛾王は臥龍暁人を手札に加えようと接触を図ったらしい」
理知的なキャリアウーマンという風体の彼女はOST——オルテンシア・システム・テクノロジーという溟月島の経済を担う大企業の役員として勤め、また子会社のディオネア・ハーモニクスという兵器企業の社長を勤めている。
彼女が流してくれる妖力兵器・技術開発情報のおかげで影法師末端の戦力増強にも、資金運営にもつながっており、組織を動かす心臓として欠かせない人員だった。
「あの時殺しておくべきだったな」
|惨宝、特等格上げも期待される準特等級・
むしろ現代的なスーツ姿の禍札が特殊なのであり、溟人的には黄泉のが正しい。
「頭領の甘いお考えにも問題がある。臥龍暁人はあのとき、暁久から心臓を奪った時点で殺すべきだったのだ。聞けば妹も光の龍に覚醒したというではないか。しかも完全統制下で!」
獄珞は十二単に
九部衆の視線が、獄珞に向かった末にテーブルの上座に座り、ナイフで削ぎ落とした人間のもも肉に岩塩を振り、それを頬張る般若面に向けられる。般若面の下半分は欠け落ち、鼻から下が露出している。
影法師頭領、空亡。百鬼夜行を従える、魑魅魍魎どもの王。
「刈るには青かった。あの日蒔いた憎しみの種がどこまで成長するかを見届けるのも一興と思ってな。だがな、計画に障りはない。臥龍暁久から簒奪したヤマタノオロチの心臓の安定化は進んでいる。培養した細胞から作り出した龍骸細胞を埋め込んだ溟人の実験に移す」
「龍骸溟人ですね」
禍札が眼鏡を押し上げて、言った。
「基礎妖力出力の向上、治癒能力の付与、一度に限り術式に適応する能力。存分に楽しませてもらおう」
×
白銀禮子はその日、奇妙な溟人出現の報を受けて廃ビルにやってきていた。
既に一体、二等級を祓っている。実際に戦った感じ、順当に基礎能力がパワーアップしている印象だったが、それだけなら一等級格上げが近いのではないか——という程度の認識で済むのだが、妙な胸騒ぎがした。
その溟人は三等級陰陽師二人と戦い、返り討ちにしている。確実に消耗しているはずなのに、外傷らしい外傷がなかった。
四階、荷物が軒並み撤去され打ちっぱなしのコンクリートが広がる空虚な場所に出ると、月明かりを浴びて立つ、一人の影。
闇に慣れた目は、その溟人が口を無理矢理に塞がれていることと、その目に宿る理性から一等級と判断した。
「〈
六つの菱形をした血のファンネルが飛び上がり、独立して動き出す。
敵溟人は腰の数打ちの妖刀を抜いた。ぱっと見ディオネア・ハーモニクスが売り出しているモデルに見えるが、ロゴマークなどは一切見当たらない。
振りかざされた妖刀を血のファンネルが防いだ。その隙に別のファンネルが血の弾を発射。五連射された弾丸を溟人は回転斬りの要領で弾丸を切り飛ばし、禮子はすかさず手首を噛み切って血を垂らし、仕込みを行う。
ファンネルが高速で敵を追尾。その隙に禮子は血の陣を敷き、相手がファンネルを一つ切り砕き、一つの突進を回避、二つ同時に放った弾丸を上半身を逸らせて避け、残る二つのうち一つをバク転の要領で蹴り上げて天井に突き刺すと、一気にこっちに突っ込んできた。
「〈蜘蛛〉」
血の陣が発動。蜘蛛の巣状に張り巡らされた血が一気に硬化、鋭い槍となって突き上がる。
溟人の体を串刺しにし、瘴気には実質毒と言える妖怪の妖力を注ぐ。
溟人の瘴気は万人に毒だが、同時に人間や妖怪の妖力も溟人には毒なのである。互いに相食み、喰らい合う関係にあるのだ。上位三属性の光と闇のように。
相手はもがき、剣で血の槍を砕いてそれを逃れると、地面を転げ回って、悶絶。
放っておいても瘴気が漏れ出て、弱るか、死ぬだろう。禮子は楽にしてやろうと近づいて、そして、
「モガァっ!」
その溟人が一気に傷を治癒させて、全快状態になり、瞠目。
「なに……?」
妖力治癒——とも違う、異質な再生能力の発露。
それだけじゃない。背中に小振りな法陣が浮かび、空の珠が血の色に浮かび頂点に到達。
「それは、暁人の……まさか、適応したのか」
暁人から〈八岐龍血纏い・涅〉の話は聞いている。全属性への適応、究極の勝ち確後出しジャンケンの能力。
死の適応と術式への適応——? いや、死の適応というよりダメージへの適応か? ということは今は無敵……。
あれこれ考える前に行動だ。
禮子は握り込んで圧縮した血の塊を発射。
「〈
血を圧縮し撃ち出すビーム状の射撃術。トップスピードはマッハ二に達し、目視での回避はほぼ不可能。
溟人の右肩をぶち抜き、肉を抉る。術の効き自体悪くなっているが、ダメージ自体はある。傷への適応というよりは、一度きりの死の上書きと取るべきかもしれない。
「なぜお前が暁人の力を……サンプルはもらっていくぞ。録視術開始」
録視術とは霊視の応用で、視界情報を外部デバイスの札をメモリ領域として録画する術だ。場合によっては脳の記憶野を記録領域とするが、脳への負担が大きい。前頭葉で術式を回しながら、前頭前野で妖力を細かく制御しながらそんなことをすれば、脳が焼き切れる。
それから禮子は式符を一枚抜いて呪具を顕現。全長二メートルほどの短槍を顕現し、構える。
妖槍・〈
二等級以上の陰陽師の多くは術式を持つことが一定のボーダーだが、同時に呪具を持ち始める。その理由は稼ぎが良くなるから手に馴染む呪具を揃えられるというのが理由であると同時に、術式運用上の弱点を補う意味合いもある。禮子は例の如く天城社長からもらった呪具を愛用していた。
等級換算で一等級に分類される〈翅切り〉の術式効果は——。
相手が穢れ弾を形成。濃度が濃い。砂礫が浮き上がり渦を巻き、それが射出される。
禮子は屈みつつ突進。弾丸が頭上スレスレを飛翔し、背後で爆発を巻き起こす。腰に構えた〈翅切り〉の先端、円錐形の錐揉み状の刃が回転を始め、ドリルのように唸る。
「〈翅切り・穿孔〉」
妖力を纏い回転する穂先が溟人の肉を巻き込み、抉る。傷の治癒が始まり、ダメージへの適応——再生能力が一度ではないことを悟るが、術式に対する適応は起きていない。
よくよく見れば法陣の珠は一つであり、許容量が一個しかない上、それを使役することはできていない。
つまり一種類の術式にしか適応が追いつかず、それをストックしたり反射はできない。
溟人は左腕を犠牲に後ろに下がり、それを再生させる。だがよく見れば法陣にヒビが入り、今にも崩れそうだ。
「なるほど、術式に適応できるのは一つ。適応した術式に込められていた妖力をストックしてそれで法陣を形成、治癒に回しているんだな。つまり別の術式で叩けばそれは崩壊し、元の術式も通ると」
録画しているので喋りつつ解説を加える。
「ところで、私のブラッドファンネルはまだ死んでないよ」
血のファンネルが再起動。倒れて落下していたが、血に還元されず原型をとどめていたそれはすかさず動き出し、禮子を取り囲む。
溟人が穢れの弾雨を打ち出すが、ファンネルが血の結界を形成。しかし術式に適応した弾雨は結界を容易く破壊。ファンネルを二機バシャリと血に変え、禮子にダメージを与える。
左肩、右脇腹、右大腿、左脹脛の肉がえぐれ、激痛に喘ぐ。
瘴気が——濃い。
即座に妖力を巡らせ瘴気を浄化し、毒抜きする。瘴気を止まらせると心身に悪影響が出る。
血液に戻ったファンネルが禮子に吸い込まれ、傷口を再生させる。
ブラッドファンネルは治癒力を結晶した回復薬の役割も秘め、禮子は戦力と引き換えに計六回、瀕死のダメージから回復ができる。つまり六機の安全装置を持った状態で戦えるわけだ。脳を破壊され、術式の制御が破壊されない限りは、最低六回は蘇る。
傷が快癒。禮子は槍をバトンのように振り回し、長さを整え柄尻からも穂先を伸ばす。
ややさらに長い柄となったそれ。槍ではなく、
溟人が法陣の崩壊を恐れ穢れの結界を張るなか、禮子は凄まじい速度で切り込む。腰をツイストさせて繰り出す嵐のような連撃に、結界はたちまち日々を入れられ、〈穿孔〉が結界ごと脇腹の肉をごっそり抉る。法陣が完全崩壊。引き換えに血肉を再生させた溟人が「モゴォオオオッ!」と塞がれた口で怒号をあげ、迫る。
穢れを纏った爪を振るう。半ば獣化が起きていた。妖怪としての本質を掴みかけているのだろう。熊のような腕が迫り、禮子は血のファンネルで牽制しつつ双刃棍〈翅切り〉を構える。
完全に本質に至られ、真名を自覚されても厄介だ。恐らくは熊鬼だろうが、教えてやる義理もないし、真名とは教えてもらっても意味がない。自分が、己という混沌の中で見出してこそ初めて意味を持つ。
「加減は抜きだ。〈
槍にブラッドファンネルを纏わせ、血のパイルバンカーを形成。
壁際に追い込んだ溟人に射出口を押し当て、もがくそいつが妙な術を使う前に、血の杭を射出。〈
背後の壁がバガンッと音を立てて爆散し、ビルの敷地に瓦礫の雨を降らせる。
廃ビルでよかったと思いながら、禮子は血を己に戻し、〈翅切り〉を手に残心。
「録視術終了。……一体なんだったんだこの溟人は」
禮子は薄気味の悪さを禁じえず、どこか
術式の適応と、適応までに使った妖力のストックによる法陣の展開、それが尽きるまでの治癒能力——まるきりヤマタノオロチの下位互換のような能力。
暁人の血から能力をコピーし、培養した? 敵にそんな科学力があるのだとすれば相当な技術力だ。
影法師……羅剛は一般人として行動していたことが推測されており、彼は開業医の元でメディカルアシスタントとして働いていたとされている。既に羅剛祓葬から連絡が取れていない太茂津弘明というメディカルアシスタントの黒人男性が警察に捜索届を出されており、家宅捜索も進められている。
溟月の警察はガバガバなので天城が少し金を積めば容易く情報を横流しし、曰く、初めからここには人など住んでいないかのような有様だったという証言が取れている。
いずれにしても影法師とは相当に根深く人間社会に根を下ろしているらしいということがわかった。
禮子はこの脅威をどうすべきか、他人に話す前に天城社長に相談しようと胸に決めるのだった。
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