5‐9

「獅童奏真くん、だね」


 なにもない、真っ白な空間。傷だらけのブラックスーツに身を包んだ奏真は、ついさっき殺した青年と対峙していた。


「お前は……」


「悪いけど、私に名前はない。いや、あったはずなんだが、思い出せない」


「俺になにをした?」


「その質問は私にではなく、奏一郎にするべきだ。全ての始まりはあの男と、彼をそそのかしたなにか・・・の意思。そしてそこに目を付けた姫宮堂だ」


「どうして父さんの名前がそこで出てくる?」


 青年はふぅ、と一息つき、


「私は始まりの十三人。そして、最後の一人だ。私たちはソウルエンジンと呼ばれるウィルスを打ち込まれ創り出された、最初のヴァンパイア」


 話が見えない。というより、わけがわからない。彼が続けるところによれば、


「この『魂の対話』は、ソウルエンジンを投与された者にしかできない。逆説的に考えると君もこのウィルスを持っているということになる」


「待ってくれ。そのソウルエンジンとやらを打たれるとヴァンパイアになるんだろ? 俺は人間だった。ヴァンパイアじゃない。変な注射を打たれた覚えもない」


「奏一郎は人目を忍んで、ソウルエンジンを改良していた。君が卵子だった頃から遺伝子改良を施し、ソウルエンジンに確実に適合するように作り変えていたのかもしれないね」


 そんなことを……父がしていたというのか。記憶の中にある父――しかしその像は曖昧で思い出せない。


「私はソウルエンジンの改良型を打たれ、力を著しく失う羽目になった」


「それを恨んで、父さんと母さんを殺したのか」


「違うね。彼らは望んで、そうしたんだ。あのとき打ち込まれたソウルエンジンを介して、私の深層心理に『奏真を導け』と指示した」


 それは――一体どういうことだ。


「だから私は君の両親を殺し、時期を待ち、復讐者に仕立て上げて君をここまで育てた」


「父さんは……なんのために」


「私もよくは知らない。けれど、ある組織が始祖を狩りつくした」


「そう言えば最後の一人、って言ったな」


「うん。その組織が、全ての始祖を狩り、君たちが言う所の第三世代ダンピールを創り出している」


「姫宮堂?」


「いや、姫宮堂とは別系統の動きでね。まあ正確に言うなら、姫宮堂のもう一つの意思とも言うべきかな」


「やつらはなにがしたいんだ? 父さんは、俺をどうしたいんだ?」


「『メサイア』」


 救世主。メシアとも呼ばれるそれは、世界を救うために現れる存在だ。


「メサイア……?」


 おうむ返しに問う奏真に、青年は頷く。


「十二人の使徒の血を受け入れる、最強の十三人目。あらゆるダンピールを上回る究極のダンピール。世界を救世する存在。それが、君だ」


「俺が……」


「血に溺れたそのアームで、世界を救うのが君の宿命だ」


「なにから救うんだ。ヴァンパイアか?」


「私もよく知らない。けれど、君の父親が言うには、世界を滅ぼそうとする者がいる」


「穏やかな話じゃないな……」


「第一位始祖『魂魄こんぱくのアルカード』の力を宿したそいつは、この世界を混沌の渦に叩き込もうとしている」


「なんのために?」


「知らない。けれどそれを知った組織は、それを止める手立てとして、君の父親と一緒に『メサイア計画』を始動した」


 父は、夢の中で奏真になにかになれと言っていた。『メサイアになって、この世界を救ってくれ』。父は、そう言おうとしていたのではないか。


「私を倒したんだ。とりあえず、組織は試験は合格、と判断しただろうね。今後どうなるかはもう私にはわからないけど、幸運を祈るよ」


 光の向こうへ、青年が去っていく。だが途中で立ち止まり、


「ヴァンパイアはみんな苦しんでいる。それは通常生物が元となった第一世代でも、元がヴァンパイアの次世代も変わらない。――私を救ってくれて、ありがとう」


 そう言って、青年は旅立った。


 話についていけなかった奏真は、ただ茫然と立ち尽くす。


     ◆


「……ま。そ……ま! ……奏真!」


 夢の向こうから響いてくる声に目を開けると、奏真は広場で仰臥ぎょうがし、天を仰いでいた。


 座り込んで奏真を揺すっていた瑠奈は、少年が目を開けると同時に、その顔に僅かながら安堵の色を浮かべた。


 馬鹿げた痛みを発する体を起こし、立ち上がる。『血装:紫雷』は眠っているうちにしまったのか、辺りにはない。


 試しにブラッドアームズを起動してみると、魂の奥で眠っていることを確認できた。


 よかった、失くしたわけではわけではない。いや、それよりも。


「ゾークは、どうなった?」


「あそこ」


 瑠奈が指差す先には、防護服に身を包んだ回収班が作業しているところだった。


「倒した、のか?」


 実感がない。


「倒したのよ。二人で」


「そうか……終わったんだな」


 言葉にしてみると、どことなく寂しさを感じる。渇望が満たされたあとの感覚とは得てしてそういうものだ。


 何事も過程が楽しいわけで、一度結果を迎えてしまうとそれで終わりなのだから。


「まだよ」


 瑠奈が言う。


「……?」


「ヴァンパイアはまだいる。私たちの戦いは、これで終わりじゃない」


「だな……。そういえばさ」


「なに?」


「友だち、って言ったよな?」


「言ってないわ」


「言ったって。絶対に。通信のログにも残ってるだろ」


「私は久留巳との付き合いが長いわ」


改竄かいざんしようってことはやっぱり言ったんだろ」


「いいかげんにして。黙りなさい」


「わかったよ。けど、俺は改竄しないからな」


 瑠奈の顔に疑問符が浮かぶ。


「俺は、お前のことが好きだ。多分、友だちとしても、異性としても」


「……そう」


 そっぽを向いた瑠奈の頬が僅かに赤らんで見えた。しかし、それが生理的な反応によるものか、夕陽が見せた幻なのかは、奏真にはわからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

滅葬のブラッドアームズ 夢咲蕾花 @RaikaFox89

現在ギフトを贈ることはできません

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画