【弐の幕】GHOST QUARTETTO

開幕 八の章 オシラ様の饗応

第27話 六座集結

 陰陽師たちには拠点がいくつかある。座卓が保有するビルであったり、うらぶれた雑貨屋の二階だったり、はたまた恒常的に生成されている〈庭場〉であったりとそのロケーションは様々だが、一月二日の夜に集った六座たちは五月雨区にある蛾王家邸宅を溜まり場に選んでいた。

 蛾王家精鋭の護衛部隊「聖蚕隊せいさんたい」と、六座六位を守護する「闢処隊びゃっこたい」が護衛にあたり、六座自身も側近のものをつけている。


「いつぶりだ、桜花おうか殿、儂らが顔合わすの」

「十年ぶりくらいでしょうか、鞍馬様」


 六座一位・稲尾桜花は涼やかな声で、六座五位・鞍馬の大天狗に応じた。

 桜花自身現在八十七歳。でありながら八尾の大妖怪であり、狐だが黒い鬼の角を持つ鬼狐という全く新しい妖怪だった。

 若輩者であると周囲は侮る——ことはない。彼の風格は一線を画すそれ。その身には普段帯びている五天作刀と呼ばれる五振りの天下刀の一振り・〈禍餓魑かがち・真打〉すら帯びておらず、妖気も凪いでいるのになぜか神秘が溢れるのだ。

 隣には二人、供がついている。稲尾垂氷いなおたるひという雪女と妖狐のハーフである五尾の青年と、大瀧雷疾おおたきらいとという五尾の雷獣のガタイのいい若妖怪。

 垂氷とは従兄弟にあたり、雷疾は竹馬の友——というか、同じ屋敷で育った弟分である。歳の差はいずれも一歳差で、垂氷たちは可愛い弟分である。全幅の信頼を寄せ、今でこそ厳かに振る舞うが、家では年相応の少年らしくはしゃぐこともままあった。


 一方鞍馬の親分大天狗は、老いさらばえた様相を呈しており、年齢は四〇〇を越える。鞍馬天狗の末裔とされ、溟月島に流れてきて天狗たちの頭領をしている。

 面倒見が良く、歳下に敬われ、敬老される妖怪だ。物腰も柔和で、天狗というには傲慢さが足りないが、その実己こそが天下人と思う節も存在する。

 事実桜花を様とは呼ばない。


「桜花、背ぇ伸びたか? 親父ほどデカくなってくれるなよ」


 そう言ったのは六座三位の東雲嶺慈しののめれいじである。かつて呪術師だった異色の六座であり、呪術師連盟の一派を思想の違いから——実際には嶺慈の女に手を出したからという説が濃厚だが——壊滅させ、その才能を惜しいと思った座長・霊天りょうてんが彼を拾い上げたのである。

 呪術師時代に桜花の父・稲尾燈真いなおとうまと幾度となく争った過去があり、桜花を目にかけていた。

 燈真が六座一位の座を勇退し、隠居を選んで以来、彼は一時期燃え尽きていたが、現在は己が振りまいた呪術師の芽を潰すべく、精力的に活動している。


 四位の金城家当主——魔人、という種族の西洋妖怪の女が低く問う。


「ヤマタノオロチを完全に従えた少年ですか。歳は十六、二階級は上の一等級を祓葬したとか」

 桜花が応じた。「臥龍家からは完全に絶縁したようですがね。当主辞退、譲渡をしたとか。六座に臥龍が登るかどうかもわからない」

「儂はいっそ、臥龍暁人個人を六座に招けば良いと思っているが。難しいか」

「僕の見立てでは、不可能に近いですね。彼は何かに縛られて行動するのを嫌います。如何にも龍の本質的というか、自由でいたいんでしょう」


 六位・オシラ様の蛾王が言った。

 彼は暁人が焜を連れ臥龍家の屋敷で、当主辞退と譲渡の書類にサインし、血判を捺したのをしっかりと目にした見届け人だ。

 臥龍暁人は六座には来ない。それは蛾王の個人的な見立てだが、あながち間違いではないだろうという目算もあった。

 蛾王個人としては暁人に来てもらえれば愉快なことになるという予感はあったが、難しいだろう。もちろん、粉はかけさせてもらうが。


 鞍馬の親分天狗がニタニタ笑いながら桜花に言う。


「しかし桜花殿は、美しくなられた。恋人の一人二人、できたのではありませんかな?」


 周りがはじまった、という顔をした。

 天狗は男色家が多い。そして桜花はまだ少年と言っていい年頃の青年。若く、美しく、その顔立ちは妖狐である母に似てあまりにも美しい。


「恋人くらいいますよ」

「ほう?」

「雷疾の妹ですが、万里亜がそうです。もともと大瀧家当主、蓮兄様のご婦人である旧姓霧島万里恵姉様は母に仕える忍者でしたから、万里亜もそのように育てられました。が、忍者としてではない君が好きだと必死に口説いて恋人にしました。二年ほど前です。婚礼の儀には、もちろん皆さんを呼びますよ」


 雷疾が小さく「不肖の妹ですが」と付け加える。垂氷が雪女のようなたおやかさで微笑んだ。垂氷には狐耳はないが、尻尾はある。水色に黒メッシュの髪が踊り、両親譲りの女顔が儚げに揺れる。

 雷疾も垂氷も並の妖怪ではないのは、見れば明らかだった。圧倒的な妖力、技量を感じさせ、いずれも八十六歳という妖怪にしては若いが、第二次世界大戦——太平洋戦争の真っ只中に生まれた過酷の世代である。

 その戦争の混乱期に座卓は溟月島を財政が軍備に傾いて弱っていた日本国政府から買い取り、自治権を奪い取り、妖怪や陰陽師、ならず者がなだれ込んでいる。

 とはいえ桜花はもともと溟月島の生まれであり、ここの秘境にある魅雲村という場所で暮らしていたが、戦時中でも溟月島は空爆で焼かれることなく、接近する爆撃機を鞍馬率いる天狗部隊や、海軍戦力を海の妖怪たちが押し留めていたらしい。


 現代兵器で妖怪を仕留めるには性能差からして絶望的で、今後レールガンやプラズマガン、レーザーガンが実用化されたところとてその圧倒的な差は埋まらないと言われている。

 それこそ核兵器すら、〈庭場〉に閉じ込めて爆発させてしまえば現実空間には何の爪痕も残せないし、例えば桜花の両親クラスになれば。せいぜい片腕が捥げて、すぐに再生させて瞬間移動でも使って報復しに行く程度だ。

 いずれは桜花もそんな両親のように最強無敵と言われるような——東雲嶺慈クラスの、「神格級妖怪」になりたいと思っている。


 その東雲嶺慈は「暁人たち遅くねえか」と言った。

 時計は午後八時半。約束の時間は、八時三十五分である。

 遅くはないが、まあ、日本人的な感覚で言えばそろそろ来るべきと捉える感じだろうか。


「僕の家は場所が分かりづらいですからね。送迎を出していますが、その送迎が迷うこともしばしばある」

「〈半庭場〉の拡張現実空間か。迷い家、だっけか?」嶺慈が笑った。

「そんな上等なもんじゃありませんよ。僕の家から家財を持ち出しても窃盗罪で捕まるだけですから」


 蛾王が言うと、周囲で笑いが起こった。

 蛾王の側近である馬頭妖怪の筋骨隆々の青白い肌の男が「お客人が参られたようですぞ」と囁いた。


「ささ、みなさん。主賓が参られました。居住まいを今一度正してください」


×


 昇格式にお招きしたい。

 一月二日、午後五時に迎えが参ります。

 六座・六位 蛾王白葉がおうしろは


 そんな手紙が元旦の年賀状に紛れていた。

 年賀状の大半は健一郎の出版業界の仲間だったり編集部だったり、文芸サロンの旧友からだったりしたが、中には天城民間陰陽師事務所や、梶原、井上のものもあった。暁人もそいつらには年賀状を出しており、叔父からもらった一番いい万年筆で文をしたためている。

 叔父はおせちの甘玉子を齧りつつ、元旦特番のお笑い番組を見ていた。ネットモフリックスのお笑い特番は昭和的なノリがあり、劇場にパトカーが突っ込んできたりとやりたい放題だが、健一郎はそれを見てゲラゲラ笑っている。

 正月は朝から酒を入れていい理論を使い、健一郎は朝からビール缶を一本半開けていた。しかもロング缶である。


 暁人は輝子と美琴が作ってくれたお雑煮を啜りながら、「昇格式」と呟く。

 餅を噛んでいた焜が、それを飲み込んでから「羅剛ってのを倒したからじゃない? 私ら一応三等級陰陽師だし、二階級上を二人がかりとはいえ祓葬したんだしさ」

「仮にも影法師八懐、九部衆の一員だったって言うしな。その側近の二等級も、俺は一人で祓ってるし」


 暁人は白菜を口に入れ、熱々のそれを啜って、何とか噛んで飲み込んだ。鰹節の出汁が滲んで、薄味の醤油ベースの汁と合わさって美味い。

 ところで溟月島では餅は丸餅が主流だ。普通、東日本には四角餅が多いらしいが、不思議なことである。暁人は別にそれを変なこととは思っていなかった。日本中から妖怪や陰陽師が集った際、西日本の文化が入ってきたくらいに思ったくらいだ。


「昇格式って、ご馳走とかでんの?」と輝子。

「そんなもんじゃないだろ。お偉いさんが集まって、堅っ苦しい雰囲気で陰陽師の心得を説いたりするんじゃないか。本来六座が出席するようなもんでもないが、今回はケースがケースだからな」

「暁人さんがヤマタノオロチで、焜さんと影法師っていう組織の一角を崩したことですか?」

「そういうこと。さすがに六座も全員そろうわけじゃ、ねえだろうけどな——」


 そう、思っていたのに。

 一月二日当日。午後八時三十三分。

 蛾王家奥座敷には六つの藍色の座布団が用意され、一つは空席だが、一位の座には稲尾家次期三十五代目当主の稲尾桜花、両脇に稲尾垂氷と大瀧雷疾が静かな仁王像のように控え、垂氷は正座して楚々と振る舞うが、雷疾は仁王立ちして暁人を見下ろしている。身長一九〇センチ、体重は八〇キロは下るまい肉体の威圧感は、なかなか圧巻だ。馬鹿をすれば雷で焼き払うぞ、と言われている気がする。

 おそらく、八岐龍血纏い・涅でも適応できるか怪しい威力だろう。圧力でわかる。暁人の適応力を超える出力を、雷疾も垂氷も持っている。

 おまけにそこが見えないのは桜花だ。本当に人間換算で同世代か? というくらいに妖気が静かで、そのくせ底知れない。


 稲尾桜花——鬼神・稲尾燈真と、九尾の武神・稲尾椿姫の息子で、最強を目指し研鑽する鬼狐の陰陽師。高校卒業後は陰陽師一本で活動し、現在は準特等級。同等級の魍魎を無傷で一方的に血祭りにあげた挙句、頭を握りつぶして祓葬したという話は、今や彼を語る上で必須の語り草である。


 その右隣の座席——二位の座は空白で、左、三位の座には男のような女のような、大きな乳房と喉仏を持つ九尾の赤と黒の狐が座っており、アシンメトリーのボブカットを指でいじっている。六座・三位、九尾の妖狐。狂乱の喧嘩師・東雲嶺慈。

 右に闇色の髪の女を従え、左に青い肌のサキュバスを、そして背後に顔布をした白髪の陰陽師が控えていた。小さく「スケコマシ」と呟いて、あろうことか嶺慈のことを見下すような仕草をするが、当の嶺慈は気にしない。

 かつて呪術師だった過去を持ち、思想の違いから呪術師連盟の一派を壊滅させ、座長・霊天から目にかけられ拾い上げられた変わり種の陰陽師。

 五人いる特等級が一人にして、神代術式かみよじゅつしき・〈雫天言霊だてんことだま〉の持ち主。稲尾燈真と同じ、半神狭真はざまの鼓動を受容した、四分半の神。

 百三十三人の妃を持ち、屋敷と名打つ城・万天東雲城という恒久化〈庭場〉で暮らす浮世離れした、れっきとした男である。


 空席を開けて右、四位の座には金城家当主の金城トリーナイトかねしろトリーナイトという女が座っていた。

 側頭部から伸びる捻れた紫の角、赤い目、銀縁フレームの眼鏡を固定する後ろに尖った三角の耳。

 魔人族だ。西洋系妖怪であり、オークやエルフ、ウェアウルフやウェアベア、ガーゴイル、吸血鬼などが西洋妖怪の中では有名だ。

 魔人族はその祖とされる種族であり、悪魔族とも同一視されてきた歴史がある。

 トリーナイトは無言で暁人を見ていた。値踏みするような目つきを暁人は真っ向から睨み返し、側近の銀髪赤目の、どこか禮子に面影を感じる男から「警戒されてますよ」と囁かれたトリーナイトは、ふっと微笑んだ。


 五位の座には鞍馬天狗の親分大天狗・鞍馬房次郎くらまぼうじろうがそこに胡座をかいていた。天狗らしい山伏装束にヤツデではなく、巨大なカラスのような羽を束ねた羽団扇を手に顔を仰いでいる。

 老いさらばえた老紳士といった風貌だがぎらつく黒々とした目は未だ精力横溢であり、緑の髪を後ろに撫で付け、隙あらば若い男に声をかけそうな気迫を感じさせている。

 言っては何だが、好色そうな男だった。

 側近の鴉天狗が「龍を落とすのは困難でしょう」と言い、小さく「黙れ」と返している。


 六位の座にはオシラ様の蛾王家当主、蛾王白葉がおうしろはが正座していた。微かに青い白い着物を着込み、黒と白が混ざり合った髪を下ろして目を伏している。

 見るからに病弱そうだが、彼らは優れぬ肉体の能力を膨大な妖力で補っており、概ね健康的に溶解寿命をまっとうする種族だ。

 男はお飾りの当主として祀られ、聖蚕せいさんの絹糸を成す女こそが上位とする種族であり、蛾王家当主は代々政略結婚の材料として消費される運命にあるという。

 側近の馬頭妖怪が「時間内に来られて良かったですね」と言っていた。


 六座が集合している——なんだ、この場は。

 暁人と焜はど真ん中の青い座布団に座らされ、畏まって正座した。


 一位・稲尾桜花が改めて口を開く。


「影法師八懐・羅剛撃破おめでとう、臥龍暁人、千穂川焜。君たちは強力な溟人を、そして呪術師を斃し陰陽師の階梯を駆け上がることを選んだ。それを、僕らは素直に祝福しよう」


 おそらく羅剛以前の黒塚商会との衝突も把握済みなのだろう。

 暁人たちは下手な口は挟まず、黙って頷いた。何がどうあれ、階梯を駆け上がると決めたのは事実だ。それが影法師に——空亡という、恐らくは父を奪った般若に繋がるのなら、当然、そうする。


「この場、座卓六座の名を持って臥龍暁人、千穂川焜の以下の者を二等級陰陽師に任命する。代表、稲尾桜花」


 周囲の六座四名が平伏。暁人たちも慌てて平伏した。


「おめでとう、暁人、焜。君たちは今日から二等級陰陽師だ」


 桜花は爽やかな笑みでそう言って、暁人の側まで来ると肩を叩いた。線が細いのに意外とガッチリした力で、驚く。


「ありがとうございます」

「ありがとう……ございます」


 暁人と焜は頷き、桜花の背中を見送った。それから彼は手を二、三回振った。

 それが解散の合図だったのか、六座は銘々立ち上がって側近たちと予定を確認し合う。

 桜花は鞍馬坊次郎との食事会で席を外し、嶺慈は家に帰ると言って去っていき、トリーナイトは会議があるからと早々に出ていく。

 残ったのはこの家に暮らす蛾王白葉だけであり、彼は暁人たちの側までくると「この後一緒に食事でもどうかな」と、どこか有無を言わさぬ色合いを滲ませながら、そう聞いてくるのだった。

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