5‐6

 サイクロプスから放たれたレーザーが、今しがた戦っていた最後のリザードマンロードを飲み込み、その身を消し去った。


 思わぬ好都合に瑠奈は内心ほくそ笑む。


 だが、笑ってばかりもいられない。サイクロプスが相手では少し分が悪い、というのが瑠奈の正直な感想だ。


 奏真を行かせるため勢いで任せろなどと言ってしまったが、今になってそれを少し後悔していた。だが、もうどうしようもない。彼は行ってしまった。


 早く追いつかなければ、と思う。


『俺は、君を置いていったりはしないよ。ずっと一緒にいる』


 あの言葉を、瑠奈は聞いていた。


 唐突に放たれた、純朴で愚直な言葉が、瑠奈の心に楔のように突き刺さっている。


『私はなにがあっても、あんたの味方だからさ』


 かつての仲間を思わせる言葉。


 その言葉を、瑠奈は真っ直ぐに信じていた。両親に裏切られ、荒み切っていた自分を救った一言を、忘れるわけがない。


 そしてあの言葉は、誰も知らないはずだ。CLDも通信機もつけていないときに、奇しくも奏真と同じシチュエーションで放たれた言葉なのだから。


 瑠奈も馬鹿ではない。奏真が自分に好意を抱いていることくらい知っている。


 だからこそあの言葉は、嘘でも言われたわけでも、装飾を施した綺麗なお世辞でないことだと理解することができる。


 同胞殺しと言われ、忌み嫌われ、掃き捨てられるように一人きりだった瑠奈に突然振りかかったその言葉は、あまりにも眩しかった。


 だから真っ直ぐに受け止めることができなかった。


 今度こそ信じていいのか。今度こそ本当に私といてくれるのか。


 今までの絶望を押しのけ、そんな期待が湧いてくる。


 畢竟ひっきょう、自分も友だちというものを求めていたのだろうか。心を知られてもいい、全てを預けてもいい、そんな相手を求めていたということだろうか。


 馬鹿馬鹿しい。もう充分学習したはずだ。信じれば信じるほど、つらくなると。


(下らない!)


 サイクロプスの皮膚に散弾を浴びせる。連続して十発は放った。頑丈な皮膚を突き破り、心臓を破壊。それでもまだ止まらないあの巨体を見て、瑠奈は距離を取る。


 そのときサイクロプスの目が輝いた。レーザーだ。


 射線を見極め、瑠奈は事前に安全位置――つまり、サイクロプスの真下に潜る。


 光線が撃ち出された。


 巻き込まれたバラックがポップコーンのように建材を撒き散らしていく。


 瑠奈は股下で貫通力の高い狙撃弾を、サイクロプスの股間に打ち込んだ。血の雨が降ってくるが構わず連射。


 邪魔だとでも思ったのか、サイクロプスが太い足を振るう。


 瑠奈はレーザーの照射が収まったのを見て、飛び出した。


 走って距離を稼ぎ、バラックに飛び乗る。スコープを覗き、狙撃弾を眼球に撃ち込んだ。


 サイクロプスの弱点は目だ。棍棒を捨て、両手で目を抑える。


「瑠奈さん!」


「なに? 今手を離せな――」


「奏真さんのバイタルが危険域です! 至急応援に向かってください!」


 ダンピールのバイタルは、治癒力を含めた数値をいう。そのバイタルが危険域であるということは、奏真はもうほとんど治癒力を使い果たしたということだ。


「世話の焼ける……!」


 炸裂弾をチャージ。トリガーを長押しし、とどめの一発を放った。


 脳天に吸い込まれた炸裂弾がサイクロプスの上顎から上を吹き飛ばした。


 やっと終わった、と瑠奈は胸中で呟き、鼓動が不安げに高鳴っていることを自分でも不思議に思った。


「瑠奈さん? メンタルに変調が見られますが……」


「なんでもないわ。すぐに奏真の元へ行くわ」


     ◆


「がはっ、ごほっ……ぁが」


 最早痛みではない。熱だ。熱せられたこてを押し付けられているような強烈な熱が全身を苛む。些細なダメージが積み重なり、とうとう治癒力は限界を迎えつつあった。


 届かないのか。


 俺では、こいつには勝てないのか。


「クソ……っ」


 諦めてたまるか。


 奏真は震える足に活を入れ立ち上がる。


 目の前に断頭剣の切っ先。腹に突きこまれ、内臓が拉げる。口の中を血の味が満たし、気付くと広場に倒れ伏していた。


 手に力が入らない。感覚が遠い。


 紫雷から光が失われ、奏真の視界に、頭を叩き潰そうと断頭剣を振りかぶるゾークが映る。


 ああ、ここまでなのか。


 ここで終わるのか。


 諦めてたまるかという言葉を忘れ、奏真は最期のときくらい痛くなければいいなと願った。


「奏真っ!」


 声と、ショットガンの銃声。ゾークがつんのめるように姿勢を崩し、退く。


 その声は、あの世に浸りかけた奏真の意識を覚醒させた。


 思い出したように全身が痛みを発し、生きているのだということを物語り出す。


「瑠奈……」


「待たせたわね」


 ゾークがナイフを形成、撃つ。瑠奈はそれらを散弾で撃ち払い、しかしいくつか躱せず攻撃を食らう。


「ぐっ」


 瑠奈の血装は懐に入られてはいいようになぶられるしかない。銃剣もあるが、あれは剣というより槍のように扱うものなので、やはり白兵戦となると不利になる。


 ゾークの剣が歪みを纏う。空間ごと斬り裂く剣となったのだ。瑠奈を確実に仕留めるためにああしたのだろう。


 奏真は紫雷を発光、電気を纏わせブラッドバーストを発動。


「てめえの相手は俺だろうが!」


 振るわれる重い斬撃を必死で受ける。腕が折れ、衝撃が肩を貫き、内臓に響く。


 たまらず膝を折った奏真の胸を、断頭剣が貫いた。


「ぁ……っ、ぐ」


 決定的な一撃だった。回復剤を、と思ったが視界は暗くなり、地面に転がる。


「奏真!」


 瑠奈の悲痛な声を聞いても、限界を迎えた意識は覚醒しようとしない。全てが遠く感じる。


 薄闇の中で瑠奈が必死に戦うが、それも時間の問題でしかない。光の散弾を食らってもなお悠然とゾークは瑠奈に距離を詰め、とうとう剣の間合いに彼女を入れる。


 何度か意識が途切れた。


 斬り刻まれる瑠奈を見ていることしかできない。


 瑠奈が、とうとう膝を折った。


 そこにゾークが大上段に断頭剣を握る。


(させるかよ!)


 死力を尽くし、奏真は瑠奈とゾークの間に割って入った。輝く紫雷でその一撃を受け止めたが、しかし両手に構えた断頭剣の突きを奏真はまともに食らった。


 とんでもない勢いに、後ろにいた瑠奈ごと吹っ飛び家屋に転がり込む。


 最初に貫かれた傷も再生しない。寒い。暗い。


「奏真……奏真……? 今、癒合弾を撃つから……」


 何発も、何発も癒合弾が撃ち込まれるが、奏真の傷は治らない。


「瑠奈さん、もう、奏真さんは……」


 通信機から聞こえる久留巳の声がかすれている。彼女は泣いているのか。


 幸せな人生だ。死んだとき、泣いてくれる人がいるとは。


「うるさい、うるさいっ!」


 回復剤を取り出し、限界数の十回を打ち込む。だが奏真の血は止まらない。冷たくなる体はそのままだ。


「置いて……いかないでよ」


 ぽたり、と温かいなにかが奏真の頬を伝った。


「なんで……なんでみんな私を置いていくのよ……お父さんも、お母さんも……紗那も、奏真も……なんで……っ」


 そうだ。自分は約束したではないか。瑠奈を置いていかないと。一緒にいたいと。


(俺は……)


「奏真なら、私の友だちになってくれるって、信じてたのに……!」


(……俺はッ!)


 目を見開き、奏真はポーチから支給された二つの回復剤を取り出した。それを左右の首筋に突き立て、全て、二十回分打った。


 全身を冷たいとすら感じる熱が暴れた。


「ぁぁぁぁあああああああああああああああっ!」


 適合試験以上の不快感。これまで感じた全ての痛みを塗り替える感触。床に頭を打ち付け拳を叩きつけ紫雷を折れんばかりに握りしめ――


「そう、ま?」


 立ち上がった。傷は全て再生。気分は好調。悪くない。寧ろ気持ちが悪いくらいに絶好調。


「悪い、女を泣かせるなんて最低だよな」


「……泣いてないわ」


 涙を拭い、瑠奈は立ち上がる。癒合弾を使い過ぎた影響からか、その足取りは悪い。


「友だちになるって言ったな?」


「言ってないわ、そんなこと」


「……じゃあいいよ。いつかそう言ってくれるまで、傍にいるから。言った後も、ずっと」


 奏真の体が帯電を始める。


「俺さ、瑠奈のこと、好きだよ」


 どこまでも素直な告白に、瑠奈は顔を逸らした。


「……私が撃てるのは後一発。狙撃ポイントを見つけて、ブラッドバーストで隙を作る」


「ああ」


「本当に私と友だちになりたいって思うのなら、あの程度の相手に負けないで」


「任せろ」


 奏真の帯電は、いよいよもって激しくなる。


 瑠奈が出ていき、奏真は広場に出る。


「待たせたな。そろそろ終わりにしよう」


 バチリ、と電磁が爆ぜた。雷撃は奏真の全身を包み、スーツの上から紫の脈が走った黒い鎧を形成する。


 顔の下半分を覆うアーメットが、今度は完全な形で頭部全体を覆う。手は爪の鋭いガントレットに覆われ、奏真の身が厳つい全身鎧に覆われる。


 右手に握る紫雷が獰猛に回転。奏真の全身の脈が発光、帯電。


血装憤激ブラッドラース、発動ッ!」

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