5‐3



「『闇統のゾーク』が現れた」


 支部長室に特務分遣隊ヘルシングと第十三分遣隊が揃うと、隆一はそう口火を切った。


 万里恵が素早く端末を操作し、空中にホログラフィックディスプレイを表示する。トタンやベニヤ板、廃材などで組まれたバラックが密集している。


「北区のスラム街だ。やつはそこで待っている。恐らく、獅童くん。君をな」


「俺を?」


「決着をつけようということなのだろう。今の君が弱っていることを知り、自分の脅威となりえる存在を抹消しようとしているのかもしれん。あるいは、やつなりの復讐か……」


「どういうことです?」


「十三年前、獅童奏一郎が襲われた際、駆けつけた防衛班が獅童奏一郎がゾークになにか薬剤を打っているところを目撃した」


「薬剤……?」


「その後ゾークは君の父上を殺害し、吸血。しかし薬剤のせいか酷く弱り、旧第十六分遣隊と戦闘後、撤退したのだ」


「父さんはなにをしたんです?」


「わからない。君の父上は元姫宮堂東海支社の科学者で、その後も血盟騎士団で働いていたから、ヴァンパイアになんらかの阻害効果を与える薬剤を作っていたのかもしれんな」


「それがゾークを弱体化させていた……」


「かもしれん。公式な記録に薬品の取引は載っていないから、恐らくブラックマーケットで手に入れていたのだろう」


 こんな時代になっても――いや、こんな時代だからこそ、闇市はある程度の規模を誇る。金はかかるが、特権階級にしか出回らない最高級品を売買することができる。


 それを求める者は決して少なくない割合で存在していた。


「ともかく、本作戦では『闇統のゾーク』に君たちをぶつけることにした。やつは空間歪曲能力で各地にヴァンパイアを呼び寄せ、人手を多く割かせている」


 頭のいい――そう評した自分たちの感想は間違っていなかった。


「中には強力な個体もおりエース級のチームを当てねば難しい状況だ。この中でゾークへ切る手札は、君たちしかいない。武運を。期待している」


     ◆


 ジープに乗った奏真たちは、乱暴な運転をする陽子に文句ひとつ言わず、これから向かう戦場を睨んでいた。防衛班や憲兵の素早い避難勧告のおかげで住民はほぼ避難済みだ。


「こちら奏真。スラム街に入りそうだ」


「目標までは二キロ圏内です。――待ってください、ドローンが空間の歪みを見つけました」


 それは、奏真の目の前で起きた。全員が示し合わせたようにジープから飛び降りる。


 空間の歪みから現れた異形に激突したジープはひしゃげ、そいつが振るった棍棒で彼方まで吹っ飛んでいく。


「メガロサイクロプス……!」


 瑠奈が苦々しげに吐き捨てる。


 そいつは、正視に堪えない、おぞましい外見をしていた。


 無数の手足が下半身に生え、それらが節足を思わせるように蠢いている。腰から上には苦悶の表情を浮かべる無数のサイクロプスの顔が張り付いており、腕は左右合わせて六本。


 単眼は三つあり、耳まで裂けた口からは滅茶苦茶に乱杭歯が生え、黄色い唾液を滴らせている。背の高さは十メートルほどか。普通のサイクロプスより巨大だ。背丈も、胴回りも。


「なんだあいつ……」


 奏真が『血装:紫雷』を抜きながら呟くと、秋良は己の血装である雹牙を手に唸った。


「あいつはメガロ種。ヴァンパイアが生み出される過程で生まれた変異種だよ。あれはメガロサイクロプス。複数体のサイクロプスが癒着したような外見を持っていて、正直なところ敏捷性はさほどないんだけど……」


 その顔が、続きをそれとなく語っていた。


「その生理的嫌悪感を募らせる外見でこっちの気勢を削いでくる」


「おまけに再生力が並みじゃない。殺しても殺しても再生しやがる。奏真と瑠奈は早く先に行け。こいつは私ら第十三分遣隊が受け持つ」


 奏真と瑠奈は頷き、久留巳のガイドに従って迷路のような路地に入った。


 陽子はそれを見届け、『血装:緑華』を抜く。緑の大剣が夕陽を照り返し、ギラリと殺意を乗せ煌めく。


「まずは僕がブラッドバーストをする。僕なら消耗しても遠距離から攻撃できるし、比較的安全だ」


「わかった」


 秋良はそう言うと、電柱や看板を蹴って窓枠に手を引っかけたりしながら四階建ての雑居ビルの上に上っていった。


 こう言うと彼は珍しく怒るのだが、まるで猿みたいだとつくづく陽子は思う。


 メガロサイクロプスが溺れかけた人間のような声で呻く。


「苦しいか、化け物。今救ってやる」


 陽子は大剣を八相に構え、地を蹴って疾走。直後、腹に埋まる無数の単眼が光を収束。レーザーを放つ。


 光の速度で放たれるそれを見て躱すなど不可能だ。陽子は視線から攻撃位置を予測し、レーザーの一閃一閃を躱していく。


 目の前に、苦痛に顔を軋ませるサイクロプス。そいつの目に風を纏う緑華の切っ先を突き刺し、抉るように手首を回して傷口を大きく開いた。


 そのまま下に斬り下ろし、黒い血が飛び交う中でさらなる連撃を加える。


 重量を乗せた振り下ろし、肉を断つ横薙ぎ、骨をも砕く突き。


 その全てが必殺の威力をこめた斬撃であり、並のサイクロプスであれば膝を折って倒れるくらいのダメージを一気に蓄積する。


 横合いから棍棒。


 陽子はそれを緑華の腹で受け止め、全身を貫く衝撃に歯を食いしばる。嫌な痛みはしない。


 伸びきった腕に、無数の風の刃を纏った斬撃を加える。肘から先が斬り落とされ、棍棒を取り落とす。こいつは六本も腕があるのに、手にする武器は一つだけだ。


 と、頭上から拳が振り下ろされる。


 陽子はすぐさま下がり、


「ブラッドバースト発動するよ」


 秋良の声を聞いた直後、アンチマテリアルライフルの銃声が、砲声に変わった。


 地面を穿つメガロサイクロプスの腕が千切れて舞い、断面が瞬時に凍結する。それは再生を阻害し、腕は一向に生えない。


 雑居ビルの屋上に目を向けると、片膝立ちでバズーカ砲を構える秋良と目が合った。彼のブラッドバーストはアンチマテリアルライフル形態の血装をバズーカに変えるというものだ。


 初速、口径、ソウルアーツによる凍結力が上がる。


 さらに一撃、砲声。


 メガロサイクロプスの顔面、三角形を描くように配置された天辺の目に穴が穿たれ、銃創が瞬く間に凍結を始めた。


 混乱する怪物に接近しようとした――が、


「あん?」


 空間がまたも歪む。そこから巨大な青い甲殻に身を包んだハシビロコウ――ビークリックルが現れる。


「予定変更。秋良、メガロサイクロプスは任せた」


「了解。そっちも気を付けて」


 ビークリックルは一つ吠えると、陽子に突進してきた。


 全長十メートル、全高八メートルの巨体が繰り出す突進力は決して『登竜門』的扱いを受けるヴァンパイアだからと侮ってはいけない。一歩間違えれば間違いなく死ぬ。


 陽子は横っ飛びに転がって突進を回避。砂煙を上げて反転し、こちらを睨む赤い目と対峙する。


 外見は、まるきり鳥だ。ハシビロコウのような先端が鉤状になった黄色い巨大な嘴を持ち羽毛の代わりに翼膜を張った翼を持つ。


 耐火性に優れた甲殻を持ち、空気に触れると発火する火炎液を吐き出すという攻撃を行ってくる。


 初見ではない。慎重に戦えば、おのずと勝利は転がり込んでくる。


 ビークリックルが首を持ち上げた。火炎液ブレスの予兆。陽子はあえて突撃。


 背後で火柱が上がったのが、舞い散る火の粉と熱波でわかるが、無視。懐に潜り込んで、その巨体に比して細い足に袈裟懸けに大剣を叩き込む。


 +13まで強化した刀身は、しかし表面を滑ってしまう。


 当然のことだ。あれだけ巨大な体を支えるのだから、軟らかいわけがない。


 硬いに決まっている。だがそんなこと、陽子も承知だった。狙いはこちらの攻撃を当てることではない。


 ビークリックルが躍り出すように、足踏みを始めた。これは足下に寄ってきた小型を蹴散らすために行う行動で、その間弱点である首が無防備になる。


 陽子はそこを狙った。


 がら空きの首に大剣の切っ先を突き込んで、腹まで一気に斬り抜く。


 黒い血が雨のように降り注ぎ、ビークリックルは鬱陶しい蝿を薙ぎ払おうと尾を振るう。陽子は股の間から頭の向こうにすり抜け、攻撃の間合いから逃れた。


「まだまだ、ここからだ」


 陽子は獰猛な笑みを浮かべ、敵を睨んだ。

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