第29話 箱入り坊っちゃま

 三が日最終日、一月三日の日曜日。暁人たちは二度目の初詣に来ていた。今朝、天城民間陰陽師事務所で白奈を預かって、事務所にも報酬が別途で二万働貨入るからぜひ受けてほしいと力説されたのち、暁人たちは白奈を預かった。

 天城としては報酬より、六座とのコネができる方が大事だったのだろう。経営者は何よりも人脈と信頼が勝負どころであり、六座とのコネというのは、どこの企業の経営者でも欲しがる最高の繋がりだ。


 焜のワゴンで在川区の在川常闇之神社に向かっている。

 白奈は純粋な顔で「庶民は箱に乗るのか。大変だな」と悪気なく言い放った。

 まあ六座のおぼっちゃまとなれば移動は専用のリムジンとかだろうし、ワゴン車なんてまず乗らないだろう。焜は「ミニマリストなのよ」と思ってもいないことを言って、暁人は「みんながみんなでけー車乗ってたら道路のスペース無くなるだろ」と言い聞かせた。白奈は「確かに。庶民は慎ましやかなミニマリストなのか」と変な解釈をしてしまう。


 白奈は一言で言えば世間知らずで、箱入り坊っちゃまだった。蛾王家の男は政略結婚の道具である。蛾王からあの後改めて、白奈がいない場で説明された。

 オシラ様の女が生み出す聖蚕せいさんが大人になる際に吐き出す特殊な絹糸は、聖蚕の糸と呼ばれ、特別な縛妖索の材料になる。それこそ龍を縛る五色の糸の素材になると言っていいものだ。その気になれば特等級——場合によっては溟人封印の素材として用いられるのである。

 つまり白奈は種馬なのだ。複数の分家筋のオシラ様の血筋の女と交尾を強制される、お飾りの当主。

 そうなれば束縛は必至。自由になれるのは、種が枯れてから。オシラ様は精が若いうちにしか子を成せないため、せいぜい精通から百年が勝負。だから白奈は妖怪という長命種なのに二十九代目という世代に立つのだ。

 蛾王白葉のように自由を嘱望し続ける強靭な意志がなければ、大抵の男は廃人同然となる。あるいは、蛾王は次男から当主の座を奪い返しているが、通常は聖蚕の子種を持たない次男が当主に着く。そのため、座卓の運営に障りはない。

 蛾王はそれをいたく憂慮していた。だからこそ、精通前に自由にさせておきたいと考えていた。


 その話は残酷で、暁人には看過できるものではなかった。あるいはそれは己が自由ではいられなかったからかもしれない。

 ずっと陰陽師の父の背中に憧れていたのに、頑なにそれを反対した父。今ならそれが我が子を思ってのことだと理解できるが、当時はわからずや、と反駁したものだった。

 そういう意味では自分は、二人目の父親には恵まれている。


「人様に迷惑をかけるな、命を軽々に投げ打つな。なら、あとは好きにしろ。お前の人生だ。お前だけのものだ。それは、誰かに侵害されていいものではないんだ。己を誇って生きろ」


 それが健一郎のスタンスだ。そして、高校に入った時、入学式の夜に言われた言葉である。輝子も覚えているだろう。

 だから暁人が陰陽師になると言っても心配こそすれ反対はしなかったし、輝子が音楽で食って行きたいと言った時素直に賛成した。それは、自分自身が作家——十二歳から芸術の道を志し、苦節二十年余りをかけ叶えた実績があるからだ。


「ねえねえ、三が日ってなに?」

「正月休み。正月をい祝うために家でのんびりしましょうって期間じゃないのか? おせち食ったりお屠蘇飲んだり。色々変なインチキマナー講師が広めたよくわからん風習もあるが、まあ自由に過ごす休みだと思えばいい」

「自由……暁人たちは自由?」

「どうだろうな。俺たちは周りの環境に作られるっていう。そこに本人の意志が介在できる余地はごく僅かで、自分が変わるなら環境を変えろっていう暮らしだし。でも、そう簡単に環境なんて変わんねえだろ。特にガキのうちは変えたくても変えられん」

「僕は意志の力が存在しないなんて理屈は認めない。自由になりたいって願えば、そう思えばなれるって信じてる。父上はそうだった。だって、自由の意志が存在しないなんて、そんなのあまりにも残酷じゃないか。僕はそんな世界認めない」

「そうだな……そうかもしれない」


 車が神社の駐車場に入れなかったので、近所のパーキングに入れる。


「外寒いから、マフラーと手袋巻いて行きなさいよ」

「わかってるよぉ」


 白奈は真っ白なマフラーと毛糸の手袋をして車から降りる。暁人は子供にしては達観しているというか、大人びているのは環境がそうさせるからか、彼自身が自由を嘱望しているからなのか判断がつかなかったが、決して白奈がただのわがまま坊やというわけではないことはわかった。

 パーキングから歩いて神社に向かう道中、「庶民はあんな高い家を持っているのか」とビルを見上げたり、「海とやらは独特な匂いがするのだな」と感想を漏らしたり、「なぜわざわざ休みの日にお参りなんてするんだろう」と初詣を根本から否定することを口にする。


 二十歳の少年妖怪にしては達観していると思えば、世間知らずな一面もある。そのアンバランスが貴族妖怪特有のものなのか、蛾王家の歪んだ血筋がそうさせるものなのか、暁人たちには判断がつかなかった。

 焜は「雪で滑らないでね」と言った。蛾王家の屋敷は巨岩・大岩戸の内側にあり、雪が積もることは稀だ。人工雪が積もっても、天然雪は積もらない。

 在川区沿岸部は大岩戸の外側にあり、一月現在、豪雪が降り注いでいる。


 白奈は雪を掬い上げてぎゅうぎゅう丸めると、暁人に投げつけた。


「おいこら」

「あははっ」

「子供にやられてんじゃん」

「俺にやる分にはいいけど他人にはやんなよ。怖い大人とかいるからな」

「知ってるよ」


 ってことは俺は怖くないのかよ、と思った。まあ子供から無条件に怖がられるような青年というのもそれはそれで大問題であるが、暁人はまだ雪玉を丸めている白奈を見て肩をすくめる。

 暁人は雪玉をぶつけられる都度わかりやすく「おいこら」とか「てめえこら」とか反応をするので、白奈は面白がっていた。

 神社の階段は雪がかきおろされていて、すべらないようになっている。

 暁人たちは階段を登って境内に上がると、藍色の鳥居の前で一礼。白奈も真似して一礼する。


「なんで頭下げるの?」

「鳥居から向こうは神様の世界だからだ。そこにお邪魔させてもらうんだから、頭下げるのは礼儀として当然だろ? お前だって屋敷にずけずけひと入ってきたらいやだろ」

「うん、いや」


 焜は「弟ができたみたいね」と笑った。暁人は「弟? 世の中の弟ってのはこんなに生意気なのか」と憎まれ口を叩く。

 白奈も「こんなおっかないお兄ちゃんなんかやだよ!」と手を上下に振った。

 そこがまさしく兄弟っぽいのだが、本人たちは気づいていない。


 と、無料で配っている甘酒をよそう氏子さんが声をかけてきた。

 常闇之神社における氏子とは出資者とか協力者ではなく、従業員を示す。明治初期までには社人という隷属した立場だったというが、そこから自由意志で神社に勤めることを選ぶものを、神闇道——常闇之神社における氏子と呼ぶに至った。

 暁人たちは甘酒を受け取った。器に盛られた、酒粕の浮かぶそれを白奈に渡す。


「飲んでいい?」

「どうぞ」氏子さんが微笑んだ。

「いただきまーす」


 熱々のそれを一口啜り、白奈は「おいしい」と呟いた。

 暁人たちは先んじて一口啜っており、温度やなんかを確認していた。確かに熱いが、火傷するほどでもないので安心していた。

 仮にも護衛である。白奈が火傷なんてしたら目も当てられないのだ。

 甘酒を啜っていると、白奈が目ざとく屋台を見つけた。


「チョコバナナだって!」

「そういや親父さんもそうだったけどお前ら蚕蛾のわりによく食うな」

「妖怪だからね。蛾王は長い歴史の中で虚弱体質を克服するために人間の血も取り入れてきたんだよ」

「蚕蛾って虚弱体質の権化みたいな昆虫だからね。頑張ったのね、あんたのご先祖さま」

「まあね。父上の正妻も人間だったし。母上はもう空の上で、生きてたら今四十五歳なんだけど」

「そっか。……聖蚕の子供らは当主にならないのか? 人間の子の方と争わないのか?」

「聖蚕はみんな女の子なんだ。男は生まれない」


 そこも複雑な家庭なんだな、と思った。暁人は家が違えば苦労も違うと再認識した。

 屋台に向かっていくとチョコレートの甘い匂いがした。

 チョコバナナが並んでいた。チョコの膜が張っている上にチョコスプレーのカラフルな色が散りばめられ、串に刺されている。


「食べるか?」

「食べる!」

「すみません、チョコバナナ一本ください」


 屋台の店主に代金を渡し、白奈がチョコバナナを受け取った。

 暁人はそこまで腹は減っていないし、焜は狐なのでチョコを食べられない。一応四尾なのである程度の中毒症状は軽減できるとはいえ、完全に防ぐことはできない。

 白奈は美味そうにチョコバナナを頬張り、もぐもぐ口を動かした。

 焜は雪をじっと見つめ、尻尾をわさわさ動かした。


「飛び込みたいとか言うなよ」

「そんな子供みたいなこと言わないわよ。でも本能が疼くわね」


「焜は狐なんでしょ? クラツキギツネ」

「そうよ」

「やっぱ夜目は効くの」

「そりゃあね。犬や狼、狐、鳥類にネコ科のほとんどは夜目が効くわね」

「ほえー。僕は人間の血のおかげで昼間の視界はあるけど、夜は空気の振動とかで察知してるもんなあ」

「その触覚で?」

「そう」


 白奈は頭から生えた触覚をピンと伸ばした。


 チョコバナナを食べ終え、ゴミを屑籠に入れた彼らは拝殿に向かい、五働銭玉を投げ込んでお参りする。一働銭一円のレートである。

 暁人たちはお参りを済ませた後も境内を見て周り、禁足地付近の森林にある公園で暇を潰した。雪合戦をしている子供達に混ぜてもらい、なぜか暁人が雪玉をぶつけられる鬼になって逃げ回る羽目になったが、白奈が楽しそうだったのでよしとした。


 暁人たちはそのまま昼過ぎまで神社で過ごし、たっぷり運動してから帰路に着くことにするのだった。

 そんな彼らの背後をついて回る影に気づくこともなく——。


「白奈様……」


 緑の髪に黒いタカ科の翼を畳んだ男が彼らが車に乗り込む様子を見つめ、奥歯を強く噛んでいた。

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