5‐4
回転を終えたビークリックルははばたきながら後退する。
風圧が砂煙をもうもうと舞わせて陽子の視界を塞ぐが、CLDのおかげで眼球が舞い散る砂の粒子に傷つけられるということはなかった。
陽子は頭の横で剣の柄を視線と水平に構える。霞の構え。
そして、突進。風の恩恵で砲弾のような速度で疾走する陽子はビークリックルのついばみの最中を潜り抜け、さっきは斬れなかった足を突きで崩す。
一直線に加速し威力を上乗せした必殺の突きはビークリックルの左足を圧し折り、その巨体を地面に這わせた。
胸に剣を突き入れ、回し、捻り、抉ってダメージを加算していく。
ビークリックルはほうほうの体で必死に暴れて陽子を引き剥がそうとするが、受けたダメージが多く再生が間に合わない。
左足の骨が繋がり、立ち上がることが可能になった頃には腹の傷はほとんど再生しなくなっていた。
目の前にいる女を殺そうと、ビークリックルは渾身の力で嘴を女に叩きつけた。
陽子は素早くそれを躱すと、目の前のビークリックル頭に、大上段から緑華を振るった。
風の力で加速した刀剣はビークリックルの頭を叩き割り、黒い血を撒き散らせながらその命を絶った。
だがまだメガロサイクロプスがいる。ブラッドバーストが解除された秋良の狙撃は全て命中しているが、やつは未だ死なない。
陽子は踵を返してメガロサイクロプスに肉薄。足回りとして蠢く無数の手足を斬り払い、姿勢を崩したところに頭部に攻撃を重ねる。
ヴァンパイアもダンピールも、攻撃を受ける箇所によって再生力に及ぼす影響が変わる。
心臓や脳などといった重要な器官を破壊されると、手足を傷つけたよりも大きな再生力を消費するのだ。
たまにヴァンパイアは再生するんだからどこを狙っても同じでは、と問う声があるが決してそうではない。
そのためヴァンパイアとの戦いにおいては、それまで人類が獣たちに対してそうしてきたように、弱点を狙う立ち回りが推奨された。
倒れたメガロサイクロプスの赤い目が光を収束させた。三つの単眼が陽子を睨む。まずい。
レーザーが放たれる直前、陽子は横に跳ぶ。しかし左腕の肘から先が消し飛んだ。
「あっ、ぐぅ……」
体勢を崩したそこに、腕の追撃。まともに食らって立ち並ぶアパートの壁面に打ち付けられる。頭を打ったのか、視界がチカチカした。
剣を杖に立ち上がり、左腕の再生が始まったのを尻目に、駆けだす。直後、さっきまでいた場所が、胴の目から放たれた光の弾に爆散させられていた。
左腕が完全に再生されたのを目に、大剣を薙ぐ。風の斬撃が飛翔し、メガロサイクロプスの腹を深々と抉った。
再生が遅くなっている。ようやくダメージが功を奏し始めた。
秋良の狙撃が確実に急所を抉っていく中、また空間の歪みが始まった。
「クソ、今度はなんだ」
グールと、グールロードの群れ。陽子は舌打ち。雑魚だが、数が多い。殲滅には時間がかかる。
ここが普通の戦場ならこんなのを無視して王に飛車をぶつけてやるところだが、ここは仮にも人が住む土地である。一体でも逃せば血盟騎士団の沽券にかかわる。
「秋良、雑魚は任せる。私はデカいのを潰す」
「わかった」
風の力でグールの大軍を飛び越え、陽子は跳躍の勢いのまま大上段に振りかぶった緑華を振るった。防御に回った交差されたメガロサイクロプスの二本の腕をまとめて斬り飛ばす。
「さっきはよくもやってくれたな」
恨み言を吐き捨てながらも冷静に考える。大きな一撃を脳天に刻めれば、こいつは間違いなく死ぬ。
陽子はやはり、足回りを斬り崩すのが妥当だと考え、光の弾幕を形成する瞳の視線を確認しながら肉薄。
一撃ももらわず、無数に蠢く手足を斬り裂く。木の根のように張り巡らされた手足の三分の一を斬り落とし、ようやくメガロサイクロプスが倒れこむ。
それでも意地なのか残った四本の腕を振るう。
一撃一撃が鉄槌のようなそれを避け、斬り、道を開く。
弱々しく輝きを失いつつある目はせめて命だけでもと懇願しているようにも、早くこの苦しみから解放してくれと言っているようにも見える。
陽子は脳天に剣先を突き刺し、メガロサイクロプスにとどめを刺した。
三つの単眼が光を失い、足掻くように動いていた末端の手足もその動作を停止させる。
「奏真、聞こえるか」
「なんだ?」
「悪いが手を離せない状況になった。ゾークはヘルシングでどうにかしてくれ」
「ああ、そのつもりだ。俺と瑠奈でケリをつける」
通信を切った。陽子は敵勢を睨み、威嚇するように吠えた。
◆
「スラム街ね」
走る瑠奈の言葉を裏打ちするように、周りから近代的な装いが消え、廃墟や打ち捨てられたゴミなんかが散見されるようになった。
やがて完全にそれらが消えると廃材で組まれたバラック群があらわれた。理路整然とは言い難い身勝手な建築を繰り返したせいか、辺りは迷路のような様相を呈している。
「そこから北に五百メートル先、広場にゾークがいます」
「わかった――と」
目の前で空間が歪む。リザードマンとリザードマンロードの群れが現れた。ざっと見ただけで三十はいる。おまけに一際巨大な影――サイクロプスまで出てきた。
「クソ、こんなときに!」
「奏真、先に行って。私がなんとかする」
「けど……」
「大丈夫。ソロ時代、これくらいの相手と戦ったこともある。心配しないで。あなたはあなたの復讐を遂げなさい」
「……わかった」
奏真は群れを突っ切り、走っていた。邪魔してきたリザードマンを蹴飛ばし、北に向かう。
この先に、やつが待っている。
◆
ゾークは、決着をつけるつもりでいた。己が生き延びるために、あの少年を殺すつもりで。
今なら克明に思い出せる。ジオフロントで奏真に貰ったあの一撃で、覚醒したといっていいだろう。
自分は――自分と十二人の同胞は、『最初のヴァンパイア』だ。
姫宮堂で創られた、最初の被験体。
不死の研究か、軍事力の増大か、狂った妄執が生み出したものか――ともかく姫宮堂はその頃、魂に干渉する術を獲得しようと躍起になっていた。
そんな最中、姫宮堂東海支部に所属する科学者。獅童奏一郎を筆頭とする三人の人間の手でソウルエンジンと呼ばれる薬品が生み出された。
そしてゾークを始めとする十三人の戸籍のない孤児や浮浪者が世界中から集められ、実験体にされた。
魂と物理的実体を繋ぎとめる血に作用するそれは、ゾークたちを人外の怪物に作り替えた。
姫宮堂本社は日本での運用は危険だと判断し、唯一海外に支社を持っていたイギリスに十三人を送って、経過を見守ろうとした。だが輸送中に事故に遭い、十三人は脱走し――
世界に、怪物を生み出すソウルエンジンを撒き散らす原因を作った。
十三人は血の渇きに屈し、あらゆる生物から吸血した。その過程で自分の血が混ざったりしたのか、ヴァンパイアが広がるきっかけとなった。
それが、今この世界に起きている出来事の、全てだ。
始まりは姫宮堂。あの忌まわしき製薬企業と、ソウルエンジンを生み出した獅童奏一郎が原因なのだ。
だがそんなことはどうでもいい。つまるところ、ゾークも奏真と同じ復讐者なのだ。
自分を怪物に変えた奏一郎。自分が命を狙われる原因になった奏真。
殺さなければならない。ヴァンパイア化の影響で生まれた魂の強い渇望は血の接種と破壊本能であり、ゾークはそこに復讐という薪をくべ、炎を燃やし続けた。
その心根に眠る、この苦しみから解放してくれ、という声に蓋をして。
――さあ来い。終わりにしようじゃないか。
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