5‐2



 ダンピールもちらほら見るが、瑠奈はどこだろうか。もう帰ってしまったか。


(見つけた)


 ケープコートとドレスのダンピールは、奏真が知る限り瑠奈しかいない。


「もう大丈夫なの?」


 フェンスの向こうに広がる外部居住区を物憂げに見つめる瑠奈の隣に立つと、彼女は顔をこちらに向けず、そう問うてきた。


「ああ。もう問題ない」


「無茶しすぎよ」


「ごめん……。心配かけたし、大怪我負わせたし……本当に、ごめん」


「怪我は治るからいい。私が心配だったのは……なんでもないわ」


「なんだよ。気になるな」


「食いつかないで。私は役者じゃない。台本通りに台詞を言えるわけじゃない。ときには言葉を間違えることだってある」


 ひょっとしたら、俺のことが心配だったのでは――友だちとして。そう思えたが、逆鱗に触れてしまっても面倒なので話題を変えることにした。


「ゾークなんだけどさ」


「能力が割れたわ」


「ああ、俺も勘づいてる。あいつの能力は、空間を歪めること」


「そう。空間を歪め、自分に迫るあらゆる攻撃を透過し、逆に自分の剣やナイフは空間ごと相手を斬り裂くから防ぎようがない」


「でも全く手がないわけじゃないってことはわかった」


「そうね。私の光の散弾なら、あのナイフも撃ち落とせた。恐らくあいつは……」


「光に弱い」


「ええ。ヴァンパイアの古典的な、映画的な弱点ね。けど、」


「普通の光じゃだめだ。太陽光やフラッシュバンじゃ効果がない。けど瑠奈や俺の雷光には効果があった」


「ええ。恐らくゾークは、同族のヴァンパイアや、ヴァンパイアの血を引くダンピールが発するソウルアーツの光に――SEの光に弱いんだと思うわ」


「それに、頭もいい」


 あのとき執拗に瑠奈を狙ったのは、自分の弱点属性を攻撃に転換できる彼女を脅威だと思ったからだろう。


 そして半覚醒した奏真に恐れをなして逃げたのは、彼の攻撃まで自身に届くから、さらには自分に対し効果的な攻撃手段を持つ者が二人も現れてしまったという問題に直面したからだ。


 多分、そうに違いない。一対一ならまだ勝てると思っていたのだろう。


 その慎重さは、確かに頭がいいといえる。


 ヴァンパイアも本能的に退くということをすることもあるが、ゾークの場合は明らかに『状況を理解して、考えた上で』行動していた。


「あいつは奏真と戦っている間、私にヴァンパイアを押し付けた。多分、コロニーを形成する能力を持ってる」


「それ……本当か?」


「わからない。けど、あるいは空間を捻じ曲げることで、別の領域にいる群れを呼び寄せることが可能なんじゃないかと思うわ。少なくとも、あいつは分断や時間稼ぎを行う知能はある」


「ただごとじゃないな……」


「ええ。問題はあいつがどこに逃げたか……支部長から聞いたんだけど、あなた、ブラッドラースを使ったのね?」


「あーいや、四分の一くらい?」


「だとしても凄いわ。仮にゾークが発見されたなら、間違いなくそのお鉢はヘルシングに回って来るでしょうね。少ない損耗で、大きな戦果を出せるんだから」


 だとしたら、奏真としては願ったり叶ったりだ。


「一人はブラッドラース、そしてもう一人はゾークに有効な光属性。切るべき手札としては申し分ない」


「好都合だ。ゾークは俺が狩る」


「違うわ。私たちで、でしょう」


「……そうだったな。飲み物買って来るよ。なにがいい?」


「アイスココア」


 短く告げた瑠奈は、再び外部居住区に目を移した。奏真は踵を返し、自販機があるフロアに向かう。


「やあ、奏真」


「秋良」


 手に缶ビールと缶コーヒーを持った秋良がエレベーターの前にいた。


「どうしたんだよ。酒盛りか?」


「これは陽子のだよ。僕はお酒好きじゃないから」


 ちなみに、ダンピールに許される特権として、喫煙と飲酒がある。


 旧時代の日本はどちらも二十歳未満には禁止されていたが、嗜好品が限られた特権階級者だけのものになるのに伴い制限年齢も引き下げられた。


 現在はダンピールなら、十五歳以上であれば飲酒喫煙が許される。


「じゃ、僕は行くから」


 エレベーターに降りた奏真の後で、秋良は居住区画に戻っていった。


 奏真は自販機でアイスココアと缶コーラを買う。奏真も瑠奈も年齢的には飲酒喫煙が認められているが、特にそうした嗜好品には興味がなかった。


 瑠奈は猫動画で満足らしいし、奏真も一度飲んでみたが酒の味は口に合わなかった。煙草に至っては匂いがまず駄目で、あまり興味もない。


 屋上に再び出ると、瑠奈が駆け寄ってきた。


「なんだよ、どうした?」


「今、見えた。ヴァンパイアが入ってきてる」


「な……壁が破られたのか!?」


 頑丈とはいえ、壁にも弱点はある。人間が出入りに使う扉や、装甲車を通すためのゲートなど。


 そこを狙われれば、破壊されることもある。だが、そんな轟音はしなかった。それに音響装置がある。


 全員で赤信号を渡れば怖くないとでも思っているのか、ヴァンパイアはある程度群れの規模が膨れ上がると音響を克服して攻撃を仕掛けてくることがある。


 とはいえそれほどの群れなら事前に察知するだろう。


「なにが起きたんだ?」


「わからない……けど、」


「緊急連絡、緊急連絡! 多数のヴァンパイアの侵入を確認! 各分遣隊は防衛規定に則り行動を開始せよ! 防衛班に合流し、ヴァンパイアの滅葬にあたれ!」


「マジかよ……」


 なにが起きてこんな事態になったのか、皆目見当がつかない。しかし早く戦わなければと気持ちを切り替えたところで、奏真の耳に次なる指令が飛び込んでくる。


「特務分遣隊ヘルシング及び第十三分遣隊は支部長室に出頭せよ! 繰り返す――」


「なんで俺たちだけ……」


「いいから、早く行くわよ」


 青から朱色に空が変じる中、瑠奈に促され、奏真はエレベーターに飛び乗った。


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