5‐5

「ゾーク……!」


 広場に出た奏真は、三メートルの巨体を見上げ、腹の底から怒りを感じた。


 両親を奪った悪魔。血に飢えた怪物。


「ソ……ウ、マ」


「!」


 喋った。ヴァンパイアが。


「タ、スケ……テ、クレ」


(助けてくれ?)


 一体、なにから。


 ゾークが断頭剣を振るう。風が発生し、奏真のジャケットの裾を靡かせた。


 紫雷が回転を開始。脈と刃が発光し、バチバチと帯電を始める。


「もう、復讐にとり憑かれて生きるのにはうんざりなんだ」


 この声があの怪物に届いているかどうかはわからない。


「俺、好きな人が出来たんだ」


 西日が空を朱色に照らす。逢魔時おうまがとき。悪霊が跋扈を始める時間。


「これからは前を向いて、未来に進んでいく。そのためにも、お前を倒す――」


 鼓動がボルテージを上げ、血流が早くなる。怒りを飼いならし、衝動を抑え込み、冷静に戦闘に適したモードへ切り替える。


「――滅葬開始!」


 蹴る。


 爆風めいた速度で奏真が疾走。


 ゾークはナイフを生み、それを射出するが、全て空振り。空間ごと地面をすり抜け穴だけを残して消える。


 直撃軌道にあるナイフだけを、異能で発光した紫雷で打ち落としていく。仮説は正しかったようだ。こいつはソウルアーツの光に弱い。


 幽鬼のように揺れる蒼の双眸を見上げ、


「っらぁ!」


 袈裟懸けに一閃。紫雷が残光を引きゾークのローブを深々と斬りつける。結構深く入ったと思ったのだが、血飛沫は僅かだった。


 断頭剣が唸りを上げて迫る。


 紫雷の腹で受け止め、しかしダンプカーに追突されたような凄まじい勢い。


 奏真はバラックの板を吹き飛ばして、内部の廃材で作った家具を粉砕して家丸ごと一軒に風穴を開けてようやく止まった。


「くっ、くく……」


 溢れ出す怒りが、憎しみが、憎悪が、殺意が笑いとなって漏れる。痛みを忘れて奏真は走った。


 家を飛び越え、上空から奇襲を仕掛ける。ナイフの弾幕を全て斬り伏せ落下速度を乗せた縦の振り下ろしを食らわせんと剣を振るった。


 ゾークの断頭剣と奏真の紫雷が激突する。着地した奏真は剣を押し込み、猛回転する刃で半ばまでめり込ませた紫雷を捻り、断頭剣を切断した。


 突き。胴を貫いた剣は、今度こそ確かに血を吸った。そのまま振り抜き、ゾークが後退しつつナイフを発射。躱しきれなかった一本が肩を裂く。痛みに笑いを零し、奏真は挑みかかる。


 ゾークの断頭剣が再生し、刃と刃の激突に灼熱の火花が散る。


 このときばかりは、もしかしたら壊れていたのかもしれない。


 許容量を超えたとぐろを巻く怒りが魂を飲み込んで、奏真を壊していたのかもしれない。


 そして、復讐をようやく達成できる、その喜びが苦痛をも笑いに変換していたのかもしれない。


 だが、それがなんだ。


(俺は、未来に進むんだ)


 断続的にブラッドバーストを使用。秒間十を下らぬ剣戟が発生した。


(お前を乗り越えられなきゃ、俺は先に進めないんだ)


 火花風圧剣圧雷光歪曲回転擦過血液再生憤怒絶望憎悪復讐――


「そこを、どけ!」


 突き出された紫雷を剣の腹で受け流し、伸びきった奏真の腕を切断。紫雷を握った手首から先が宙を舞い、霧となって奏真の手首の断面に吸い込まれる。


 しかし、ナイフと断頭剣を防ぐ手立てが離れた場所に落ちた。


 再生が始まる手首に気を取られた一瞬に、断頭剣が奏真の胸を貫いた。


 空間を歪曲させては鈍器として放つ一撃の威力が落ちるためか、ゾークは空間ごと切断するのではなく、物理的に奏真を打った。


 そのままゾークは突進。奏真を廃材で作られたバラックに叩きつけ、叩きつけ叩きつけ叩きつけ粉砕。


 何件の家が犠牲になったかわからない。肋骨と肺と心臓が潰され、血がとめどなく口から溢れる。


 十軒は貫いたか。ゾークは奏真を殴り飛ばした。廃材を蹴散らし床に蹲り喀血する奏真の背中はハリネズミを思わせるように木片やトタンの破片が突き刺さっていた。


 肉が隆起し、それらが吐き出され再生する。ナノマシンを充填されたスマートスーツがもぞもぞと蠢き、自動で敗れた個所を繋ぎ合わせる。


 血装がなければどうすることもできない。


 奏真はゾークを通り過ぎ、走るが、当然そんな無防備な奏真をゾークが放っておくわけがない。ナイフを形成し、次々撃つ。


 回避、回避。避ける。防ぐ手立てがないのでそうするしかない。躱しきれなかった一本が奏真の腹を貫き、疾走にぶれが生じる。そこを断頭剣が迫る。


 気づくと、奏真は空を飛んでいた。


 いや、地面に自分の体が見える。


 首を斬り落とされたのだ。


 この場合、再生はどうなるのだろう。


 思っているうちにそれは起こった。


 視界が暗転し、気付くと奏真の首から上は体にくっついていた。スーツは着たまま。恐らく頭の方が霧となり体の方に吸い込まれたのだろう。


 しかしそのおかげでCLDと通信機は外れてしまった。


 だが、いい。


 奏真は走りながらとりあえず見つけた通信機を右耳に取り付け、迫るナイフを躱す。何十メートルかを一秒足らずで走り抜けた奏真は再び広場に出た。


 目の前に血装がある。


 背後から迫る気配に紫雷を取ってから対処。


 断頭剣が打ち込まれる直前、ブラッドバーストを発動。並外れた膂力でそれを受け止め、鋸剣を絡めて断頭剣を握る右腕を斬り裂く。血は出ないが、剣ごと腕が宙に舞った。


 その間隙を縫って連撃。


 咆哮する紫雷を振るって確実にダメージを重ねていく。だがどれも必殺には程遠い。


 と、ゾークの腕が元に戻る。そして空間の歪みに腕を突っ込んだかと思うと、断頭剣を引きずり出す。空間を捻じ曲げて拾ったのだろうと理解するのにさほど時間はかからなかった。


「はぁっ、はっ、はぁっ、はぁっ」


 紫雷の光が弱まる。ソウルアーツの出力が下がる。気力が疲弊してきたようだ。


 だが、それでもなお火に油を注ぐように復讐心を掻き立てる。未来への羨望をくべる。


 雷光が輝きを取り戻し、鋸が猛回転。


「ここからだ……!」

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